第31話
「……そもそも、なんで魔族がいるって話になったんだ?」
「魔物を察知できる"奇跡"を扱う聖女見習いが、今この街の教会に。ですが大雑把な精度らしく、そもそも私には使えないので情報としてはなんとも……」
「魔物の反応はあるけどどこにもいない。それも街の中にあるのに騒ぎもない。それは人間そっくりの魔族が人間のフリをして潜伏してるから、ってことね。でも街のどこかだっけ? 町全体だとちょっと範囲が広すぎるよねぇ……それに見てもわかんないのにどうやって見つけるんのよっていう話」
「そうなんですよね……それで少し困っておりまして……」
「判別、できますよ」
「え……?」
「私なら出来ます。やり方を、教わってますから」
「どう、やって……?」
「単純です。簡単ではありませんが。構造解析で中身を見ながら、僅かな反応閾値に極小魔力の術式で干渉して、魔力還元が起これば魔族。起こらなければ人間です」
「そんな……ことが……?」
「……聞くだけだとなんか簡単そうに聞こえるな」
既に方法が確立されてたんだな。でもアリアは知らない様子。
エステルが知ってるってことは、一流の魔術師ならできるってことだろうか。
だったらもっと広まっていてもいいと思うんだが……。
「あまりにも緻密すぎて、本人も気付かないほどの非常に小さな魔力でなければなりません。知る限り、高度な構造解析をしつつこれを精確にできるのは……私を含めて三人しか」
エステルとその師匠……もう一人は誰なんだろうか。
その中に含まれてないだろうが、おそらくあいつ……クーもできるだろう。いや、しかし……。
「といってもまぁ、こんなのなんの証明にもならないんですけどね」
「……どういうことだ?」
「私にしか、わからないので。他の人に見てもらうことができないんです」
「……ああ、そういうこと、なんですね」
「アリア?」
興奮が冷めて何かを悟ったかのようなアリアと、表情を消したエステル。
いったいどういう……?
「ええ、そういうことです。例えば私が、そう、例えばなんですけど……」
──私は私が魔族ではないと決して証明できない
それ、は。
聖剣が震えた、気がした。
あ、いや、違う。震えてるのは……俺の手じゃないか。
「……、あくまで、例え話ですよ。私たち師弟はお互いに確認し合ってるので、どちらも人間です。まぁ私たちの中だけでの確認ですが……あの人がどんな思いで私の術式を受けたのかを考えると……正直もう二度とやりたいとは思えません」
ああ、そうか……そういうことだったのか……。
何か光明が見えた気がしたのに、それはか細く、消えてしまった。
だけどそのおかげでようやく、わかった。わかってしまった。
あいつは自力じゃ……自分が魔物じゃないと……絶対に証明できなかったのか……。
周囲に魔物と疑われる状況の中、俺だけが信用してたところで、なんの証明もできないあいつの不安はきっと晴れなかったんだ。
あいつが人間として生きたかったなら、必要だったのはそもそも疑われない状況か、疑われても人間だという主張を貫き通せる状況。そういうこと、なんだろう。
それは王国にいる時の、ちっぽけな冒険者でしかなかった俺と一緒にいては、決して叶わなかった。信じるだけじゃ何も変えられなかった。
俺に、変えられるものと、変えられないもの。
状況を変えるための力。言い換えれば、世界を変えるための力。
排魔主義による差別の根幹は、魔族の存在。人の中に混じる悪意の怪物。
それ故に、魔術師か魔族かを疑わなければならない世界。
魔族を動かしているのは……魔王と、一部の上位魔族。
そうか……これが……俺の勇者としての使命……だったのか……。
言葉としてはわかってたつもりだったが、いまやっと、本当の意味で理解できた気がする。
それだけじゃ足りないかもしれないが……魔王を倒し、世界を魔族の影響から救う。
やっぱり、あいつを本当に救うためには、勇者にならなきゃいけないってことなんだ。
「つまりは、私たちがエステルさんの力を借りて魔族を探したければ、その判断を一切の疑義もなく信じ切らなければならない、ということですか」
「はい。でもそれって一歩間違えたら危険ですよね。私の判断でその人を魔族認定、人間認定する。そこになんの間違いも恣意も落ち度も思惑もないと、なぜ信じ切れるんでしょうか」
「信じる」
「え……?」
「……アル様?」
「俺は、エステルが自信をもって判断したことなら、まるごと全部、信じるよ」
今の俺は、まだ偽物の勇者。弱すぎる見習いの、紛い物。
だけど、信じるべき大事なものを信じることはできる。ずっとやってきたからな。簡単だ。
「……この言葉は、魔族の言葉、かもしれませんよ?」
「関係ないさ。俺が信じてるのは、エステルの言葉だから」
「私、の……」
そうだよ。あいつのことだってそうだっただろ。
俺は正直、あいつが、どっちだろうがどうでもいいんだ。
俺はあいつがあいつだから信じてる。
だからあいつが……クーが信じたい方を信じる。それだけだ。
仮にもし魔族だったとしても、きっと何も変わらない。
せいぜい俺が、人類の勇者失格になるくらいだろう。
でも、それだって一緒の話だ。
俺が目指す先は、いつだって、あいつのための勇者なのだから。
だから……こんな俺ですまない、聖剣。お前の主としても失格かもしれな……、……そっか、ありがとうな。
……、うん……まぁそれに……あれだ。
「あと、エステルは俺の師匠だからな。……師匠の言葉を信じない弟子なんかいないだろ?」
この言葉に、虚をつかれたような、きょとんとした顔をする。
さっきまでの少し虚ろで、何か諦める準備をしてたかのような表情はどこかへ行ってしまった。
そして、フッと鼻で笑われ……え?
まて、いま俺、笑われたのか?
真面目に話してたつもりなんだが、ここ笑うとこだったのか……?
「……、……ふっ、くく……ふふふ、そうですね、そりゃそうです、言われてみれば……私は貴方の師匠に違いない……! 同じなんだから信じるのは当たり前! は、ははっ!」
「……えっ、なになにどゆこと?いつの間にそんな関係に?」
「……アル様は、……いえ、私も、猛省せねばなりませんね……」
「あ、あー……そうだな、えっと、よろしく頼む……?」
「ええ、ええっ! お任せください私の弟子! あの人の勇者様!」
「お、おう」
え……なっ、えっ……?
いったい何が……エステル壊れた……?
ちょっと怖いんだが、大丈夫か……?
「あの、ところで今更なのですが……エステルさんを依頼と関係ないことに巻き込んでても宜しいので……?」
「ふふっ、私は構いませんよ。私がやりたいんです。今この人は私に、本当の勇者様なんだと、心から力になってあげたいと、そう確信させてくれたんです。ほんとに、すごい。感動的です」
「お、おう……」
「あぁほんとずっと悩んでた私が馬鹿みたいじゃないですか。すごいなぁ駄目だなぁこんなの嫉妬しちゃいますよほんと、憧れちゃいます……アルさんって……、……って待て待て無しです無し今のはマズいしヤバい落ち着け私、おちつけー……」
「お、おう……?」
「えっと、勢いが凄くて割り込めなかったんだけど……とりあえずどうするのさ? もう夜だけど、動く?」
褒められてるのか何なのかわけがわからなくて、思わず謎の鳴き声の謎の生物になってしまっていた。
気付いたら、いつの間にか外は真っ暗だ。
なんか今日は色んなことがありすぎてあっという間だったように感じるな。
まぁ正直俺は今日、何もしてないんだが……謎の疲労感がな……。
「……どうする、アリア」
「そうですね……魔族相手に夜動くのは……得策ではないかと」
「ふぅ……あっつ……えっと、私もそう思います。夜明けを待つべきでしょうね」
「じゃあ……今日は解散だな。時間を掛けるべきじゃないだろうが、急いては何とやらだ」
「りょーかい、じゃあ私はご飯かな。誰か一緒に行く?」
「私は一旦教会に向かいます。少し……帰りは遅くなるかもしれません」
「おい、いや……大丈夫か? 付き添うぞ?」
「大丈夫ですよ、お気持ちだけで。ありがとうございます」
「私はちょっと部屋で頭とか冷やそうかと……お見苦しいところをお見せしてすみません……」
「……」
「……な、なんですかアルさん」
「ああいや、今言うのもなんかアレだが……別に敬語じゃなくてもいいんだぞ。あと呼び捨てでも」
「……」
「……?」
「それは駄目です。一線は守りましょうお互いのために。……私はまだ死にたくないので」
???
……どういうことか全くわからんかったが、アリアとエステルはそれぞれ出て行ってしまった。
そして取り残される俺と、はらぺこ褐色エルフの二人。
俺働いてないからそんなに腹減ってないんだよなぁ……。
「……俺も寝るか」
「えー、一人ご飯はちょっと寂しいし付き合ってよ」
「あー……まぁ……軽いやつをつまむくらいはしとくか……」
「やったね。よし、じゃあ宿の向かいの酒場に……」
「夜明けに動くっつってんだろバカか」
「冗談だってお堅いんだからぁ。宿の食堂に行こっか」
「こいつ……」
・・・
<魔女さんの憂鬱>
「ああ、なんかドッと疲れた……あの子のアプデ、結局大掛かりになっちゃったな……出来は満足だけど」
「ソルも行っちゃったし。またしばらく一人かぁ……」
「……あれは、あいつを見つけたらお役御免。縛りもつけてないし、私から完全に自由になる」
「私のところに帰ってくる義務も、義理も、ない。それにあいつを見つけても……あいつが私のそばに来てくれるってわけじゃない」
「弟子もしばらくしたら帰ってくる、けど。あの子は優秀だから。いつか、遠くないうちに私の手を離れる」
「……」
「仕事しよ」
「とっておきのお菓子も開けちゃうもんね。恥を忍んでお菓子納品依頼出しといてよかったなっ」
・・・
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