第30話




 人間の、骨?




「えっと、ゴブリンって……人間、食べますっけ?」


「食べるよ。でも食料として食べることは少ない。どっちかというと遊びの延長で、反応を楽しむ為に食べる」



 エステルの疑問にベルが答えるが……いや、そもそもちょっと待て。


 ……そういう被害は、一切なかったって話だったよな?



「確かなのか?」

「はい。私、解析による鑑定には自信あるので。間違いないです。この骨の残骸は未成熟な……複数の幼い子供たち」


「複数……いやうーん……色々考えられそうだけど。アル、どうするの?」

「どうするって?」



「……これ、? ?」


「もちろん。……それでもいいか?」



 おそらくだが、これはゴブリンの被害者じゃない。

 いや、直接的にはゴブリンが手を下したのかもしれないが……攫ってはいない。


 小鬼の子供攫いは昔ほどじゃないが今もあると聞く。

 であれば、ゴブリンの群れが出たという噂の中で子供がいなくなったら親は、必ずギルドに相談するだろう。


 それが無いってことは親が死ぬほど鈍感なのか悠長なのか、もしくは親がいない、孤児。


 単なる孤児の迷い子なら別にいい。いや、絶対に良くはないが、別の問題は起こらない。

 だが……それにしても複数人、あり得るだろうか。


 教国で孤児がどのような扱いをされているかはわからない。

 王国のように貧民街があるかどうかもわからない。

 しかしどちらにしても……子供が何人も、勝手に街外れの洞窟へ迷い込むのは考えにくい。


 では、そうじゃなかったとしたら、考えられるのは。



「いいよ、私はついてく。まぁアルならやっぱそうだよねぇ。被害者がいるわけだし。よっ! 勇者さま!」

「変な囃し方やめろ。とりあえず……ギルドには改めて確認だな」


「あの、危険かもしれませんよ。この骨、魔力線が走ってて触媒にされた形跡があります」


「じゃあなおさらだな。つまり使ってことだろ。次の犠牲者が出かねないし、やっぱり放っておけない」

「それに、そもそも私が問題提起しといてなんですが、アルさんたちには関係ない話です。無視しても誰にも咎められないかと」


「いや、無視はできそうにない。勇者とか関係なしに、俺は……こういうのを見て見ぬふりするような俺にはなりたくない」



 ……というより、あいつに幻滅されそうな俺には絶対になりたくないっていうのが本音か。

 こういうとダサいから黙っておくが。ちょっと我ながらかっこ悪いな……。


 まぁそれに、気づいてしまったからには無視しても目覚めが悪い。

 俺たちの力で解決できるなら解決しておきたい。




「……、……わかりました。ええ、そうですよね。私もそうです。やりましょう」


 複雑そうだ。なにか、引っかかったことがあるのだろうか。


「正直、私たちの手に負える感じならいいけどね……まぁ最悪、面倒なことになったらアリアパワーにお願いするしかないか」

「いや形式的にアリアパーティではあるんだが、にしても俺らアリアの立場的な力に頼りすぎてるよな……」

「使えるもんは使えって言って本人が一番使ってるんだからいいんじゃない?ひとまずここの確認が終わったらアリアにも話さないとね」

「そうだな」



「……」


「別に、気にしなくていいぞ」



 エステルが難しい顔で黙ってたので声をかける。

 やっぱこういうとこ、ちょっとあいつっぽいよな。なんか放っておけない。



「違う意見もあってこその話し合いだ。仲間ってのはそういうもんだろ?」

「……いやいや、やめてくださいよ。気になんかしてませんって」

「おう。ならいいんだ。変なこと聞いて悪かった」

「……」



 違ったか……別の悩みだったのだろうか。やっぱ俺の勘はあんまり役に立たないな……。



「……。なんだよベル」


「いやぁ、別にぃ? ほらほら、次に行くよー!」


 妙な視線を感じたので振り向くと、そこにはニヤけ面の褐色エルフが。

 なんか絶妙にムカつく顔なんだがこいつ……いつか本当にその頭、軽くはたいてやろうか……。



 ……というかだが、それより。

 パーティに馴染んでるから違和感なかったがエステルって今はこれ、依頼関係なくついてきてくれてるんだよな。



「あー、エステル、えっとだな……」

「なんですか」


「まだ少し、力を借りてもいいか……?」

「……いや私が任せてくださいって言ったんですから気にせず頼ればいいじゃないですか。私なんかに余計な気遣いしてないでさっさと行きますよ」



 うーん……やっぱ怒らせたっぽいか……?

 当然のように巻き込んで、流石に図々しかったよな……。

 手伝ってくれてるのは本当に有難いんだが、甘えすぎてたかもしれん……。


 うん、そうだな。

 やっぱエステルへの報酬はもっと増やすべきだ。

 あとでベルとアリアに相談しよう。





「……。別に最初から気になんかしてません、けど。……ありがとうございます」




「? ……すまん、聞こえなかった。どうした?」


「なんでもないです。早くこれ終わらせて街に戻りましょうって言ったんです」


「……? そうだな」










 そうして、そこまで広くはないゴブリンの洞窟を隅々まで確認し、ギルドに報告をしてから宿に戻った俺たち。


 ギルドには、これまでにわかった情報を簡易的に報告している。

 この情報でギルドがどうするかはわからないが、俺たちは俺たちでどう動くべきか。

 普通に考えればギルドが依頼を出すのを待ってそれを受ければいいんだが……。



「というわけなんだよね」

「なるほど……」


 半日ぶりくらいに見たアリアの顔は、なんか非常に疲れていた。

 教会の用事で何かあったのだろうか……?


「疲れてるのに、悪いな……」

「ああ、いえ……しばらくぶりに他の聖女……見習いと会ったので少し気疲れが……申し訳ございません」

「あれ、仲悪いんだっけ?」

「悪いわけではないですよ。同じ使命を持ち、助け合う仲間なので」


 うーん、なんだっけか?

 たまにアリアの話に出てきたよな。他の聖女見習い。


 テッラ、アックァ、フィアンマだっけか。他にもいたかはわからんが。

 たしかその中だと……テッラが少し苦手ってさりげなくこぼしてた気がする。会ったのはその子だろうか。



「まあ、それは良いのです。しかし子供の行方不明……もしかしたら私どもの事案と関係あるのかもしれませんね」

「事案?」

「そう、その対応のために教会が裏で今動いているのですが……」


 アリアが立ち上がって窓から外を見る。

 難しい顔で眉間に皺を寄せたその顔も、絵になるくらい美人なのだが……。


 これは、殺気……?


 ……アリアから?





「教国、この街のどこかに……魔族が潜伏している可能性があります」





──聖剣が光った。


 っていや、これは多分、今日まったく出番がなかったから魔族と聞いて反応したってだけだな。

 特に意味のある意思も伝わってこないし。うんそうだな、出番が来たら活躍してもらうからな。

 だからもうちょっと大人しくしててくれな。そう、そう、ちゃんと使ってやるから。


 よし。いい子だ。



「魔族……人間と全く同じ見た目でドラゴン並の魔力強度を持つ魔物。魔術院の特別対策対象で、魔術の起源ともいえる魔法を持ち、魔術師の真の敵ともいえる、厄災」

「人の言葉を話し、魔術みたいなものを使う、外見が人間と区別つかない魔物……教会の対応はどうなんだっけ?」

「審問無用の討伐対象ですが、少なくとも今の教会の技術では審問で自白させるしか、方法がありません」


「確実な看破方法は殺すことしかない。死体が魔力に還れば魔族で、残れば人間。いやはやほんと最悪な存在だよね……。魔術師狩りが起こった歴史も、まぁわからなくもないけどさ……」



 人間に本気でなりきる魔族を判別することは、まず不可能だと、冒険者ギルドの中ではそう言われている。

 死体は魔力に還るが、生きてる間は形を留められるからだ。魔力操作に長けている魔族はそれができてしまう。

 肉体の一部を切り落としたりしたとしても、それを魔力に還すかそのままにするか、それは生きてる魔族次第。

 つまり、例えば指を切り落としたとして、魔族はその指を、切り落とされた人間の指と同じように装おうと思えば装える。


 また、生命力も高いので人間の致命傷も魔族にとっては致命傷じゃない。

 なので人間として殺されて、死体のフリをすることでそのまま生き残った、みたいな話もあるらしい。


 唯一の例外は頭がなくなったとき。魔族はそれで死ぬそうだ。

 だから、王国の処刑は首を落とし、頭を潰す。残酷だと言われても、それが一番確実だから。



 ……教会の審問は恐らく、最終的に人間のフリをやめさせて、魔族だという証明をさせるってことだろう。

 つまり、切り離した肉体を魔力に還させる。魔物特有のそれができれば、魔族なのは間違いない。




 だけどそれって……人間はどうやって人間だと証明すればいいんだろうな……。

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