第29話
エステルからちょっと不穏な気配を感じたのだが、意味深な表情で先を促してくる。
ちょっと気になったが足早に目的地へと向かい、そして見えてきたのは……自然にできたように見える洞窟。
特に見張りもなく、篝火の跡などもない。
まぁ、低級ゴブリンにはありがちな、ただ棲んでるだけって雰囲気の洞窟だ。
懐かしい感じだな。かつての村ではこういう洞窟に近づくなとよく言われてた。
こういう洞窟には小鬼が棲んでて、近づく子供を攫うのだと。
だから決して子供だけで覗きに行ってはならないと。
幼い頃のあいつが洞窟に向かったと聞いて、あいつの母親が取り乱していたのを思い出す。
結局何事もなく帰ってきたんだが……あの時あいつが言ってた"一仕事"っていうのは、多分そういうことなんだろう。
母親にこっぴどく叱られながらも満足げに目を細めていたあいつ。
それは村中から迫害される、ずっと前の話。
果たして……いつから、あの村はあいつに守られていたのだろうか。
そして……いつ、あの村はあいつに見限られたのだろうか。
俺がいなかった時期のことは何もわからない。
あいつも、村が滅ぶ前のことは何も話そうとしなかった。
想像すべきではない。でも思わず、想像してしまう。
そしてその想像は……いつだって最悪なものを浮かばせてくる。
やはり考えるべきではないんだ。俺の安易な想像にはなんの意味もないのだから。
それにあいつは、過去は変えられないんだと何度も言ってた。
だから大事なのは未来をどうしたいか。
クーという女の子に、未来でどうなって欲しいのか。
……ああ。あいついま、何をしているんだろうな。
「あの、アルさん……?」
「いつものだからほっときなー。で、もう一個の出入り口はもうちょい向こうだね」
「……ふーん。まぁいいです。とりあえず遅延発動の術式を仕込んで、あっちに向かいましょう」
小高い丘をぐるっと回って、ゴブリンの洞窟の第二出入り口に辿り着く。
さっきの出入り口より大きいのでゴブリン的にはこっちが第一なのかもしれないが。
「とりあえずは内部構造ですね。『空間探査』」
「お、その魔術ってどんな効果?」
「発動した場所から放射状に特殊な魔力を放って、空間の大きさを測る術式ですね。距離の制約はありますが複雑な地形もわかります」
「へぇ、でも魔力って、何も感じなかったよ?」
「特殊な魔力ですからよっぽど感度を高めないと感じ取るのは難しいと思いますよ」
指先をくるくる回しながら説明してくれる。
なんでもないように言っているが、これも俺なんかでは及びもつかない高度な魔術なのだろう。
……頑張ればいつか俺も使えるようになったり、するのだろうか。
「……うん、好都合ですね。そこまで大きくなく、地下に潜るタイプの洞窟のようです。人間らしき存在も……いない」
それにしても、なんか……妙に笑顔なんだが何をする気なんだ……?
「よし、『遅延発動:障壁生成』『永久燃焼』……っと。仕上げに、『障壁生成』」
遠く、さっき見に行った入り口の方角で大きな音がしたと思ったら、エステルが眩く輝く火の玉を洞窟に放り込み、そしてこちらの洞窟を障壁で閉じてしまう。
っていったい何を……?
「さて。お昼ご飯でも食べてしばらく待ちましょうか」
「おいおいおい、説明をくれよ」
「あー、その前に質問ですが、アルさんたちって洞窟で火を焚くなって言われたことあります?」
質問に質問を返されたが、どうだったっけか……?
……って、ん?
ああ、なるほど。そういうことか。
「……あるな。結構昔になるが」
「冒険者ギルドの初心者教練で教えてくれるよね」
どこの国でも冒険始めたての初心者には、冒険者ギルドが必ず座学で色々教えてくれる。
まぁこれをしっかり聞いてるやつは……半々くらいだろうが。
俺はちゃんと聞いてたぞ?寝てないぞ、うん。
「つまり、そういうことですよ」
「風のない洞窟で火を焚くと息ができなくなる、だったか。エステルって何気にえげつないな……」
「ふふ、ししょーが言ってたことの受け売りですけどね。機会があったら試してみたいなーと思ってまして」
ニッコニコの笑顔だが、その笑顔がちょっと怖い。
この子は絶対に怒らさない方がいいなと思った俺である。
いやしかし……なんだかゴブリンたちが可哀想に思えてくるな……。
どうせ駆除するのだから同情しても仕方ないのだが……うーん……?
「普通の火球でも良かったんですけど、まぁ念には念を。あの術式は風の元素をことごとく食い尽くして燃え続けるので生き残りは出ないと思います」
「なるほどな。でもゴブリン相手なら普通に正面突破でも良かったと思うんだが?」
「ああいやいや、ダメですよ油断しちゃ。今はアリアさんもいませんし、私も回復術式は使えますがあまり得意じゃないので、怪我をする可能性はできる限り減らすべきです」
「うん、私もエステルちゃんに賛成だね。人攫いがあって救出が必要なら話は別だけど、いないわけだし?」
「……まぁそれに、ししょーよりは多分マシな方法かと。この状況、恐らくあの人なら躊躇せず毒を流し込むと思うので」
「魔神サマこわっ……」
「ですよね。事後処理の難しさを考えると手間が恐ろしくて私はやれません……」
「いやそれ、エステルちゃんも充分怖いよ……」
まあ、危険もなく最大の結果を得られると考えれば、最良の選択肢か。
あいつもこういう手法は好きそうだけど、あの時の洞窟掃除はどうやったんだろうな。
で、1時間ほど。
特に物音もしない閉ざされた洞窟を前に、俺たちは優雅に昼食を取ってから……エステルが壁を消す。
そして中から、むわっと熱気が……ってこれじゃ中の奴らは蒸し焼きか?
「あー、いや、なんか……火力強すぎましたね……素材なんかは諦めた方が良さそうです。すみません」
「まぁゴブリンの素材は大した金にもならないし、いいだろ」
「討伐記録はどうするの?」
「今回は殲滅だからどうせギルドが調査に来るし、死体ごと見て貰えば問題ないんじゃないか」
「うーん、それもそだね」
「『大気循環』『冷却風』『光球』……ギルド員の確認までに腐ったらと困ると思うので、道中の死体は凍らせておきますか?」
「そうだな。頼む」
「了解しました、では確認のため中へ入りましょうか」
ちょっぴり気落ちした様子のエステルにいざなわれて洞窟へと踏み込む。
通路はそこそこ広い。恐らくゴブリンが棲みついた過程で広げたりしたのだろう。
エステルの魔術のおかげで中の温度はそこまで高くなく、快適といってもいい。
魔術による光の球によりほどよく明るく、足元も安全だ。
しかしまぁ、こう当たり前のように色々な魔術を使っているが……やっぱり凄いよな。というか、とにかく手札の数が多い。
普通の魔術師って自信のある魔術を、多くてもせいぜい両手で数えられるくらいしか使わないんだが……。
一緒に旅を始めてから、この僅かな時間だけで次から次に新しい魔術を見せてくれている。まるで底が見えない。
だからか……なんだかエステルを見てるとよく、あいつを思い出す。
見た目は全然違うが、魔術もそうだしなんていうか……考え方も似ているというか。
こうなってきたらこの子の師匠が実際にどんな奴なのか、俄然興味が湧いてくる。
至高の魔術師。最強の魔神。いつか本当に会ってみたいものだ。
「……あれ?」
道中のゴブリンの死体を凍結魔術で氷漬けにしながら進む俺たちだったが、先頭のエステルがふと声を上げる。
「どうかしたか?」
「いえ……気のせいだといいんですが。『構造解析』」
エステルの視線の先にあったのは、砕けた骨。
ボロボロで原型を留めていない、積み重なった残骸。
いや、ゴブリンの食べカスか何かじゃないのか?
そんなものに魔術をかけて、いったい何が……?
「ああ、やっぱり。これ……人間の子供の骨です」
「……なに?」
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勇者のことが気になって仕方ないTS魔女さん マッキーイトイト @mckeeitoito
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