目指す先はいつだってあいつのための勇者
第28話
・・・
<帝国農業ギルド新人のアグリちゃん>
「お呼ばれしたから魔術院に行ってきたのだ」
「……どうだった?」
「特に何も無かったけど……でもなんだか前よりスッキリした気がするのだ」
「そうか……それは良かった。では約束した通り、次の休みは帝都を案内するよ」
「……言っておくけどギルマスさんでもお触りはえぬじーなのだ。忘れないで欲しいのだ」
「はは、わかってるよ。楽しみだな」
「楽しみ……?楽しみ……。うん……楽しみなのだ!」
「いや、微笑ましくはあるんですが……私はいったい何を見せられてるんでしょうね……」
「ん、なにか言ったか?」
「いえ……何も。ほら、アグリさん行きますよ」
「わかったのだ、秘書さん!また来るのだ、ギルマスさん!」
・・・
さて、教国を通り抜ける予定だった俺たちなんだが……聖女見習いであるアリアは教国教会に用事があるとのことで、入国手続き後に俺たちから一旦離れている。
アリアは法国教会の人間だけど、同じ女神を信仰している国で、その女神から祝福を受けている聖女……その見習いだもんな。
見習いとはいえ聖人の一人だ。教国でも特別扱いには変わりない。
色々な特別待遇がある反面、こうした義務的な付き合いもしなければならないのだろう。立場的に偉いってのもいいことばかりじゃないってことか。
で、それを待っている間の俺たちは暇してるので、適当に買い物したりギルドの短期依頼を受けながら時間を潰しているといったところだ。
今回受けた依頼はごくごく普通のゴブリン退治。というより殲滅。
単体なら初心者でも討伐できる相手だが少し数が多いらしい。まぁ俺たちなら問題はないだろう。
エステルに関しては俺たちからの依頼範囲を外れるので街で休んでていい、と伝えたのだがせっかくなので冒険者っぽいこともしたいとついてきてくれている。
そして、その下見の途中ちょっと休憩がてら……色々試しているところなのだが。
「そう、ここでこう、魔力を込めることで術式が追記されます」
「む……むむ……、どうだ?」
「うーん……まぁ初心者にしては上出来じゃないでしょうか。それで術式を宣言してみてください」
「『点火』」
指先から火花が散って、火が……ついたと思ったらすぐ消える。
……失敗か?
「いや、悪くないですよ。発現したってことは、術式は一応形になってるってことです」
「そうなのか?」
「初めの一歩にして大きな壁ですからね。いきなりやってこれなら中々見込みあるんじゃないかと。今はまだ無駄が多いので変換効率が悪くてすぐ消えちゃうってだけですよ。あとは術式の精度と魔力運用の練度を上げていけば、こんな風に……『点火』」
俺がつけた火とは比べものにならないような熱量の炎がエステルの指先で燃え、光を放った。
これにどれほど高度な技術が詰まっているのだろうか。自分でも少しやってみて何となくわかるようになったが……やはり凄い。
それと同時に、当たり前のように見てたかつてのあいつの魔術のとんでもない凄まじさも改めてわかって、なんていうか……あいつへの理解がまた少し深まった気がしないでもない。
「とまぁこんな感じですかね。これに状態安定化を加えて球状にしたのが、『火球』の術式になります」
「ふーむ、なるほどな」
「炎熱系は術式構造がシンプルで使い勝手も良く、改造もしやすいのでおすすめですよ。まずはここから術式を作る感覚を掴んでいくといいかもです」
指を振り、炎を消す。始めから何もなかったかのように。
そう、俺は今エステルに魔術を習っている。
流石にあいつほどではないが、あいつ以外では間違いなくトップクラスの魔術師。
それこそ今まで出会った冒険者の魔術師なんかとは……はっきり言って比べものにもならない。
もしかしたらエステルの師匠の魔神は想像している以上に、凄いやつなのかもしれないな。
で、そんな超一流の魔術師がしばらく一緒にいるのだから、ダメ元で教えを乞うてみたわけだ。
魔術を覚えようと思ったのは今回が初めてではないが、これまでその成果は全く身に付いてない。
だからてっきり俺には才能がないのかと思い始めていたので、褒められると少し嬉しく思う。
というかそもそも他の魔術師たちって……なんか取っ付きにくいやつばっかだったんだよな……。
教えてくれなくもないんだが、聞いたら聞いたでやたら回りくどい上に専門用語だらけで全然頭に入る気がしなかった。
その点、エステルは話しやすいし口調も優しい。専門用語も、説明を求めればわかりやすく教えてくれる。
本当に有難い。とても良い先生だ。もし、このまま上手く魔術を身に付けられたら、俺の師匠ってことになるな。
一応、依頼外だからってことで別の報酬をつけようと思ったんだがそれは断られてしまった。
こうして人に教えるのも、見習いの自分の修行なのだと。いや、これで見習いとはいったい……?
まぁでも他にも色々助かってるし、最終報酬に謝礼として色をつけておいてもいいかもしれない。
「あー……というか、幼馴染さんから教わったりはしなかったんですか?」
「うーん……教わりたいとは思ってたんだがな……」
俺たちがいた王国は、魔術を忌避する、時代錯誤な排魔主義の国。
外からの人間も多い王都はそこまででもないが、少しでも田舎になると一気に酷くなる。
村で再開してから王都までの道中、あいつになるべく派手な魔術は使わせないようにしなければならなかったぐらいだ。
歴史的に何度も魔族から痛い目に合わされている国だからわからんでもないんだが……やっぱり過剰だと思うし、それで全く関係ないあいつが苦しむのも、間違ってる。
そして、そんな国の一番酷いような場所で虐げられてたあいつの苦しみは、想像もつかないし、安易に想像すべきじゃない。
……ああ、そうだ。そうだった。
白状すると俺は、あいつを連れて王都についた時点で一安心、してしまってたんだ。
もう大丈夫、ここまで来ればって。
そこまででもない、だって?
どの立場でそんなことを考えてたんだ。馬鹿か俺は。
あいつにとって、安心できる場所なんかじゃ、断じてなかった。
きっとあいつは……王国のことを心から嫌っているだろう。好きでいられるはずがない。
そして、そこに住む人間たちのことも。優しいあいつは何も言わなかったが……。
そこには、もしかしたら……俺も含まれていた、のかも、しれない。
でも、それでも……俺はあいつに会って、謝って、できるならあいつの隣に立ちたい。
自分勝手な思いかもしれないが、一番近くで、あいつを守りたい。あいつに、幸せになってほしい。
あいつが救われない世界に何の意味があるっていうんだ。
そのために世界を救う必要があるなら、何が何でも俺は勇者にならなければならないだろう。
俺はまだまだ聖剣にふさわしくないかもしれないけど……そのためにもっと強くなりたい。
それに、もしも……例え許されなかったとしても……あいつが笑顔になれる世界にする。
どんなことがあって、それだけは、果たさなければ。
……あいつは今……何をやってるんだろうな。
「……。王国……ですか。酷い噂にしか聞きませんが、実際どうなんですかね」
「……いや、別に悪いところばかりではないぞ」
「それってほぼ全部悪いって言ってるも同然なんですが……」
そうとも言えるかもしれんが……いや、試しに良いところをあげていってみよう。
「まず自然が豊かだな。食事も素朴ながらうまい。水が綺麗だから、酒もうまい」
「へー。実は私、お酒は結構呑めますよ。いいですね」
「……」
「……あれ?」
「……」
「終わり、ですか……?」
いやいやちょっとまて、もうちょいあるはずだ……いいところ……いいところ……。
あれ……やっぱり……他にないのかもしれん……。
「ただいまー。まぁお酒とご飯がおいしいなら一度くらいは覗いてみたいけどねー」
「あ、おかえりなさい」
「おかえり、ベル。いや、前も言ったけどエルフ差別もあるから正直おすすめできないがな……」
「えー、でも耳隠せば意外と行けるんじゃない?それに私可愛いし?おまけされちゃうかも?」
先ほどまで偵察を買って出てくれていたベルが戻ってきた。
のはいいんだが、なんかわけわからないことをのたまいつつ急に謎にポーズを取り始めた褐色エルフ。
なんか、きゃるんっ、て感じの幻聴が聞こえてきたんだが……。俺、疲れてるのかな……?
「なぁ、こいつのこれ、どう思う?」
「まぁ……ポジティブでいいんじゃないでしょうか……?」
「ドン引きされて私しょんぼりだよ。……とりあえず見てきたけどそれなりの規模って感じかな」
これから向かうのは、ゴブリンが棲みついている洞窟。
ゴブリンは弱いが、繁殖力が強いので大きな巣ができるとそれなりの脅威になる。
それにこいつらの元々の知能は低いが、数が増えると稀に魔法を使うような上級個体も現れるのでこうした駆除は割りかし大事だ。
「出入り口は二箇所。確認できた範囲だと20体……まぁ40か50くらいを想定した方がよさそう」
「最悪の想定だとどれくらいの数になりますか?」
「うーん、まぁ最悪でも100はいかないと思う。80前後?」
「なるほど。中にいるのはゴブリンだけですかね?」
「多分ね。この種のゴブリンは同種としか繁殖しないから。人間の子供を玩具に持ち帰ることはあるけど、そういう被害は一切報告されてないみたいだったし」
「ふむふむ……アルさん、今回は私に任せてもらってもいいですか?」
「……いいが、どうするつもりだ?」
「まぁまぁ。じゃあとりあえず向かいましょうか」
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