第25話



 目的外の行い。

 役割外の行動。予想外の行為。


 元々それ用の道具であれば、別に問題はない話。

 人間としての振る舞いをさせる目的であれば、例えば"理想の嫁"みたいなここの副院長がやりそうな(偏見)役割を持たせてあるのであれば、その動作は完全な正常系だ。

 アル人形も同様と言える。あれも人間としての振る舞いを役目として与えられているから、内部処理的には何も問題は無い。


 でも、あの子は農業用だ。24時間農業のために稼働する役割を持っている。

 ゴーレムにはパーツ的な消耗は別として疲労もない。メンテナンスは必要だが、休みは不要。


 だけど道具ではなく人間扱いをするのであれば、役割のための稼働時間は半分以上削られることになるだろう。

 そしてその時間、役割外の行動をすることを求められる。

 その動作は異常系……ではないけど、少なくとも本来の正常処理ではない。


 実際問題、使用者は開発者ではないので、そういった想定外の想定は不可欠となる。

 であるがためにある程度の余白は持たせてあるものの……決して推奨されるものではない。


 あの子には術式の自己書き換え権限を持たせてないから、自ら独自例外挿入をして役割から逸脱することは無い。つまり異常系の拡大はない。

 あるとすれば、自己学習機能による正常系の拡大。元々目的を行うための条件は厳密ではなく、内部的に色々やってるけど概ね確率的重み付けによって行われている。

 これが正しかろう、という選択肢を選ぶ形で行動するので、本来の目的と関係ないことを目的に結びつけて行うことは、決して不可能ではないのだ。

 でも、それが本来でないことには変わりない。



 そうだなぁ……農作業の定義に、農作業員との関わり方なんかも加えれば無駄話をすることもできるだろうし、関係ない買い物や食事なんかもできるだろう。

 強引な解釈だが、そのための知識や行動を学習することもある意味農作業の一部と見做せるということだ。

 そうすることで農作業をする仲間が喜ぶのであればそれをする意味もできるし、悲しむのであればそれをしない理由にもなる。


 今回のこれはおそらく、そうした学習を積み重ねて自身を農業ギルドの一員だと自己定義し、"農業ギルドの仲間の一人として振る舞うのが農作業の一部"と拡大解釈したことによるもの。


 だけど、はっきり言ってこの件は……あまり良い兆候とは言えない。



 なぜなら、


 編集で削ったのかもしれないが、本当に言ってないのだとしたら。

 自身がゴーレムだということが農作業の目的……農業ギルドに不利益であると解釈した。



 つまり、外部からの干渉により、目的のための自己否定を行なった……ということになる。

 そんなことが今後もずっと続けば、最終的に擬似人格の自己崩壊を招きかねない。



 強制力の強いリミッターがあるので暴走して暴れたりなんかは絶対にしないけど、それ故に稼働停止か、最悪、壊れて再起不能になるだろう。

 自己保全機能が働いているはずだからすぐではないと思うけど、いずれ、高い確率で。



 ああ、こりゃやらかしだよな……。

 今考えればすぐわかるような、想定すべきだったセキュリティホールだった。

 いや、まだそうなってると決まったわけじゃないけど……そう想定して動くべきなんだろうな。

 マジでほんとかなりのお金が動いてる案件なのに、弟子のことあんま言えないじゃん……。

 いくらでも起きてられるからってやっぱ寝ないのは良くなかったな……。


 どうにかしてこれ、なかったことには……なりませんよね。



「ふぅむ、なるほどな」

「はい……」

「で、どうする?」

「えぇと、いくつか選択肢はありますが、運用継続が前提ですよね?」

「そうなるな」


 であれば術式のアップデートをかけるしかない。

 自己崩壊に至らないように……役割の緩和と、過剰な自己否定に制約をかける。

 術式を新調して丸ごと上書きするのが一番手っ取り早いけど、記憶領域まで初期化しちゃうのは多分良くない。

 修正箇所が他に干渉しないようにテストもしないとだし、でも時間あんまりかけるのもあれだから時間加速も使って一個一個確認を……。


 うーわ、考えるだけでも結構めんどくさいな……。やるしかないか。



「あの……ちょっと回収して確認と修正してもよろしいでしょうか……」

「許可する。保証の範疇として請求もすべきではないだろうな」

「あんまり言いたくないですけど、そこは私の失敗なので当然ですね……」

「まあ仕方あるまい。試験でもそこは問題視されなかったのだ。そういうこともある」



 まあ仕方ないよなぁ、過去の私のバカヤロー。ちくちょーめぇ。


 ともあれ、気を取り直してリスケしなきゃ、ね……。





 ……。ていうか……なんだか皇帝様優しくない……?


 気のせい?





「で、ここから本題なのだが」

「え?」


 え、いやさっきまでのこれ、結構なお話なんですけど、え?







「あの使い魔の件以外で、何か隠れてやっているだろう」

「え?」






 え?





 ……え?





「え、あ、あの?」

「ああ、責めているわけではない。ただの確認だ」



 え、なんの、ことだ……?

 何か……この人に不審に思われることが、私にあったのか……?


 この人に私が、害意、悪意、敵意を感じさせた……?


 そんな、そんなこと、そんなこと、ありえ──






「別のゴーレム、隠れて作っているだろう?」


「っぴげゅ」






 めっちゃ変な声出た。


 え、待って。ちょっと待って!




 もしかして……アル人形のこと……!?


 ちょ、嘘嘘なんでバレ、え……!?


「あ、あ、あ、あの、あのあの」

「面白いように動揺しているな。相変わらず顔には出ずとも隠し事が下手だ」

「え、そ、ちが、……くなっ、な、」





 ……速攻術式、思考分割(16)発動!!


 魔力を消費し、混乱した思考を分割してリリース!!


 一番冷静な私を代表思考として選択し、盤面に特殊召喚!!


 バトルフェイズに移行する!! あまり私を舐めないでいただきたい!!





「ええ、確かに作成しておりますが彼はあくまで今回のための試作でして」

「ほう、彼。例の男か?」


「……」



 はい。



(2:はいじゃないが?)

(3:いや……マジ何してん……)

(4:うせやろ? これが私たちの代表思考だって……?)

(5:悲報、私バカだった)

(6:草)(7:くそ)(8:私界の恥さらし)

(9:最近だらしねぇな?)(10:ありえん。かっこ笑)

(11:ばーか、ざーこ)(12:流石にアホ過ぎない?)

(13:頭ミジンコか?)(14:氏ねカス)(15:負け犬乙)

(16:つか開き直るより先になんでそう思ったか聞くべきだろハゲ)



 ドキッ!私の私による私だらけの精神的集団リンチ!


 じゃねーよ! やめろ! 分割思考その2~その16の私!

 メイン私のうっかり失言をここぞとばかりに寄ってたかって叩きに来るんじゃない!!

 お前らも大した冷静レベルじゃないからどうせ似たようなミスしてたぞきっと!!


 そんでもって正論っぽい意見が何気に一番辛い!!それは確かにそう!!

 あとハゲてねーよ!! お前と同一人物なんだからフサフサのサラサラだわ!!



「……えぇと。そもそも、どうしてそのようなことを?」


「ふむ……あの農作業ゴーレムに関してどうも、完成度が高すぎるように感じていたからな。それも、様々な点が短期間で前段階から高度になっている。であるならば同様の技術による試作、もしくは完成品から流用した可能性を考えるのが普通だろう。そして先ほどの話で確信した」


「へ、へぇ……なるほど?」



 そういうことらしいぞ。聞いているか私ども。


 いやさ……私ってば思考分割の物量で計算速度上げてるだけで別に地頭が良いわけじゃないからね……。

 こう不意打ち的に突然ロジカル頭脳パワーでぶん殴られると、どうにも厳しいものが……。



「負け……ました」

「ククッ、別に勝負ではないのだがな」



 いやいや、マジでどしたんこの人。めっちゃご機嫌じゃん……こわ……。

 というか何? これって私を揶揄って遊んでるだけなん? なんなん? 暇なん?

 私、他にもまだ溜めてる仕事あるからこう見えて暇じゃないんスけど?



「して、そのゴーレムはどういう運用がされている?」



「……」




 ……。




 い、いえねぇ……。





「……じ、実験用?」



「ああ、別に言えないなら言えないで良い。貴様に悪意が無いのはわかっているしな」

「……」


 じゃあ聞くなよ相変わらず性格悪いなこのおっさん!


「して……そのゴーレムを作るにはどれほどかかる?」

「かかり切りになれる時間が数日もあれば……今は素材が足りませんが。それは新規案件ですか?」

「そうだな。まだ今は必要ないが、そのうち一体だけ、用立ててもらいたい」

「承知いたしました。準備します」


「秘匿指定だから分かっているだろうが、

「……?」


「追って詳細は伝える。本題は以上だ」



 まぁ私からこの人依頼の案件を漏らすことはないが。


 ……うっかり失言する可能性はあるから頭の中に鍵付き保管しとこ。

 私から見た私の信頼度は先ほど著しく下がったので。うん。ストップ安。



 ……ああ、そうだ。

 どうせバレてるならついでに。




「あの……実はお願いがありまして」

「ふむ、貴様が私に願いを乞うなど珍しいな。聞こう」




「実は──」



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