第23話



「ちょっとだけ! ちょっとだけでいいので! お願いします!」



──ピカピカ!



 いや、なんだこれ。


 エステルが聖剣に解析の魔術を使わせてくれって言ってて、聖剣がめちゃくちゃ嫌がってるっていう状況。


「聞けば聞くほど完璧に意思があるじゃないですかこの剣! 伝説の武器って聞いてまあ多少の応答能力はって思ってましたけど、思ってた以上というか、せめてこう、自律思考のプロセスがどうなってるのか、ちょっと、本当にちょっとさわりだけでいいんで、頭の、こう、先っちょだけでも」

「落ち着け、とりあえず落ち着け……」

「おちついてなんか! いられないですよっ!!」


 そこまで興奮することなのか……?


「完全な知能を持った魔道具なんてししょーですら、あ、いや……? あの農作業ゴーレムとかだいぶ頭おかしいレベルでしたけど、でも流石にここまでじゃなかったし……うーん……改修後のやつは見てないけどそろそろ術式公開されてるのかな……ああ魔術院に帰って確認したい……でも仕事が」

「おーい、帰ってこーい?」

「うぐぐ、忘れられない……まだ未熟だった時、ししょーに自信満々でレビュー依頼した術式に、すごいね人工無能じゃんって言われたときの、あの死にたくなるような恥ずかしさと悔しさっ……!」

「全然帰ってこねぇ……」

「なんか楽しそうだねぇエステルちゃん」

「ふふ……」

「お願いしますよー……」


 とりあえずな、俺が聖剣を背負ってるとはいえ、俺に縋り付くのはやめてくれな?

 ちょっとこう、正直悪い気はしないんだが、客観的に見たら酷い構図だぞ……?

 二人も楽しそうに見てないで早く止めてくれ……。


 というか、聖剣も少し……「絶対!!!! 嫌!!!!!!!」か……そうか……。

 うーん、どうなんだろうな。聖剣的には頭の中を覗かれる、みたいな感じなんだろうか。


「なぁ、それって聖剣からしたら思ってることとか知ってることとかを全部見られちゃうってことだったりするのか?」

「あー、それは記憶領域的な話なのでちょっと違いますね。それも見たいですけど。えっと、真面目な話をしますと認知能力……簡単に言えば、どういうときに何をどう思うか、っていう仕組みを知りたいといいますか」

「うん……?」

「たとえば質問に対して正しい答えを返す。それだけなら単純なんですけど、実際私たちってこういう時、質問の意図を探ったり、答えた後の応答を予測したり、みたいなこと考えるじゃないですか。」


「……?」


「私のゴーレムではそういうことができないけど、その剣はそう言う反応がちゃんとできてるってことです。見ただけで全部わかるとは思えませんが、私はまだそれを実現できてないので、それをどうやってるか、そのヒントを知りたいんです」


「どういうことかわかるかベル」

「ぜんぜんわかんない」


 とりあえず離れてくれたので俺の情緒的にも一安心なんだが、なにをいってるかは全くわからん。

 そういやあいつもこういう難しい話をよくしてたなぁ……思わず遠くを見てしまう。


「なるほど……感情などもそうですね?」

「あ、そうですそうです」

「え……アリアわかるの!?」


「怒ってる時、悲しい時、楽しんでる時、喜んでる時。様々な感情と状況。考えることはその人、その時々で違っております。ですが"考える"という仕組みは同じであるはずだと」

「そう、そうなんです。人種が違えど、個人差はあれど、知能という概念、それそのものは同じ。感情、思考、性格、直感、認知、意思。どれだけ複雑でも解の仕組みが画一の形で動いてるのであれば、必ず術式で再現できるはずなんです」

「なるほど」

「……うーん?」


 熱を帯びるエステルと、大きく頷くアリア。やはり何もわかってない様子のベル。

 正直、俺もよくわからないな。記憶はなんとなくわかる。たぶん再現もできるんだろう。

 でも、そもそも俺たちがしてる考えるって行為に仕組みがあるのか?

 そりゃあ本当に仕組みがあるなら、それと同じように作れれば人間と同じように考える道具になるってことなんだろうが。


 あ、ちょっと待て。ということは……?


 例えば、俺の記憶と、"考える"を完璧に再現すれば、俺がもう一人できるってことか?

 俺以外に俺がいるという状況。それは……そんなことがあるのだとしたら……。


 ……なんだか少し、ワクワクするな。




「ですが、少し危険ですね」




 唐突に、緊張感が走った。空気が少し冷える。

 アリアがこういう突き放したことを言うのは……珍しいな。


「……危険?」

「突き詰めてしまえば、それは。世界を乱し、神の領域を侵す行為に他なりません」


「そう……かもしれません。ですが、魔術師はあらゆる既知に学び、すべての未知を究明する存在です。たとえそれが神の技術であったとしても、私は魔術師ですから。そんな理由で諦めたりはしません」

「ええ。その考えは尊重します。ですが少なくともこれから向かう教国ではそのようなお話はされない方が良いでしょう。そういったことに少々、厳格な国ですので……」

「……ご忠告、ありがとうございます」



 ニコニコした表情に戻ったアリアと、硬い雰囲気のままのエステル。これは、どうしたものか……。

 あと聖剣が空気を読まずに「助かった……?」とチカチカ瞬いてるけど多分諦めてないから助かってないぞ。



「でもさ、アリアは個人的にそれ面白いって思ってるんでしょ」

「え?」

「ふふふ……立場的にはあまり大きな声で言えませんが、素晴らしい話だとも思ってますよ?」



 呆れた様子のベルが突っ込み、アリアが目を細めた。


 薄い微笑みに細い眼差し。

 その顔、笑顔のはずなのに若干怖く感じるんだが……?



「私は聖女として神の恩寵をこの身に受ける器。その力の偉大さは誰よりも理解しています。果たして、人の身で何処まで近づけるのか。その窮極に辿り着き、人は神となれるのか。実に……興味深いですね。是非とも、頑張っていただきたいものです」

「……魔神と呼ばれる魔術師に、私はなるんですから。頑張るだなんて言われるまでもありません」

「ふふ、私も見習いの聖女ですのでお互い頑張りましょうね?」

「……見習い、……ですもんね。まぁ私は確実に見習いですけど」

「いやぁ、エステルちゃんを見習い魔術師っていうのもだいぶ無理あると思うけどねぇ」


 とりあえず、話は落ち着いたんだろうか。

 お互い納得できる形に着地できたんならいいんだが。どうなんだろうな。


 なんだかんだ話してる間にも目的地は近づいている。

 話題にも少しあがった教国は、もうすぐ見えてくるところだろう。



 教国。法国と同じく、女神を強く信仰する宗教国。


 元は法国と一つだったが、教義の違いから国土を分け合う形で独立した国。

 今は表向き、両国の関係は良好らしいが……まぁ通り抜けるだけだしな。

 あまり踏み込むべきではないだろう。






「ところでその剣、触るのは大丈夫ですか?」

「ああ……その話終わってなかったんだな」

「もう、終わるわけないじゃないですか。魔術院で魔剣は結構見ましたけど、観察してるとやっぱりこの剣は結構違いますね」

「そうなのか」


 ……ああいや違うぞ、お前は魔剣じゃないからな。

 聖剣なんだからそんなのと全然違って当たり前だよな。だから拗ねないでくれよ?


「まあ、魔剣はあくまで魔道具ですからねー。内蔵術式がメインのもありますが基本的には剣としても使える杖って思った方が近いかもしれません」

「なるほどなぁ。……うん、ちょっとだけなら良さそうだぞ」

「おお、やった! ……では失礼して」


 エステルが恐る恐る聖剣を受け取って持ち上げる。

 撫で回す。軽く叩く。擦る。顔を近づける。匂いを嗅ぐ。揉むように何度も握る。

 優しい手つきだが結構遠慮がない。


 あー……聖剣から、我慢してるけどめちゃくちゃ嫌そうな意思を感じる……。


「感触、質感、温度、重量、密度、うーん……ししょーなら舐めたりもするんでしょうけど流石に……」

「舐め……?」

「外装の素材はなんなんでしょうねこれ。鉄っぽいけど鉄じゃない。異様に軽いし、実在感がない。御伽噺だと神が作ったとか鍛えたとかっていってるけど、本当に未知の素材……やっぱり構造解析」


 ここに来て我慢の限界に至ったのか、聖剣がめちゃくちゃに光った。

 これまで見たことないくらいの強く眩しい光。いやすまん、そんな嫌だったんだな……。

 穴が空くくらいに間近で見てたエステルは盛大な直撃を食らって悶えている。


「あああ! 目が! 目が!!」


「楽しそうだね……もう着くから準備しなよー」



 気づいたら入国の受付詰所がそれなりの近くに見えてきていた。

 アリアが目潰しされたエステルに軽い治癒をかけ、入国手続きのために先行して向かう。


 ここまでくるのに一週間。

 教国滞在は横断のみで突っ切れば大体一週間かからない。

 補給も考えたら二週間弱、と言ったところか。

 その後は法国の聖都まで二、三日で到着するはずだ。

 どこかで辻馬車でも拾えたらもう少し楽に早く着くんだろうがなぁ。

 まあ歩くのも修行と思っておこう。


 さあ、俺たちも行くぞ。







・・・






<魔女さんinプライベートルームwith偽アルくん>

「パクパクモグモグ! 使い魔くんの進捗、ダメです! パクパクモグモグ!」


「おいおいマスター、そろそろ控えた方がいいんじゃ……それと、そろそろ皇帝様と打ち合わせする予定だったろ? 準備しといた方がいいんじゃないか?」

「む……そうだった。ていうか……なんかこいつ私室内の情報とかから勝手にスケジュール拾って私の秘書みたいなことやり始めてるけど、悔しい……意外と有能……!」

「こういうことなら俺でも役に立てるだろ? 好きにしていいって言われたから、ずっとマスターのこと考えてるんだよ」


「……」

「どうしたマスター?」


「……、ぅ、ぐっ……、ふぅ……危ないところだった。ロールプレイが完璧なら耐えきれなかったわ。さすが私の最高傑作。その声と表情でその台詞は不意打ちすぎ」

「はは。……まあ、完璧なやつは頑張っていつか本物に言ってもらうといいさ」

「……そうだなぁ。あいついま、何やってるんだろうなぁ」


(というか、流石にこいつをこのまま遊ばせとくのはちょっと勿体無いよなぁ……別の使い道も考えておくか)





・・・

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