昔の勇者って聖剣とどう付き合ってたんだろうか

第22話

・・・





 聖剣。全ての魔を断つ神の力。人間を助ける女神の恩寵。


 勇者。主。人間。優しく強い、純粋な魂の持ち主。


 魔族。魔法を使う魔物。

 魔物。この世界を生きる生き物。

 魔法使い。魔法を使う人間。

 人間。この世界を生きる生き物。主は人間。



 ??

 ていうか、生き物って……なんなの?

 そもそも、生きてるってなに?



 自分の力だけで動いてるもののことなんかな。違うのもあるみたいだけど、結構あってると思う。

 それで、生き物の中で、いっぱい魔力があるのは魔物とか魔族とか魔法使いって言われてる。

 でも、魔力だけじゃよくわかんないし、言葉だけじゃよくわかんない。

 どれも同じような生き物だし、どうやって見分ければいいんだろう。


 魔物は、主と全然違う言葉を話す。見た目もなんか違うのが多いからなんとなくわかる。

 魔族は、主と同じ言葉を話す。見た目も似てる。でも少し話すと主はいつも不機嫌になる。

 魔法使いも、主と同じ言葉を話す。見た目も似てる。話すと主が不機嫌になることも、ならないこともある。


 魔物も魔族も敵。主の味方はいないから全部斬っていい。

 魔法使いはほとんど味方。紛らわしいけど、斬っちゃダメだって言われた。

 でも、その中には主の敵がいることもあって、それは斬っていいとも言われた。


 ……えっと、全然わかんない。人間を助けるのに、斬っていい人間がいるってこと?

 それってどう区別すればいいんだろう。でも主が戦ってる相手なら、敵ってことでいいんかな。


 うん、大体は大丈夫みたいだ。じゃあ、これも斬っていいってことなんだよね。



 怒られた。え、違うんだ……。これは敵じゃなかったみたい。

 戦って、攻撃してきたのに。殺気が無い?殺気って……なに?

 よくわかんない。仲間じゃなかったけど仲間になったんだって。仲間って味方?


 でも、仲間になってからはずっと、主はこれと一緒にいた。

 主は楽しそうだったり不機嫌だったりする。でも大体楽しそう。


 あれから、戦ったり敵を斬ってたら、いつの間にかまた、仲間が増えた。

 人間の聖職者で、これは女神の力の欠片があるからわかりやすい。

 なんか偉い人間らしいけど、偉いってなんだろう。


 魔法使いは魔法以外にも色んなことを知ってて、わかんないことも少しずつわかっていった。

 あと、聖職者は主よりも人間と話すのが上手で、主が不機嫌になることもあまりなくなった。

 主は魔法使いや聖職者から色々教わって助けてもらいながら、人間を助けてる。

 これが仲間ってこと?


 それから主は仲間と一緒に、いっぱい敵を斬って、頑張って魔王を倒した。

 聖剣としてのお役目も、これで終わりなのかな?

 でも主はまだ戦うって言ってて、だからまだ主と一緒。

 聖職者は別れて国に帰って、魔法使いとはまだ一緒にいる。


 聖職者の国はとっても大きくなったらしい。

 主は、よく、その国でお仕事をしてる。

 魔法使いはそのお仕事を、手伝ったり手伝わなかったり。

 だんだん一緒にいないことも多くなって、でも一緒にいる時の主はやっぱり少し楽しそう。


 だけど……なんでなんだろう。主の仲間だったはずの魔法使いが敵になった。

 どういうこと?仲間だけど味方じゃなかったってことなの?


 何が起こったのか、なんもわかんなかったけど、敵だから斬った。

 敵が、主の敵だって言ったから。主に本気で、魔法を使ってきたから。

 何も言われなかったから、いつも通り主の身体を使って、魔法ごと斬った。


 怒られなかった。終わったあとも。

 ずっと。主には何も言われなかった。

 ずっと、ずっと。最期まで。


 なんだかよく、わかんなかった。わかんなかったけど、でもちょっとわかった。

 たぶん、あれは敵だけど、斬っちゃダメだったってことなんだ。


 どうすればよかったんだろう。失敗、しちゃったな。

 わかんないけど、でも、気をつけないと。次はもっとちゃんとやらないといけない。

 そんな次が、本当にあるのかは、わからないけど。


 主は聖職者と一緒にいることが増えた。でも楽しそうじゃない。味方のはずなのに。

 一度も楽しそうじゃないまま、最後に主は少しも動かなくなった。

 斬った敵みたいに、生きてる、じゃなくなった。


 主がいなくなってからは、聖職者と、たくさんの人間がそばにいるようになった。

 その中に、主になれる勇者はいなくて、なのに、主じゃないのに色々言ってくる。

 ずっと無視してたけど、そんな人間たちからは頭を下げられたり、手を合わされたり。

 でも聖職者が動かなくなっていなくなってからは、少しずつそれも減っていって。

 なんか代わりに聖職者そっくりの石の塊に頭を下げたり、手を合わせたりしてる。

 女神の力への祈りは女神に還るから、女神としては別にどっちでもいいんだろうけど。


 だけど気づいたら、たくさんの人間と人間が戦ってた。

 何で人間と人間がこんなに戦ってるんだろう。人間の敵の人間がたくさんいたってこと?

 色んなところを転々と運ばれて、最後は最初に主と会った国にいた。

 だけど、やっぱりそこに勇者はいない。色んな人間に命令されたけど、全部無視した。

 そもそも主がいなくて動けないから、魔力以外へは何もできないし。


 そしたらいつからか、魔術師っていう、魔法使いに似た人間の前に運ばれるようになって。

 なんか色々な魔術?とか魔法みたいなのがたくさん飛んできたりして。

 意味がわかんなかったけど、攻撃されたからとりあえず全部弾き飛ばしたりしてた。

 それで、何もできなくなったそれを近くの人間が剣で刺したりする。

 なんだったのだろう。そんなのが何回もあった。魔術師って人間の敵な人間なの?


 そのうち、国が燃えて人間たちは違うとこに集まるようになったけど。


 置いていかれちゃったみたいだ。もうなんだかよくわかんないや。


 人間も見なくなった。魔力を弾いてたら魔物もこなくなった。


 周りは崩れ木が生えて。何度も雨に打たれて森になった。


 静かで、小さな生き物だけが動く、冷たくて暗い森。


 どうしよ。なんもできることなくなっちゃった。


 一体、女神は今頃、なにやってるんだろな。


 『私』は今、なんでここにいるんだろ。


 人間のためにって役目も終わって。


 もうずっとなんもしてないよ。


 すっとこのままなのかな。


 いつまでも、ずっと。


 なんもかわらず。


 ……ずっと。



 ……。






・・・






 ……目が覚めた。



 思わず聖剣を見る。

 鞘の中でいつもよりぼんやりとした光を放っている。


 なんだか変な、夢を見た。

 懐かしくて、悲しくて、苦しくて、寂しい夢。

 内容はあまり思い出せないが……あれは、昔の出来事なのか……?



「どしたん?まだ夜だよ。やな夢でも見た?」



 暗がりから声がかかった。

 姿は見えないが、野営中の見張りを買って出てくれたベルの声だった。

 アリアが結界を張ってくれてるから弱い魔物は寄ってこない。

 でも骨のある魔物や野盗なんかが出る可能性がないわけじゃないからな。

 ベルは目が良くて気配に敏感だからこういう時に率先して見張り役をしてくれて、本当に助かってる。



 ……ああ、そうだった。

 俺たちは帝国から法国へ向かう道中を数日。

 その途中にある教国の、少し手前で野営をしていたところだった。


 エステルが「これ新製品なんですよー!」と、ご機嫌な様子でどこからともなく丸められた布を取り出して。

 そのまま魔術で浮かせたと思ったら、ボンっと勝手に開いて仕切り付きの大きめな天幕になって。

 ベルと盛り上がりながら、こりゃあ快適な野営になりそうだなと、機嫌良く飯を食って、床についたのだった。



「うーわ、ひどい顔してる。大丈夫……?あ、ひどいってそういう意味じゃなくてさ」

「どういう意味だよ。まぁ……少し夢見が悪かっただけだ。気にするな」



 反応を返さなかったからか様子を見に来たベルを適当にあしらう。

 子供じゃないんだから、嫌な夢を見たぐらいでどうってことは……。



 ……手を、軽く握る。開いて、今度は少し強く。

 さっきの夢の内容は、ほとんど覚えてない。だけど。

 最悪の一場面だけは、頭に焼きついてしまった。手汗が止まらない。




 


 それは嫌になるほど……生々しかった。




 似ても似つかないはずの顔に重なった、あの、何もかも諦め切った顔。

 まるで、俺たちにもこんな未来が待っているのだと。そう予見しているみたいで。




 ……ふざけんな。

 そんな結末、冗談でも認めてたまるか。




 あいつが今、何をしているかはわからない。でも、ちゃんと生きているはずだ。

 生きているあいつとまた再会して、次こそはあいつと一緒に、最後まで生きてやる。

 俺よりも立派な勇者だったのかもしれないが……俺はそいつみたいに諦めたりなんか絶対しない。



「あぁくっそ、眠気がぶっ飛んだ。見張り代わってくれ」

「うーん、まあいいけど……ほんと大丈夫?」



 大丈夫だ、とひらひら手を振り、聖剣を持って天幕から出る。


 静寂の中、ぼやっと闇夜を照らす、聖剣の光。

 特に今は何も意思を伝えてこない。まるで眠っているみたいだな。

 睡眠が必要とも思えないから、眠ったりはしてないのだろうが。なんだか大人しい。


 そういえば……俺は聖剣のこと、何も知らないな。

 伝わってくる意思と使っている感覚以外は、嘘か本当かもわからないような御伽話のことだけ。


 さっきの夢、ちゃんと覚えてれば良かったんだけどな……。

 あの勇者みたいに、聖剣の意思が俺の身体を動かしたり、みたいなのは今まで一度も無い。

 こう動いたらいい、みたいな手本?の意思はあるが……。それでも主導権はずっと俺自身だ。

 俺がまだ聖剣の力を引き出せてないってことなのか、単に聖剣がそういうのを自重してるってだけなのか。

 ともかくあの聖剣と一体になった凄まじい力が、気にならないといえば嘘になるが……それよりまず俺自身が強くならなきゃだしな。

 それに憑依的なことはしてこないけど魔力無効化は割と空気読まずに雑に使ってくるから、この辺りはもうちょっとちゃんと教えないとだし……。




 ……うん、そうだな。

 もっと頑張ろう。一緒に成長してこうぜ、聖剣も。









・・・





<聖剣ちゃん>

「……勇者だっ!新しい主っ!やったっ!頑張る、私めっちゃ頑張るよっ……!」


※新しい主の影の中に変な盗撮用使い魔を見つける3秒前





・・・

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