第19話


「では本日から依頼開始ですので改めて。名目上このパーティのリーダーをやらせていただいております、聖女見習いのアリアという者です。どうかよろしくお願いいたします」

「あ、どうもよろしくお願いします。エステルです。依頼期間は3ヶ月ですが、場合によっては延びることもあるでしょうから、まあその時は延長してお付き合いしますよ」

「律儀な奴らだな……まあいいか。アルだ。この聖剣ともどもよろしく頼む」

「ベルだよ。見てわかる通りダークエルフだけど仲良くやろうねー」


 帝国の入出口門を目指して歩きながらの簡単な自己紹介を行う。すでに何回かしてるけど、まあ一応な。

 まだ朝早いが出口の門に着くころにはちょうど出国の受付開始時間になってることだろう。

 朝一は冒険者や商人などでごった返すものだが、アリアがいればそこまで待つことはないはずだ。

 ……うん、なんかやっぱズルい気がするな。


 入出国門は帝都に隣接した街にある。そこまでは徒歩か乗り合い馬車での移動になるが。


「えっと、良ければそこまで転移しましょうか?」

「え?」

「門の近くであれば目印があるので転移できますが……」

「あ、やっぱ使えるんだ……ホント規格外だねエステルちゃん……」

「いや、エステルが超一流の魔術師なのはわかってたろ。えっと、頼めるか」

「お任せを」



──『空間転移』




 一瞬で景色が切り替わる。

 この、身体の中身がふわっとする感覚……ちょっと懐かしい。慣れないと気持ち悪くなるんだよな。

 まあ昔からあいつが結構雑に使ってたから俺は割と経験豊富だったりするんだが。


「はい、到着です。出国受付までまだ少し時間がありますね」

「おう、ありがとう。やっぱエステルは凄いな」

「お、おぉ。初めてだけどなんか変な感じ」

「えぇ……何度経験してもこの感覚は慣れないですね……ドキドキします」


 そんなこんなで門に到着。やっぱりそれなりには混んでるが、まあ問題はないだろう。


「では、先に行ってきますね」

「ああ、いつも悪いな」

「よろしくー」


 足早に手続きに向かうアリアを見送り、人混みの中で俺たちは待機する。

 暇を持て余した3人は中身の無いことをダラダラと……まあ、いつもの駄弁りタイムだな。


 ふと気づくと、エステルがアリアが向かった方を不思議そうに眺めていた。


「……アリアさんって聖女見習いですよね?」

「そうだが、どうした?」

「あ、いえ、見習い……。んー、まあ気のせいですかね」

「?」


 アリアのことで何か気にかかることでもあったのだろうか。


 聖女、その見習い。俺もその響きには若干違和感があったのだが、一緒にいる内にまあそういうものなんだなと思えてきている。

 魔王の再誕と同時期に生まれたらしい法国の聖女は、かつての伝説になぞらえるかのように幼い時から教会の聖女として育てられたそうだ。

 そして聖女の仕事として法国の大教会で魔族や魔物と戦う人々のために奇跡を振り撒いてきたのだが……しばらく前から聖女は活動をしていない。

 健康不安説やら死亡説やらの噂が裏では流れているが、現実として教会から聖女見習いと呼ばれる存在が何人も表立って活動を増やしているので、割と信憑性のある話なのかもしれない。

 その中でもアリアは聖女の従者の一人だったらしく、見習い代表として色々精力的に動いているらしい。

 冒険者に近い活動をしている聖女見習いの人も多く、優秀な助っ人ヒーラーとしてそれぞれ活躍しているそうだ。


 で、アリアは俺と出会ったってわけだな。ていうか聖女見習いなのに助っ人じゃなくて俺の固定パーティメンバー化してるけど、教会的にそれはいいのか……?

 あとたまに、ほとんど表に出てこない聖女の実際の話とかも教えてくれたりするけど、それって俺が聞いても大丈夫なやつなのか……?

 あとで教会から審問官とか来たりしないよな……? 若干怖いんだが……?


「私から言っておいてなんですけど、お気になさらず。軽率に首を突っ込める話でもなさそうですし」

「そういわれると逆に気になるんだが……」


 なんだったんだ?……まあいいか。


「まぁまぁ、大丈夫だよエステルちゃん。それより私、魔神サマのこと聞きたいなー?」

「……」

「……?」

「あー……ごめんなさい、ちょっと事情があってあんまり話せないんですよね」

「そうなの?残念……」



「……大丈夫か?」



 今。


 見逃してしまいそうなくらいほんの一瞬だったが、エステルの顔が曇った。

 やっぱりあの時の前後で雰囲気が僅かながら変わっている気がする。



「大丈夫です。……うーん、そうですね。支障のなさそうな範囲でなら質問大丈夫ですよ」

「お、やった。えっとえっと、うーん……魔神サマの好きな食べものってなに?」

「なんか質問……雑じゃないです?まあ、甘いものとか好きですね」

「えー、ちょっと意外。ならもし会う機会があったら手土産はアイスクリンちゃんにしよ」

「いいですね、多分喜ぶと思いますよ」


 上手く躱されてしまったが……まあ少しずつだな。


 というか実際意外だ、魔神って甘いものが好きだったのか。少しイメージが変わったな。

 なんていうかこう、冷静で切れ者な壮年の男って感じのイメージだったんだが……。

 思ったより子供っぽい感じのやつなのかもしれない。


「というか、子供舌ですね。苦いものと辛いものがとにかく苦手なので食べてくれません」

「そうなんだ……私も割と子供舌だから少し親近感湧くね」

「放っておくと作業中とか延々お菓子食べてるんですよね……一日一箱って書置きしてお菓子をたくさん置いてきたんですけど、明日には全部無くなってる予感しかしません……」

「というかさっきから魔神サマのイメージが……でもちょっと可愛いかも」

「実際食べてる様子がなんだか可愛らしいのでついつい差し入れしちゃうんですよ……あんまり甘やかしてもダメって思うんですけど」


 おいおい。もはやそれ、ほぼ子供の扱いでは……?

 イメージがどんどん崩れていくんだが……それが本当に世間で恐れられている最強の魔神なのか……?


 というか好き嫌いに関してはなんかクーに似てるな。甘いものが好きで苦いものと辛いものが苦手って。

 そういえばいつだったか、あいつが苦手だったはずの苦い野菜を食べてて不思議に思ったことがあったんだが。

 ネタバラシされたら単に魔術で甘くしてみただけだったという。実験も兼ねてって言ってたけど魔術の無駄遣いすぎる。


 ちなみに料理の味見はズルせず我慢してちゃんとやってるとのことだった。

 俺は辛いものが好きなんだが、それを知ったあいつが涙目になりながら味見しているのを度々見たものだ。


 いや我慢してまで俺が好む料理を作らなくても良かったんだが……?

 別にお前がたまに作る甘じょっぱい料理も好きだったぞ……?


 ……ところであの不思議な料理、どこの料理だったんだろうな。王国には無いものだったのだが。

 いつかあいつに会えたらまた、作ってほしいな。お願いしたら作ってくれるのだろうか。


「あ、そだ! ちょっと一個聞きたかったんだけど!」

「はい?」

「エステルちゃんってワイバーンを一撃で叩き落とすことできる?」

「えっと……? できるとは思いますが……?」

「じゃあ、6歳の女の子ができると思う?」

「え、えぇ……? いや流石に難しいかと……」


 ベルが勝ち誇ったかのような物凄いドヤ顔でこちらを見てくる。

 その顔ちょっとムカつくからやめろ。


「あのなぁ……だからクーは幻想じゃねぇっての」

「え?」

「いやぁ、いたにはいたとは思ってるけどさ。やっぱそのエピソード無理があるってば」

「あ、えー……?」

「嘘くさいとは俺も思うけど、実際この目で見てるしだなぁ……まあ無理に信じろとは言えないが」

「あー……いや信じますよ……信じます……はい」


 いや、信じてくれるのは嬉しいけど……その何とも言えない顔はなんなんだ……?

 とても遠い目をして頷かれたが……なんだかドン引きしてないか……?


「まぁ、ししょーなら多分それくらいの時でもできたでしょうし……いやもしもの話ですが」

「うわ……そうなんだ、どんだけ凄いの魔神サマ」

「まあクーのが凄いだろうけどな」

「はいはい。でも……あり得るのかぁ……」


 反射的かつ勝手にあいつの凄さでマウントを取ってしまったが、我ながら何を張り合ってるんだか。

 いやでも、いくら魔神と呼ばれる男が凄くてもやっぱりあいつ以上の存在は想像できないんだよな……。


「ちなみに幼馴染さん、他にどんなエピソードあるんですか……?」

「なんでそんなに恐る恐るなんだよ。まあいいが、そうだな……」

「聞いちゃうんだね……信じがたいヤバヤバエピソードが盛りだくさんだよ……」

「おい、変な煽り方するのやめろ」


 ……でもそうだな、流石の俺も今ではあいつの異様な凄さがわかってる。

 あんまり何回もドン引きされてちゃあいつが可哀そうだし、軽めのエピソードを出すか……。


「まあ普通のだと、子供のころに花を咲かせる魔術を見せてくれたりだとか?」

「あ、なんかいいですね。そんな可愛い一面が」

「そうそう、一面の土丸出しの地面が花畑になったりして結構壮観でさ」



「は?」



「……うん?」

「あのちょっと確認なんですけど……それって元からあるつぼみを開かせるってことだったりですよね……?」

「いや、何もない地面から勝手に花が生えてた」

「やってること全然可愛くない……!!」


 えぇ……そんな頭抱えるような話だったのか……?

 前に冒険者の魔術師に話した時は鼻で笑ってスルーされたんだが……もしかして単に微塵も信じてなかったってだけなのか……?


「あー、えっとその、そうだ。昔、俺が一人で遊んでてうっかり崖落ちた時に思わずあいつの名前を呼んだらいきなりあいつの目の前にいてビックリしたけど助かったってことがだな」

「……それ、何歳のことです?」

「5歳……、だな」

「目視無しの正確な遠隔空間転移……5歳で……ふふ」

「ね? やばいでしょ? あり得ないよね?」

「あー……いや信じるは信じますよ。あり得ます。身の引き締まる思いですね」

「あり得るんだ……」

「私……私のこと、もしかして天才なんじゃ?って実はほんのちょっとだけ思ってたんですけど、自惚れてました。もっと頑張ります」

「え、ああ、なんかすまん……その、ほどほどにな?」



 遠い目をして立ち尽くす3人。なんだか微妙な空気になってしまった。

 すまないクー……俺にとってはいい思い出だったんだが……どうしてこうなった……。



「お待たせしまし、た……? みなさんどうかなさいました……?」

「いやなんでもないぞ……ありがとうアリア、行こうかみんな」


 絶妙なタイミングで来てくれたアリアに感謝しつつ、門へと向かう。

 何だか濃い滞在期間になったな。ともかくこれで帝国滞在は終了……。





──聖剣が光った。





 いつものこと。しかし、なんとなくこの時だけは気にかかった。

 そういえば帝国に来てから数が増えている気がする。


 聖剣は割と意味もなく光るので今まで気にしてなかったものの……なんだろう。

 聖剣とは、割とふわっとした感じの曖昧な意思の疎通ができる。それでなんとなく最近のこいつが何かに警戒しているということだけはわかる。

 でも実際には何も起こってないし、聖剣も聖剣で何かあってもどうとでもなりそうって意思を感じさせてるので問題ないとは思うんだが……。



 ふと、さっきまでいた帝国の街並みを振り返る。

 何かやるべきことを忘れている。そんな感覚。……気のせいだろうか。



「どしたの?」

「……ああ、いや。忘れ物してなかったかなってな」

「?」

「多分気のせいだ。……いこうぜ」

「あ、うん……?」


「……」



 まあとにかく、頑張らないとな。

 俺は俺のやることをして、経験を積み、成長し、あいつに近づいていかなければならないんだ。


 さあ、クエスト開始だ。気を引き締めるぞ。








・・・



(鈍感なんだか敏感なんだか……よくわかりませんね)



・・・

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