第17話


「前々からここの領主は不審な動きをしていたが、中々尻尾を出さなかったからな。物証が必要になる。直接確認しておくべきだろう」

「なるほど」

「……それにもあったからな。色々とも良かった」

「『転送』……まあ、私に政治的な話はわかりませんので。良きようにお使いくださいとしか言えません」


「……なん……っだ、ナニが……」


「上位一歩手前の中位魔族でしょうか。不正の運び屋に成り下がるとか、自称人間の上位種の癖にプライド無いんですかね」



 遠隔転移魔術でゴミを近くにお取り寄せ。ていうか捕捉も直接干渉もほぼ無抵抗とか、耐性ガバガバじゃん。

 最近ずっと一切手応えのない壁打ちばっかしてたから、なんか変な感じするわ……。


 眼前に現れたのは、魔力線で雁字搦めになって、片腕を変な感じにへし曲げてしまっているヒトの姿。

 どうみても人間の青年にしか見えない魔物。内部構造は人間とまるで別物だけど。


 私判定で、60レベルくらい? 平均よりちょっと強そうかな。

 まぁ、まな板の上のなんとやらなんですけどね。ふふ、ざっこ。


「クッ、『火竜の咆哮ドラゴンブレス』……!!」

──『術式破壊』


 なんかやってきそうだったので魔力誘発で即時無効化。やっぱセキュリティゆるゆるっすわ。

 一対一ならどんな発動効果か見てあげても良かったんだけど、皇帝様もいるからね。残念だったねぇ。


「なんだ、この女……!?」


 おや……知らないのか?

 私、魔族には有名人だと思ってたんだけど。前に魔王軍の幹部(笑)を盛大にしばき倒してるし。


 まあいいか。


「あなた方がバカにしてる人間の魔術師ですよ。お見知り置き、いただく必要もありません」

「人間……、……魔術師?」


 うーん、魔王と関係ない野良魔族なのかな。人間とつるんで汚いことやってるくらいだし。

 でも魔王軍のやつが内職的にこういうことしている可能性も無きにしもなんだよね。

 そもそも魔王軍、私が一発しばいてから全然大きな活動してないからなぁ。



 ……ほんと、あれは失敗だった。魔王も次元の狭間に隠れちゃったし。



「ああ、皇帝、グラン。そうか、そうか、」

「口数が多いな、少し静かにさせられるか?」

「承知いたしました、では」


「なるほど、ははは……」


 薄笑いするゴミに指を向け、沈黙魔術を、





「なぁお前、? 





──『空間分割』





「陛下の御前です。……口を慎め」


 不可視のギロチンが首を落とす。人間であれば、致命の一撃。


「ふむ……まぁ良い。確証が欲しかったが、この首が証拠として使えるか」

「……申し訳ございません、やり過ぎました」

「構わん。これの言葉に聞く価値は無かった」


 撹乱、だ。不和をもたらす、こいつらの得意技。


 ああ、心の底から気分が悪い。

 こんなのと言葉を交わしてしまうだなんて、軽率だった。油断し過ぎたな。


「はは……バケモ……ノ……め。こんな、のが人間なわけ」

「……身体の方、要らないですよね。『極点圧縮』」


 首を失い跪いた胴体が、ギュッと音を立て、捻れるように一瞬で消失する。

 人体の構造を無視して首だけで言葉を絞り出すコレには、改めて沈黙魔術をかけて黙らせる。


 どんなに人間のように見えたって、人間ではないんだよ、コレは。

 首だけになってもまだ死なないし、ほら、血もあんまり出ていないじゃないか。


 私だって、首を切られたら血を流して死ぬ、はずなんだ。人間なのだから。



 ……



 やったこともないのに?そう思いたくて、思い込んでるだけでは?


 こっそりと手のひらを切った。小さな痛みと共に、血が流れる。


 ……うん、大丈夫。人間。


 そうだよ。あいつだって、私のこと普通の人間だって言ってくれたんだ。

 あいつのおかげで私は、道を踏み外さずに済んでるんだ。


 でも。でも最近。

 胸の中のそれが、だんだん薄まっていくような気がして、怖くなることがある。

 だからはやく、その姿で、その声で、新しく上書きして満たしたい。




 あぁ、今あいつ、なにやってるんだろ。




「……気にするな。貴様の悪い癖だ」

「申し訳、ございません」

「謝罪は要らん。処理が終わったら拠点を経由して領主館に向かう。ここからは私の領分だ」

「……はい」

「沙汰を下したら拠点に戻り一泊する。その後は帝都に戻る。移動が済めばそこで護衛を解く。貴様もしばらく休むといい」

「ありがとうございます」


 ……この人だって、心の中では私をどう思ってるかどうかはわからない。あんな言葉を信用したりしないだろうと思いたいけど、どう思われても仕方ないんだから。

 でも少なくとも、恐怖を理由に忌避することも拒絶することもない。私を認めて、まるで人間のような扱いをしてくれている。だから、応えたいと思う。

 不敬に決まってるけど、私はこの人のことを友のようにさえ感じているんだ。身の程知らずにもね。

 それは弟子だってそう。そしてもちろん、あいつも同じ。私の大切な、希少で、本当に奇特な人間たち。


 私が人間の枠から大きく逸脱している化け物だなんて、私が一番わかっているよ。

 普通の人間から見れば自分たちの仲間というより、むしろ魔物のような生きた災害。そんなのわかってる。


 でもみんなの前なら、

 優しいみんなが夢を見させてくれてるんだ。どうか、その夢が醒めないでほしい。



 私はみんながいるこの世界に……幻滅したくないんだよ。





 厳重に封印した魔族の首をガラスケースのように結界で包み、次元の隙間に放り込む。


 はぁ……このくそ生首め。出発前の冒険へのワクワクを返してくれ。

 とんだ強行軍だよ。ゆっくりできなかったよ。


 なんだかいつもみたいに冗談めかす気力もないくらい、疲れた感じがする。


 あーあ。いま無性に甘いものが食べたい。でもお腹空いたからお肉もいいな。

 そうだな、新鮮なドラゴン肉が手に入ったから皇帝様のご要望通りステーキを振る舞うとしよう。



 よっし……こうなったらやけ食いだ。嫌なことは食べて忘れるに限る。

 ちゃっかりご相伴に与っても皇帝様だってきっと許してくれるはず! 食べるぞ!


 カロリーゼロ理論術式で!どれだけ食べても問題ないし!



 とりあえず現場の処理も終わったし、じゃあ戻りましょっかね!



「……あと5回だ」

「……?」

「あと5回ほど大きな仕事に力を貸してもらう」

「えっと、5回でも10回でもお貸ししますが……?」

「区切りの話だ。まあ覚えておくと良い」

「はぁ……わかりました」


 なんだなんだ。また勿体ぶり病が出たな。別にいいが。


 えーっと。領主館は行ったことないから、また拠点からは自力移動だなぁ。今度は他の人も連れてくと思うから、流石に馬車になるかな?

 うーん、そろそろ自動車も開発したいねぇ。


 あ、あっち着いたら本気ローブ装備ね。領主さん威圧するんだね。りょ。

 よくよく考えたらこのローブくん、本来の使い道で使ったことほとんどない気が……。


 まあまあ、でもトータルで見たら楽な仕事だったね。まだ終わってないけど。

 帰ったら研究の続きしなきゃなぁ。弟子もいないとなるとちょっとだけ寂しい。


 やっぱ様子こっそり見ようかな……いやいや弟子を信じて……でもでも……。


 うん、そうだ。見守り使い魔くん4号の試験で……。

 そう、あくまで試験のついでだから……あわよくばそのままあいつも見つけられたら……。


 ……よし、このプランで行こう。


 頑張るぞ!












・・・



 "親愛なるししょー。"

 "すみません。何がかわからないと思いますが、とにかくすみません。"

 "私、もっと頑張ります。この仕事も完璧にこなして、もっともっと成長します。"

 "そして近いうちに、必ずししょーの立場を奪い取るので覚悟しておいてください。"

 "では、行ってきます。私がいない間、どうか、ご自愛くださいますように。"

 "不肖の弟子、エステルより。"


 "追伸。研究室の冷却箱にいっぱい新作お菓子を入れておきます。"

 "食べ過ぎないように。一日一箱を目安にお召し上がりくださいね。"



・・・

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