第16話

 少し離れた眼下でぐるんと丸まって眠っている、ちょっと可愛らしくも厳めしい、とても大きな竜たちが見える。


 うーん、2頭が一桁歳のベビー、1頭が20歳くらいのノーマルなバニラかな。

 まあどれも若いから素材としての価値はそんなでもなさそう。なんかゴミもくっついてるし。


 でもドラゴンの肉は若い方が美味しいから、ご馳走だね……!

 幼いと毒抜き魔力抜きも楽だし、そういう意味ではお宝だよ……!



「なんかおなかすいたな……!」



「相変わらず貴様は緊張感がないな」

「……申し訳ございません、心の声が」



 やっべ、マジやらかした……。

 すみません、最近ほんと気を抜くと、抑えてた欲が出てきてしまうんです……恥ずかしい……ゆるして……。



 ……。



 ……そんなつもりなかったけど、なんか今のエロい本の団地妻みたいなセリフだったな。



 個人の性癖的にはそういう不倫物も寝取られ物もNGなんですが……あ、ていうか、妻?



 ……あいつの?



 …………。



 ……。



 。



「ふっ」



 両手で頬を叩く。

 いやいや気を抜き過ぎ。仕事中だ、抑えろ。我ながら最近の私、気持ち悪いぞ。

 というかそもそも段階ってやつがあるだろ。飛躍し過ぎにも程がある。


 あぁ……皇帝様の目が冷たいよ。

 きっとまた、気持ち悪い顔してたなって思ってるんだろうな……。

 気持ち悪い部下ですまんな……。



 ……ていうか。


 そういえば、皇帝様に妻って多分いないよな。

 なんか今の今まで聞いてこなかったけど、世継ぎとかどうする気だろ。

 種無しか? いやこの人の健康状態は定期的に勝手に確認してるから、それはない。相手の選り好みでもしてる?

 まぁ、まだ若くてこんだけイケメンな独裁者なら候補の一人や十人や百人、より取り見取りだろうけどさ。



 私?



 ないない。流石にないわ。皇帝様からは一切そんな意思感じたことないし。

 単純に、使える部下としてしか見てないんじゃないかな。まぁそんな皇帝様だから私も仕えてるんだけどね。

 そもそも副院長ならともかく、この人が私をそういう目で見てくるって想像がつかない。

 大体私、見た目はミステリアスな美少女でも中身が色んな意味でバケモンだし?




 私! 魔女っ子型核爆弾!! スイッチ一つで世界を滅ぼすよ!!!




 ……いやいや、いくら見た目が良くても無理でしょ。

 普通に女としてどころか人間として見れるかどうかも怪しい。

 魔族にすら化け物扱いされるくらいだし。王国でも……。



 ……あいつはどうだろな。

 人間扱い、してくれたけど……実は内心怖かったりとかしたんだろうか。


 そうだったとしても、おかしくはない。おかしくはないけど……。




 ……はぁ。あいつ今、なにやってるんだろ。




「……」

「……?」



 なんか気づいたら皇帝様に横目で見つめられていた。

 なんだ、どうした。実はちょっとやる気とテンション下げてるのバレたか?


 いやマジすんません、仕事はちゃんとやるんで……。



「……」

「えっと、どうかなさいましたか?」

「なんでもない。それで、どうだアレは」

「如何様にでも料理できますよ。ご注文をどうぞ」

「そうだな……ステーキを頼む」

「……」

「無理か?」

「……いえ、お望みとあらば」


 皇帝様がこんな冗談をいうなんて、珍しい。応えてあげよう。

 軽く、指を振る。綺麗に、均等に。








 ──『空間分割』








 世界が、ほんの一瞬、幾重にもズレる。



「……!」



 ……はい。輪切りドラゴンの出来上がりってね。こんなの朝飯前よ。もう昼過ぎだけど。

 大した魔力抵抗も無い幼竜程度、ちょっとやる気出せばこんなもんかな。

 ほんとは冒険者らしくもうちょっと遊びたかったけど、事情が変わったので仕方ない。


 眠ったままの幼くも巨大な竜たちは、何もわからないまま永遠の眠りについた。

 痛みも知らず、安らかに私たちのお腹の中に入るがいい……なんてね。


 収容魔術で次元の隙間にくっそデカい血塗れの肉の塊を仕舞う。

 血も立派な素材なので内部で仕分けとく。爪とか鱗とか皮とかの選別は後回し。

 量が凄いけど、容量は実質無限なので問題なーし!


「っ……」

「ふむ、流石だな」

「お褒めに与り光栄です。『撃墜突風』」


 ゴミが飛んだので風魔術の超局所ダウンバーストで優しーく叩き落としてあげる。

 うーん、デジャブ。そういや皇帝様と初めて会った時もこの魔術使ってたなぁ。懐かしいね。


 さてさて。


 いや正直、危険は危険だけど、なんでこのレベルの護衛に私が必要だったんだろうなって考えてたんだよね。

 私じゃなかったとしてもさ、戦闘では物理しかできない兵長さんを使うより、魔術院を脳内作業しながら徘徊してる院長とか、研究室に引き篭ってる副院長とかのがやれること多いし護衛に良いのでは?

 もしくは魔術院から比較的手の空いている優秀な何人か連れ出せばいいのでは?って。まあ護衛に付随する諸々をこなせるかは別として。


 だから、ひょっとしてにも意味があるのかなーってね。

 まあその意味が思い当たらなくて考えを保留してたんだけど。移動中もなんもなかったし。

 式典の時とかみたいに本気ローブ装備で周りを威圧したりとか?って思ったけど違ったし。


 まぁ結局、現地に理由があったわけだ。考え過ぎだったね。


 あーあ、ゴミ掃除かぁ。正直テンション下がるわぁ。


 というかやっぱり兵長さんには荷が重かったんじゃない?

 いや、マジで私がこの話乗らなかったらどうするつもりだったんだ……?



「最初からご存じで?」

「いや。だが可能性は少なくないと考えていた。国境線近くの災害の種にしては、相手の反応が薄いように感じたからな」

「『魔力捕捉』『拘束』……ああ、なるほど。あちらは知っていたかもしれないと」


 つまり、元々ドラゴンらは相手の国にいて、その災害の種をこちらで引き取ったということかな。

 ここを自治している領主がおそらく金銭、もしくは諸々な意味で美味しい何かと引き換えに。

 ほんとはもっと領地の内側に持っていって、それから討伐依頼か何かをギルドに出すつもりだったんじゃないかな。


 多少ドラゴンが暴れたとしても、痛みの少ないような場所で。


 でも、皇帝様が立ち寄るような主要拠点には私特製の魔力観測術式が仕込まれている。領主側は知らないだろうけどね。

 だからドラゴンなんて生命魔力の塊に、中央がいち早く勘付けたわけだ。

 で、皇帝様が手っ取り早い解決手段として私を連れて、直接叩けるタイミングで動いた。

 正午出発だったのは根回しかなんかがあったのかな。その辺はわかんないけど。


 とにかく、領主にとっても相手の国にとってはバレたら最悪のタイミング。こちらにとっては叩くのに最善のタイミング。

 がっつり大問題だね。政治的には美味しすぎるカードになったわけだ。



 ていうか、うん。まぁそうなんだけどさぁ。



「……少しくらい相談していただいても、よかったのではないでしょうか」

「確実ではなかったからな。第一、そうすると貴様は一人で処理しに行くだろう?」

「当たり前でしょう。危険過ぎます」



 3頭もの眠ったドラゴンを、こっそりと運び出せる存在など限られる。

 複数の高度な魔術、もしくは魔法を使える存在。




 すなわち、魔術師。


 そして……魔族。




 あー、ほんと嫌になるよね。アレに協力する人間がいるとかさぁ。

 いや今回は協力された方かな?


 まあどっちにしても……嫌になるよ。魔族退治ゴミそうじなんて。

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