第15話
それにしても、うーん、今日もいい天気!
絶好の冒険日和ですねぇ! ワクワクしますよ!
性急な皇帝様の要望で、転移の魔術で現場近くまで一気に飛んじゃったから旅路の風情もクソもほとんどないんですが!
ええんや、転移先の街から現場までは普通に徒歩だし、外歩くのも久しぶりなんだから……。自然の風が気持ちいいね……。
ちなみに本気ローブを着て行こうとしたらまだ要らんって言われたので今は普通の服。
どこにでもいるような街娘スタイルとマントだ。なんだかコスプレ感ある。
そして隣を歩く皇帝様は軍服姿。え? 皇帝様を歩かせるのは不敬?
知らんがな。こいつが勝手に歩いてるんだから私悪くないし。
以上。今回の視察メンバーとなります。はい。
いや街の拠点には世話係の人とか色々いるけど、実際視察に向かうのは私とこの人の二人だけ。
いくらなんでも身軽すぎんだろこいつ。護衛が私じゃなかったらもっと仰々しいんだろうけどさ。
あとなぜに直で現場に行かなかったかっていうと、転移術式、行ったことがないところには行けないからです。
いや無理すれば行けなくはないけど、下手したら石の中とか物の中に埋まりかねないので……皇帝様を奇妙なオブジェにするリスクは冒せないじゃん?
まあ私はそんなヘマしないけど、転移の危険性を知ってる皇帝様からしたら怖いだろうし。安全第一ですよ。
なので、以前から皇帝様が視察する際に使ってる拠点の防諜術式を目印に、まずここへ飛ぶってわけ。
いや、目印になっちゃう防諜術式ってダメじゃねって思うけど、まあこれ所詮は一般魔術師の術式だったので?
ふふーん、隠蔽が甘いのよ。
ちゃんとガッツリ改造したったから私以外にはそんなふうには使えないだろうし今後は問題なしの安心安全セキュリティです。
この術式には周辺領域の監視もついてるから、前もって状況を確認して安心安全に飛べるわけですねぇ。
ところでこの転移術式も前に、皇帝様が汎用化できないかって提案してきたけど……まだ流石に、それは難しそう。
使うだけなら今の術式でも、それなりの容量の魔石かそこそこの自前の魔力があれば転移自体はできる。
一般魔術師じゃ制御できなくてどこ飛ぶかわからんだろうけどね。で、地面とか壁に埋まって立派な悪魔的芸術作品と化す。
仮に術式汎用化で制御が容易になったとしても、絶対に阿呆が安全確認怠って悲惨な重大事故を起こすに決まってるだろう。
だから、ちゃんとした資格ある実力者だけが使う形にした方がいいんじゃないかなーって逆提案して保留状態だ。
まあ一応、現状の術式記録自体は魔術院にあるから使いたいなら頑張って勉強してみてねって感じ。
公開レベルは院外秘ですんで、まずは魔術院試験に受かってメンバー入りしてからの話ですが。
ちなみに帝国魔術院に納められている術式記録の公開レベルは5段階ある。
ゆるい方から順に、公開、制限、院外秘、秘匿、禁忌となってて、簡単に説明すると、
公開が、一般見学者も閲覧可。持ち出し可のものと不可のものがある。
制限が、申請者が審査を経て閲覧可。持ち出しは不可。
院外秘が、魔術院の者のみ閲覧可。持ち出しはもちろん不可。
秘匿が、魔術院内でも限られた者のみ閲覧可。使用にも制限がある。
禁忌が、閲覧不可の封印指定。私も使用禁止。皇帝様の許可があれば例外。
これは術式の難易度とは関係なく、使った結果の影響範囲と重大度によって決められているらしい。
あと公開が2段階だから実質6段階じゃねぇか!っていうツッコミは受け付けてないみたいです。
この区分を決めてるのは魔術院長と副院長、皇帝様、そして影も髪も薄い魔術大臣さんの術式区分審査会の面々だ。
私はメンバーじゃないけどたまに意見を求められることもある。意見というか、術式の解説?
私が正式メンバーじゃないのは、この区分の、特に上から二つがほぼ私専用区分みたいなとこあるから。
魔術院特別顧問になる際、皇帝様に強くお願いされてその時点の保有術式を全部開示したんだけど、流石の皇帝様もドン引きしてたからね。
政治的にも経済的にも色んな意味で公開タイミングとか考えないといけないらしく、審査会はひと月以上ぶっ通しだったんだよ。逆にむしろ審査が早すぎて凄いよね。
何気なく作ったやつの中に普通にやばいのが混ざってたりもしてたらしく、ずいぶん大変だったらしいよ(他人事)
例えば禁忌術式を何個か挙げると、『感染……あ、やっぱなし。村時代後半の結局使わなかったやつとか全部駄目です。自覚あります。
えーと、ああ、あと『黄金錬成』とかもか。たしかにこれは使ったら経済壊れちゃうからね。
まあ禁忌ではあるものの、錬金術の極致としてよく知られているからこれを研究している人は多い。
いつか私とは違ったアプローチで黄金を作る人が出たりするのかなぁ。楽しみだね。
そしてせっかく作った術式が封印されてガッカリするといい。その道は私が既に何度も通った道だ……!
まあもちろん、こっそり使ったりしたい人もいるだろう。難易度的に使えるかは別として。
でも帝国の影響下でこの区分、特に禁忌を破るととんでもなく重い罰が待っているからね。
魔術院出禁からクソデカ罰金や市民権剥奪、シンプル処刑までより取り見取りです。
ここ独裁的法治国家だよ? どうなっても知らないよ?
ちなみに出禁は魔術院を敵に回すという意味だからね?
形式上、魔術院の術式は審査会を経ているので、秘匿も禁忌も、私以外の4人だけは一応知っていることになる。
皇帝様と大臣さんは、術者としてのレベルは良くて中級冒険者程度だから知ってても使えないけどさ。
副院長なら普通に上級冒険者レベルだから、比較的簡単なのならいくつかは使える、かも。
この人は魔力にも才能にも恵まれてて、しかも思考が柔軟で学びに真摯な良い人だ。ちょっとエロ親父だけど。
こないだの農作業ゴーレムことアグリちゃんの術式、やっと依頼評価返ってきたと思ったら同時に秘匿指定されちゃったんだけどね。
この人ときたら副院長権限でかなり熱心に研究しだしたから……ゴーレム嫁でも作る気だろうか。
院長ならともかく副院長には多分まだ難しいよ?
……うん、院長だったら他の難しいやつも使えておかしくないかもしれない。というかあの人、私から見ても普通に頭おかしいから。
私が来る前から結構なレベルの魔術師だったけど、私が思考分割の術式を公開したら速攻で限界ギリギリ自己崩壊寸前まで使いだすようになったからね……大丈夫?崩壊してない?
私ですら100分割以上は使えても使おうと思わないのに常時256分割は流石に常軌を逸してるのよ……正気の沙汰じゃないよ……こわいよぉ……。
自分凡人ですのでって言ってるけど、もはやあなたただひたすらにヤバい狂人なんすよ……仕事は途轍もなく出来るけど正直あんまり関わりたくはないな……。
大半の仕事を頭の中だけで完結させてしまう超人なので、むしろ身体の方が暇になって魔術院の雑用とかをやりだしてる、本気で理解不能な存在なんです。
たまに当たり前のように見学者の道案内とかしてる一般通過激ヤバ魔術師おじさんだよ。見た目は冴えないけど、実態を知るとマジで怖いよね。
まあ院長も副院長も圧倒的に変な人たちではあるけど皇帝様にちゃんと忠誠を誓ってるし、悪い人ではないから悪用したりしないだろう。大丈夫でしょ。
最悪の場合は私が責任もって対処します。そんな最悪、考えたくないのですがね。
……ちなみにほんとは教えたらダメな術式、皇帝様に許可もらって弟子にもいくつか仕込んでます。
だって、本当に危ない時の切り札の一つや二つ、ないと困るかなって……ええい、そうだよ弟子が可愛いよ。悪いか。
いくら弟子が天然チートでも、この世界には理不尽も想定外も、いっぱい存在するんだからさ。
もしいきなり竜神級のエンシェントドラゴンが襲ってきたら、いくら弟子でも成す術なくご飯になっちゃうし……いやどんな想定だよって話だけど。
でも、それがあれば逃げることくらいはきっとできる……可能性が出てくる、かもしれない。
そんでもって、今は無理でも2年後、3年後なら多少は勝負になる、かもしれない。そうなっても不思議ではない。
だって一般人に毛が生えた程度の素人だったのが、技術力だけならもう魔術師上位のクラスになってるのだもの。
やっぱあの子の成長率、異常ですよ。真剣におかしいよ。バグだよ。普通に怖いわ。
まだまだ戦闘経験が足りないけど、上級冒険者としても普通にやっていけるだろうね。
弟子ならもう、ちょっとしたドラゴンくらいなら一捻りだろうなー。
──例えばそう。今、目の前で寝ているやつら、みたいなのとか。ね。
……目標に到達。さあ、仕事をしよう。
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