第13話


 訓練用ゴーレムの剣を、借りた剣で弾く。

 なんか昔使ってた市販の剣より使いやすいなこれ……。

 あとで売ってくれないかな。いや聖剣が拗ねるか?


「……流石に、そろそろ休憩にしたらどうですか」

「ああ、そうだな」


 対峙していたゴーレムが動きを止めたので一旦小休止。日もかなり傾いてきた。

 アリアから飲み物を受け取り飲み干す。冷えてはいないが、十分に喉の渇きは満たしてくれる。


 そして身体の調子を見るためにアリアが俺の腕や腰を触るが……やっぱこれちょっと恥ずかしい。


「疲労のみですね。彼のものに安らぎを、『安息の奇跡』」

「相変わらず、よくやるよねぇ」

「まだまだ俺は弱いからな。もっと強くならないと」

「……あなたは十分強いと思いますよ」


 倒れたゴーレムの上で何か作業をしていた少女が地面に降りてくる。


「特にその魔剣があれば、間違いなく上級の冒険者を名乗れると思います」

「いや、それじゃダメだしまだ足りない。あと、魔剣って呼ぶのやめてあげてくれ、こいつ聖剣だから」

「……聖剣?」


 やっぱり知らなかったようだ。俺らやっぱり知名度無さすぎでは?


「……えっと、御伽話のですか?」

「そうそう、つまりアルは勇者様ってわけ。そう言っても全然信じてもらえないけどね」

「私は一目見た時からずっと信じておりますよ。アル様は一途で純粋な思いを持つ、立派な勇者様です」

「一途……ずっと空想の幼馴染のために修行してるんだもんねぇ。勇者というか、狂信者というか」

「いや俺はまだ勇者って言えないし、そもそもあいつも空想じゃないって」


「……あいつ?」


「とっても凄い魔術師の女の子だそうですよ。アル様はその子と離れ離れになってしまって……」

「アルはその子を見つけるために旅を続けてきたってわけ。聖剣を抜いちゃったから、勇者の使命もできちゃったけどね」

「まあ世界なんか、あいつのついでで正直いいかなって思ってるがな」

「あはは、すごいこと言うじゃん。勇者失格だねぇ」

「いえいえ。その純粋さ、女神様もお認めになっておりますよ。聖剣がその証ですから」


「……ふーん」


 興味をなくしたのか、再びゴーレムの元へと行ってしまう。


「ところであのエステルちゃんと幼馴染ちゃん、どっちが凄いの?」

「うーん……あの子には悪いが、やっぱりクーのがずっと凄かったな」

「えぇ……やっぱ幻想だってその幼馴染。エステルちゃんもこの目で見てなかったら実在が疑わしい幻想級の女の子なんだよ? それより凄いってもう人間じゃないじゃん」

「いいや……人間だよあいつは。凄いだけの、ただの女の子なんだ。だから俺は、あいつをただの女の子として守るために、もっと強くならないといけない」

「いやぁ、その心がけは立派だけど、やっぱりちょっと信じがたいかなぁ」




「信じますよ」




 重なったゴーレムの山の裏から声が聞こえた。聞いていたのだろうか。

 なんか貶めたみたいになってて申し訳なかったんだが……。


「丸ごと全部、信じてあげます。そんな人を本当にただの女の子にしようというのなら、私はあなたを勇者と認めざるを得ませんね」


 倒れていたゴーレムたちが霞のように消える。

 その裏から現れた少女の姿はどこか吹っ切れた様子に見えた。


「改めて、自己紹介をさせてください」


 手ぶらで俺たちの前に立つ、堂々とした姿の超一流の魔術師。



「私はエステル・ドゥ・ラ・リベルテ。魔神の唯一の弟子にして、いずれ魔神になるべき魔術師」



 右手を差し出される。恐る恐る、その手を握る。



「あなたを仲間と認めたいと思います。今後ともよろしくお願いします」



「お、おう」

「気軽にエステルと呼んでください、アルさん」


 よくわからんが、認めてくれたらしい。

 というか女の子の手をちゃんと握るの、あんまり経験ないからちょっと気恥ずかしい。


「……さっきはすみませんでした。少し、誤解していたようです」

「あぁ……いや、別に気にしてないからいい」


 奇しくもさっきと逆の構図になったが、いやちょっと握手長くないか?

 じんわりと体温が伝わってきて、さっきは気にしてなかったけど抱き止めた時の感触が……いやいやダメだ!


 ちょっと後ろの二人、そんないい表情してないでなんか言ってくれ……!


「あー、えっと、魔神の推薦というか、そもそも弟子だったんだな。通りで凄いわけだ。ところでデュシエルって男は実際どんなやつなんだ?」

「デュシエル……? あー、そういうことですか。なるほど……」


 首を傾げてから何かを納得したようだが、いや、だから何がなるほどなんだ?


「違いますよ。デュ・シエルです。なので、呼ぶとしたらシエルですね。あと男……うーん……」



 なにやらまた考え込み始めてしまった。

 そして右手がようやく解放されたが、なんとなく開いたり閉じたりしてしまう。

 なんかこれ、まさにモテない男の挙動だよな……なんかアリアの時と違う恥ずかしさを感じるぞ……。


「うーん……いや大丈夫、かな。会った方が話が早いし……」

「おーい……?」

「よし、これから少しお時間もらえますか? ご紹介したいと思います」

「えっと、まあ大丈夫だが。二人はいいか?」

「おお、噂の魔神さまに会えるの? やだちょっとすごい楽しみ」

「私も構いませんよ。是非ともお話しさせていただけたらと思っております」

「あー……お二人は別の機会の方が、あ、でも衝撃は一度の方が? 私が説明すれば大丈夫かな……?」


 よくわからないが、これから例の魔神に会える流れになったらしい。少し楽しみだな。

 謎のベールに包まれた、最強の魔術師デュシエル……じゃなくてシエルか。どんな男なんだろうか。


「ご案内します。あ、時間的に特訓も終わりになりますね」


 エステルが手を振って、剣を消してしまう。めっちゃいい剣だったからなんかすごく名残惜しい……!

 聖剣がピカピカ「私がいるじゃん!」と主張してくる。そうだな……お前以上の剣はないもんな……。

 でもお前ちょっと強すぎるから、ほどほどの使いやすい修行用の剣も欲しいんだよ……。


「アルさんも、きっと驚くと思いますよ?」

「アリア、どうしよ。もしかしたらやっぱり改宗するかも」

「それを私に言われても……」

「……えっと、みなさんいきますよー?」







 魔術院はかなり広い。

 どこも似た構造をしてるから今どこにいるかわからなくなりそうなものだが、エステルはスイスイと迷わず進む。

 何度も階段を降りては昇り、昇っては降り、置いていかれたら多分これ一生追いつけないな。


 というか、外から見た時より明らかに広くなってないか?気のせいか?




「もうすぐ到着、ですねー……?」



 エステルが立ち止まる。その向こうには、シンプルな鎧の中年の男が。


 あれが魔神……なのか?

 魔術師っぽくないし剣を持ってるから、多分違うよな……?



「ずいぶん遅かったな。待ちくたびれたぞ」

「兵長さん……?」


 やっぱり違った。

 どうやら待ち受けていたのは、魔神ではなくて兵長さん?だったらしい。

 ってことは帝国兵の長ってことだよな。帝国兵って魔術院にいるもんなのか?


「まったく、陛下も困ったお人だ……」

「えっと、ししょーは……あ、いや、まさか」

「陛下よりお言葉を賜っている」

「……え」






「”しばらく使う。”とのことだ」






「、……、……はい、確かに、承知いたしました」

「やれやれ。お前が賢明であることを祈るよ」


 男は立ち去っていった。

 というかあの男、清々しいくらい俺たちのこと完全に無視していったな……。

 蚊帳の外感が凄かったのだが、途轍もなく漂う緊張感に何も言えなかったぞ……。


「えっと、大丈夫か?」

「えぇ、大丈夫ですよ。魔術師心得その一、魔術師は常に、冷静に、合理的に、論理的に。私は今、冷静で、合理的で、論理的な判断が出来てます。だから大丈夫です」

「……大丈夫か?」

「大丈夫ですって。あー、みなさんすみません。無駄足となってしまいました」

「うーん、残念だけど仕方ないよね。気にしないで」

「ええ、いずれまた機会もあるでしょうから」

「本当にすみません。出口まで送りますねー」

「……」


 一見、何も変わらないように見えるが、無理してるのが分かる。

 明らかに今のエステルは、冷静を装っている。

 本来はさっきの模擬戦の時のように、もっと感情的なはずだろうに。


 どんな事情があるかわからないが、気にかけてやった方が良さそうだ。



「では、明日から改めて宜しくお願いします」


「ああ、よろしく頼む。……依頼中の関係とはいえ俺たちは仲間なんだから、何かあれば相談に乗るからな」


「ありがとうございます。何かあったら、その時はお願いしますね?」







・・・




<聖剣ちゃん>

「え、主を勇者と認めてくれるの? ほな許してもええか……」




・・・

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