第12話


「んー、私は少し下がった方がいいかな」


 ベルがアリアの位置まで下がる。

 アリアは相変わらずニコニコして……いやなんか楽しんでないか?




 うーん……やるしか、ないか。




「仕方ない、やろう」

「『拘束』」


 聖剣を抜いて構えた瞬間、間髪入れずに魔術を使われるも何も起きなかった。

 一切躊躇が無い不意打ちだったぞ……意外とこの子えげつないな……。




「……『肉体虚脱』」


 再び魔術が使われる。

 しかし何も起きない。




「なら、『火球』」


 飛んできた火の玉に対して、聖剣を軽く振る。

 キラリと光る刀身の輝きに、いくつもの拳大のそれがことごとく消え去る。

 そのままの勢いで、一気に少女に近づこうと試みるが。




「『瞬間跳躍』『浮遊』」


 距離を詰めた俺から逃げるように、高速で後方へ飛び上がっていった。


 ……って、いや俺、遠距離攻撃の手段がないんだが?

 飛ばれたら何もできないぞ……どうすっか……。


 チラッとベルを見るが手を振られるだけ。いや前衛が困ってるんだから仕事しろ後衛。




「『疲労回復』」


 ……?

 なんだ、身体が少し軽くなった?




「なるほど……では、『過剰治癒』」


 何も起きない。




「効力を認識してる……?とんでもない魔剣ですね……『構造解析』」


 何も起きない。




「うーん駄目……術式破壊というより消去……例外化……無の上書き……?」

「……」

「一体どうやって術式に割り込んでるんだろ……そもそも条件……どういう基準で……」

「……おーい?」


 飛ばれたまま考え込まれてしまったので、何もできない膠着状態が続く。なんだこの状況は。

 あと、ベルも見てないで牽制くらいしてくれよ。お前も模擬戦に参加する予定だったろ。


 やれやれしょうがないなぁといった表情で弓に矢をつがえて放ってくれる。

 いやしょうがないなぁじゃないんだよ。てか今更だけどなに観客になってんだお前。


 絶妙に手加減され射線を少し外した矢に少女が反応し、ひらりと避ける。

 さっきから思ってたが、魔術師の割に意外と身のこなしが軽いな。

 ふわふわと、改めて距離を取られてしまう。



 ……そうだ、飛ぶのが魔術によるものなら……いや、危ないか?


 うーん、まあ、ちゃんと受け止めれば問題ないだろ。



 やってみるか。よし、やってくれ。







──聖剣が、強烈な光の波動が放った。







「え、ちょ」


 突如として浮力を失った少女が真っ逆さまに落ち──








「……」

「……」


「……」

「……」


「……離して、ください」

「ああ、じゃあ飛ぶのは無しな」

「わかりました、わかりましたから」


 抱きとめた腕の中からもがく少女を解放すると、ぎこちなく離れていく。

 その様子をベルは、やれやれだよ、と呆れた雰囲気で見てくる。

 アリアは相変わらずニコニコ……じゃなくもはやニヤニヤといった表情。

 ……絶対楽しんでるだろこの状況。見せ物じゃないぞ。


「……あなたっていつもそうなんですか?」

「なんの話かわからんけど、今の俺は普段と変わってるつもりはないぞ」

「こうも女の人をはべらせて、挙句私の身体までべたべた触って……」

「ちょっとまて、なんか特大の誤解をされている気がする」

「どんな、気持ちで……!」

「あ、いや、よくわからんがすまん。触って悪かった、許してくれ」


 わけもわからず急に少女が怒りだしたので早急に白旗を揚げる。

 女の子が怒った時点で男は負けだ。とにかく謝らなければならない。

 そう元盗賊優男のドレイクも言ってたしな……おいやめろベル、天を仰ぐな。

 アリア助け……る気ないよなくっそ……なんでそんなにいい顔してるんだよ。

 どうして俺が悪者みたいになってるんだ……いや俺が悪いのか……?



「何もわかってないのに?許す?何をですか?……『身体強化』『武器硬化』『爆裂付与』」



 エンチャントされた杖が地面を叩き、バンッと火花を散らす。

 いやブチギレじゃねぇか……一体何が正解だったんだ……。

 仕方なく聖剣を構えて、少女を待ち構える。



「わからないことを謝る必要はありません。そんなの聞く気にもなれませんから」



 もう、話を聞いてもらえそうにもない。

 ……しょうがない。一旦この模擬戦、終わらせるか。



「直接、干渉すればっ……『瞬間跳躍』!!」

「悪い」



 聖剣の意思をなぞり、全ての付与魔術を無効化して正確に杖を弾き飛ばす。


 呆然とする少女に切先を突きつけ、これにて模擬戦は終了だ。


 ゆっくりと回転しながら宙を舞っていた杖が、少し離れたところに突き刺さった。





「これで俺の勝ち、だな。合格か?」





 ……正確には俺の、じゃなくて聖剣の、だがな。俺だけの力じゃ死んでも無理だった。

 聖剣が無ければこの、俺よりも年下に見える少女に手も足も出なかったはずだ。

 やっぱり俺は弱い。もっと強くならなければ。


 少女が、無言で杖を拾いにいく。まだ続ける気だろうか。


 小さくため息をつき、こちらを振り返って、逡巡するように何度も口を開き、告げる。




「……とっくに合格、してますよ。その剣がある時点で恐らく問題ありませんから」


 杖を、恐らく魔術でどこかに仕舞った少女が、少し悔しそうな顔で告げてくれた。

 振り返るとベルがニヤリと笑っていた。お前……勘づいてたなら言えよ。


「依頼は受けます。さっきまでのは私の我儘でした。お時間取らせてしまい申し訳ございません」

「ああ、それは別に構わない」


 遺跡探索の依頼も時間的に厳しいわけではない。

 それにどうせ帝国を出発するのは明日だ。宿は今日まで取ってあるからな。


「というか反則すぎます。地面に落とされる瞬間、結構焦りましたよ」

「ああ、その時のこと、やっぱ悪かった。なんにせよ知らん男に抱き止められるのは気分が良くなかったろ」

「別にそれは……あー……私のことに関しては、大丈夫です。そこは許してもいいです」


 許してもらえた?のか? なんか含みがある気がするが。


 まあともあれ、これで依頼は受けてもらえたってわけか。

 色々と道具の補充もしたし、帝国での予定も全部終わりだな。

 美味いと噂の食事も十分堪能したし、今夜も食べるし。

 忘れてること、ないよな……。


 ……あ、そうだ。


「なあ、この試験場って何時まで使えるんだ?」

「……日没までですが、なんでしょう」

「最初のゴーレム、また出せるか?」

「え、……あーいえ、あの子たちは術式の再付与が必要なので違うゴーレムでしたら」

「今日はもう、これでお開きだろ。もし時間があったらでいいんだが少し修行に付き合ってくれないか」

「……」

「……」

「……お好きに、どうぞ。『魔動機兵・召喚』」


 ちょっと図々しいかとも思ったが、聞き入れてもらえたみたいだ。

 剣を持つ金属鎧が現れる。最初のやつらよりは少し弱そうだが、相手としては十分すぎる。

 さっきのゴーレムの動きからして、そこら辺の魔物よりもずっといい修行相手になりそうだって思ってたんだよな。

 結界で周りのことも気にしなくていい、安全らしいし万が一の怪我もアリアがいるから心配ない、相手がゴーレムだからこっちがやりすぎてしまっても心配ない。

 ここまで条件が揃ってるのも中々無いだろ。修行も捗りそうだ。ガンガン頑張ろう。


「アリアは聖剣を預かっててくれ。ベルは……先に帰ってていいぞ」

「いやなんでよ。一人で帰ってもしょうがないし終わるまで待ってるって」

「怪我は癒しますが、なるべく無理はされないよう……」


 と、いきなり鞘に入った長剣が飛んできたので思わず受け取る。


「素手でやるとかバカですか……あなた剣士でしょう、使ってください」

「おう、ありがとうな」


 こちらを横目で見ながら、ぶっ倒れたままの鎧たちの方へと歩いていった。


 うん。なんだかんだ、悪い奴ではないなこの子。




 よし! やるか!






・・・




<一方その頃の魔女さん>

(久々の冒険者っぽい仕事、楽しみだなー)ワクワク

「……貴様の今回の仕事は、あくまでも護衛が主であることを忘れるなよ?」

「ええ、なんでもお任せください。どんな危険からもお守りいたします!」

「……まあ、やりすぎなければ何でも良い。任せる」




・・・

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