第10話
「ところで、だが」
あ、無茶振りだなこれ。
「…なんでしょう」
「西の国境付近でドラゴンが目撃された」
なんだドラゴンか。身構えて損した。
「今は休眠中のようだが、隣国に近いため覚醒したら面倒なことになる」
「エルダー以上ですか?」
「いや、年若い。まだしばらくは大丈夫だろうが、早めに対処したい」
「なるほど」
見て若いと分かるくらいなら、ベビーかバニラかな。たぶん竜魔法も使えないようなフィジカル頼りのデクの坊だろう。
そこらへんの上級冒険者でも普通に狩れる雑魚だね。
「ギルドはどのような対応を?」
「上級冒険者は出払っている。中級では対処ができないから呼び戻している最中だ」
「なるほど……頭数はどれほどで?」
「3頭だな」
若い群れにしては少ない。ハグレかな?かわいそうだけど、まあ何にせよ駆除対象だ。
ドラゴンは個体によって人以上の知能を持つと言われる高位の魔物だけど、人類には敵対的。というか魔物自体、人類の敵対種なのだからとりあえず駆除して間違いない。
フィクションなファンタジーだと人に友好な魔物もいるものだけど、この世界でそんなの今まで見たことないし。
ま、友好的なのって私くらいじゃないかな? ぷるぷる、私悪い魔女じゃないよ!
なーんちゃって!
……、あいつに聞かれたらくっそ怒られそうだから変な冗談やめよ。
まあ実際、ドラゴンは危険だ。エルダー級ともなれば表面上は落ち着いてたりもするけど、基本的には生きた災害。
わかりやすくレベルという概念で考えると、一般市民が1として、平均的な冒険者が20前後。ドラゴンは生まれた瞬間から30はある。種族全体の平均だと40〜50くらいになるかな。
上級冒険者の平均も大体それくらいのレベルが多そうな感じ。この辺くると人間卒業認定されてたりしてて、ドラゴンスレイヤーも結構いるよ。
ちなみに百年生きたエルダー級、千年を生きるエンシェント級ともなると100を超え出したりするから上級冒険者でも中々厳しいものがあるね。
ん? 私? ……350くらいかな?
うっみゅーうみゅうみゅ。
そんな冗談はさておき、私ならそんなクソガキドラゴン程度指先一つでお茶の子さいさいだ。
問題は、仕事の山に埋もれててそういう冒険者的なことしてる暇ないってことだけ。
私だってたまには冒険っぽいことしたいけど、そんな暇、ないんだよ!
今は割と余裕あるけど今後の予定は詰まってるし、普通の人だったら忙殺されて無理だろうなぁ。
暇ないよ? でもどうせ無茶振りされるんだろうなー、どうしよっかなー!
「正午より視察に向かう予定となった。護衛を頼めるか」
「私仕事が溜まってて忙し……」
「そうか。まあ良い」
ま、私ならできるんですけど! 全く、しょうがないにゃあ……って、あれ?
……え?
なんか引くの早くない? なんで?
研究室の仕事もあるのに護衛という名の竜殺しを? 出来らぁっ!って内心準備してたのに?
えっと、これいつもの一回断っとく様式美的なことしてみただけなんだけど?
「今回は兵長に頼むとする」
「あ……」
「あわよくば先に討伐しておきたかったが、仕方あるまい」
空になったティーカップを置き、立ち上がる皇帝様。
え、あ、確かに忙しいは忙しいんだけど……マジで行くの……?
私チートだからやろうと思えばやれるよ? やれますよ?
「それに今回の名目はあくまで視察だ。現時点では必ずしも貴様が必要というわけではないからな」
必要……、ない? 私が、要らない……? いや、いやいや……ご冗談を。冗談でしょ?
相手は腐ってもドラゴンだよ? 若いならむしろ新鮮かもだけど。
種族的に寝坊助なドラゴンは一旦休眠に入ったらしばらく覚醒しない。だから恐らく当面は大丈夫と判断されてるんだろうけど……。
相手は生き物。いくらでも例外は起こり得るし、そんなのに全幅の信頼を置くべきじゃない。
万が一は必ずいつか起こる。そしてそれは大抵、最悪なタイミングで起こるものなのだから。
いくらなんでも流石に軽率すぎるよ。
それにちょくちょく貴方の護衛を務めてる兵長さん、そこそこの強さだけど私判定では精々40レベルくらいしかないよ?
ぶっちゃけこないだ作ったアグリちゃんのが強いよ? いやあのゴーレムはちょっと無闇に盛り過ぎた感あるけど……それはいいとして。
3頭のドラゴン相手はちょっときついし、安全に行くなら最低でも同レベルの実力者があと4、5人は必要じゃないかな。
上級冒険者、現地にもいないんでしょ? 緊急時の対応も難しいんじゃない?
でもそう私なら! その場ですぐに! ぜーんぶ一人で対応出来まぁす!!
なんなら討伐した後の解体、素材の選別と輸送、事後処理まで全部やれますねぇ!!
ドラゴンは宝の山! 余すところなく美味しく頂けちゃうから素人任せはおすすめできませんよ!!
ほら見ろ要るやろがい。中途半端に誘ってるんちゃうぞ。いつもみたいに頼めや。
仕事? そんなん身体動かす作業は後回しにしてとりあえず頭の中だけでやれること思考分割しまくってやれば問題ないし。
「……あの!」
「なんだ」
「護衛、やります」
「忙しいのだろう?」
「何も問題ありません。全て完璧にやってみせますので」
指を軽く振る。ティーセットが消える。収容魔術のちょっとした応用だ。魔術は宣言無しだと曖昧化して暴発する恐れがあるが、私はそんなヘマしない。
虚空からローブを取り出して羽織るように着る。昔あいつが使ってて、一緒に旅をしていた時に譲ってもらったサイズの合っていない大きな黒いローブを。
私が気合いを入れる時の、一番の装備。他には何もいらない。全ては私の中にあるから。
魔改造されて魔力線を光らせるローブの長い裾を引き摺らぬよう、浮遊魔術でふわりと浮かび上がる。
「お供いたします。さあ、行きましょう」
「そうか、頼もしいな。宜しく頼む」
鉄面皮を緩ませ、ニヤリと笑う皇帝様。
ていうかお前最初から連れてく気満々やったやろ。そういうとこやぞ。
とかいいつつわかってるのに思わず釣られた私も私だが。
そう……、この人は横暴で強引だが、理由もなくこういう意地が悪いことはしてこない。
きっと是が非でも私を連れて行きたい何かが、現地にあるのだろう。
私の身分はあくまでも表向き魔術院特別顧問であり、一応、まだ冒険者となっている。
皇帝の勅令により任命されたというだけで本来の上司は魔術院長だから、この人と立場的に直接繋がっているわけじゃないのだ。
いくら帝国の皇帝という絶対的な権力者であったとしても、全ての命令に私が従わなければならない義理はない。
そしてどれだけ偉い存在なのだとしても、私に対して上から頭ごなしに力づくで強制できるわけがない。
だって、そんな敵対的行為で万が一でも私が敵対したら、この国が滅びかねないのだから。
私がそれをやるかは別として、その気になれば半日すら必要ない。私はそんな危険な爆弾なのだ。
だから、どれだけこの人が私のことを信用してようとこの国を治める存在としてそんなこと絶対にできない。じゃあどうする。
普通にお願いされても大抵のことは聞くだろうけど、断ることも当然ながらある。
ちょいちょい使われる契約魔術だって強制力はないし、開発者たる私なら強制削除も可能。
あれはお互いわかっててやってる茶番にすぎず、リマインダー的な役割しか持っていない。
だから確実に私を動かすためには、明らかな危険に身を晒そうとして私が自ら動くように仕向けるしか無かった。
そういうことじゃないかな?
たぶん、ここで私が乗らなかったら本当にこの人は現地に行くだろう。
危ない可能性を承知で間違いなく。だから私は乗らざるを得ない。
いやさぁ、国のトップが軽率に命をベットするとかやめよ?
見逃せるわけないだろクソが!
私このクソ性格の悪いおっさんのこと身内判定しちゃってるから、今から危険地帯行くけど守んなくていいよ?って言われたら守りに行きたくなるに決まってる。
ていうか何だよ、そこまでの覚悟が必要なことって現地で何が待ってるんだよ。少し怖いぞ。
でも万が一でもこの人がいなくなったら、きっとこの国は立ち行かなくなる。
有能で誠実で、民の未来のことをちゃんと考えている、この国に絶対必要な人なんだ。
私はこの国も、この人も気に入ってるから、出来るなら力になりたいと思ってる。私の味方になってくれたのだから、私はこの人たちの味方でありたい。
あぁ……あいつにもよく言われたけど、ホント私ってお人好しだな……。
というか普通にお願いベースで懇切丁寧に説明してくれたらちゃんと聞くのにね。土下座でも可。
下手に出る皇帝様、面白そうだから一生ネタにするだろうけど。想像だけでもちょっと面白い。
まあいいや。
ほら、行くんでしょ? 鉄は熱いうちに、熱は冷めないうちに!
なんか少しだけ楽しみになってきたな……! さぁ久々の冒険に、レッツゴーだよ!
「では正午にまた会おう」
皇帝は研究室から優雅に出て行った。
浮遊魔術を解除して、すとんと着地。
ぶっかぶかのローブも術式解除して虚空にしまう。
そういえば正午予定って言ってたな……まだ時間あったわ。
恥ずかし……。
・・・
この身など安い物。最後の皇帝として、国難の種をまだ摘まねばならない。
謝りはしない。恨むといい。私は魔神に、この国の未来を願ったのだ。
あと少し。近く自由を。だが……今は。
・・・
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