なんか依頼を受けてくれた子が不穏な目でこっちを見てくる

第7話



<一方その頃の帝国農業ギルド>



「ボクは汎用人型農作業ゴーレム"AGRI v01b"なのだ。よろしくお願いするのだ。気軽にアグリちゃんと呼んでほしいのだ」

「……なんだこれは?」

「ええと、魔術院によるテスト報告はこちらの要求を全て大幅に達成しておりましたので、そのまま納入してもらったのですが……」

「特技は害獣駆除なのだ。ちょっとしたドラゴンくらいなら一捻りなのだ」

「そうか……いや意味がわからないんだが普通に無理だろう……というか何でゴーレムが当たり前のように喋ってるんだ……これは現実なのか……?」

「大丈夫です。私もあまり現実だと認めたくなかったですけど、バッチリ現実です」

「肉体労働も得意だし、暇な時のお喋り相手にもなるのだ。何でも言ってほしいのだ」

「そうか……そうか……」

「思考放棄しないでください。トップたるギルド長のあなたが依頼主なんですから責任取らなければ駄目ですよ」

「あ、ちなみにボクは人間で言う美少女みたいな外装だけど、えっちな機能は残念ながらついてないのだ。攻殻外装以外は人間と同じ柔らかさだけどおさわりえぬじーなのだ」

「そうか……えぬじーか……」

「……私、魔術院の魔神さんのこと得体の知れない怖い人だと思ってましたが、実は無駄に才能に溢れてるだけのただのバカなんじゃないかなって少し思い始めてます」

「あと、適当なナマモノを食べさせてくれたら肥料も作るのだ。だから生ゴミでも構わないからたまにご飯をお願いしたいのだ」

「そうか……肥料か……色々できるんだな……」

「高い買い物でしたからね。ギルド予算なので一概に比較できないとはいえ、私の給金十年分以上の予算を使ったんですから値段分は働いてもらわないと」

「まかせてくれなのだ!がんばるのだ!」

「そうか……是非とも頑張ってくれ……」

「ギルド長、そろそろ正気に戻ってください」




・・・




 夕日をバックに、王国とも引けを取らないような立派な城壁が見える。


 あれが帝国、か。実際に行ってみるのは何気に初めてだな……依頼では結構名前を見るのだが。

 というのも帝国が他国に出す依頼は大体素材収集系なので、帝国に出向く必要がないのだ。

 依頼品はギルドに提出したら納入を代行してくれるからな。というか個人でやると手続きが煩雑すぎて死ぬ。

 それ以外のはたまに調査系の依頼があるくらいだけどこれも報告をギルドが代行するし、実際に帝国に行ったことあるやつってのは意外と少ないんじゃないか。

 帝国が自国内のクエスト依頼を他国のギルドに流すことは、ほぼ無いし。例えば高危険度の魔物退治など、昔は多少あったが今は全然ない。

 精々が、輸出関連の護衛がちょくちょくあるぐらいか。信頼が重視される結構な高ランク依頼なので俺らにはまだ縁が無さそうだが。

 そんなわけで、実際に行く機会となるとこっちから依頼しに行くときくらいしかない。依頼関係なく赴くにはちょっと交通の便が悪いしな。


 そんな帝国の入国門には入国審査のためのかなりの人だかりができており、アリアが先行して入国手続きに向かっている。

 アリアは聖女見習いなので、準公人としてこういう時に便宜を図ってもらえるのだ。ちょっとずるい気もするが。

 でも当人は、使う必要のある権利は躊躇わず使うべきって言ってて、俺たちもそれもそうだなって納得してしまっているのもある。

 そういった関係でこのパーティは表向きアリアがリーダーのパーティだから、割と俺たちの影は薄かったりする。

 俺も聖剣を抜いたからといって、別に社会的な地位が上がったわけじゃないからな……。精々、冒険者の間で少し噂になった程度だ。

 法国だけはアリアを通じて色々支援してくれるようになったが、正式に勇者と認めてくれているというわけじゃない。

 現状は勇者見習いといったところだろうか……アリアは関係なく俺のことを勇者様と呼んでたが。でもそれは流石にやめてもらった。


 ……俺はまだ、勇者に相応しくないからな。今は、ただのアルで十分だ。


 アリアとは聖剣を抜いた後にすぐ入った指名依頼で一緒になり、そこから流れでパーティを固定で組むことになったという間柄だ。

 俺より二つ年上で、聖女見習いという割には動きがかなり良く、中衛から後衛までこなせる回復役としてとてもよく働いてくれる。

 なんでこのレベルのヒーラーが今まで固定パーティを組んでいなかったのかが不思議に思うほどだ。

 欠点らしい欠点もない。まぁ……たまにちょっと距離が近いなって思うときもあって、戸惑うくらいか。

 回復の奇跡は直接触った方が効率が良いとか言ってよく身体を触ってくるのだが……どうにも非常に照れくさい。

 あいつの回復魔術は完全遠隔だったんだが、似たような効果なのに何が違うんだろうな。あれも実は触った方が効果高かったとか……いやだったら触ってるだろうからそれはないか。


 同じく最近パーティ入りしたベルは、なんかいつの間にか固定パーティ化していた。

 弓使いだけあり目もよく器用で、後衛としてかなり優秀な働きを見せてくれる。

 特に魔力を込めた遠距離攻撃は強力で、ワイバーンだって撃ち落とす。……いやいたじゃねぇかワイバーン一撃で落とす女。お前もだよ。

 まあ、それを言い出すとあいつは6歳の時にそれをやってるから更に凄いんだが。改めて考えるとあいつやっぱおかしいな。


 元々は元盗賊優男のドレイクと同じ助っ人メインの冒険者で、高難度クエストの助っ人としてドレイクが連れてきて、ベルだけが残ったといった感じだ。

 なんか聖剣の光が心地良くて離れがたいのだとかなんだとか。エルフってそういう習性があるのか……?


 見た目も言動も全然違うがどことなくあいつに似た雰囲気があって割と話しやすく、いい感じにパーティの潤滑油となってくれている有難い奴だ。

 そして今もアリアの手続きを待つ間、暇つぶしにだらだらと二人で駄弁っているところである。


「帝国って色々噂を聞くけど、実際どうなんだろうな」

「どうだろうねぇ。昔立ち寄った時は大したことなかったよ。ここ2,3年で目覚ましく発展したって感じなのかな?」

「やっぱ、あの魔神ってやつの影響なんかね」

「いやホント、なんでそんな人が今まで埋もれてたんだろ。法国に来てくれてたらなー」

「まあ帝国だからこそってのもあるんだろうな。実力主義の国らしいし」

「弱肉強食の国ってやつね。か弱い少女な私はちょっとだけ怖いかなー」


「か弱い……? 少女……?」

「うん?」

「なんでもないぞ」


「しかし楽しみだねぇ。グルメな国になったとも聞くよ。いい肉料理とかお酒あるかな?」

「ベルってエルフなのにほんとエルフっぽくないよな……」

「ま、私ダークエルフだし?それに肉食べるエルフだっていますー。里だと菜食主義者が多いのは確かだけどねぇ」

「へぇ、やっぱりそういうのが好きなやつ多いのか」


「……いーや? むしろ本当は肉を食べたいってエルフ、多いと思うよ?」


 一瞬。表情がほんの少しだけ変わったのを感じた。

 無意識に、地雷を踏みかけたのだと悟ってしまう。


「……悪い。そういうことなんだな」

「お、察しがいいじゃん。里を抜けた私にとっちゃ定番のネタなんだけどなぁこれ」


 強要や疎外、差別に迫害。または、それに近い出来事。

 嫌な話だ。あいつは元気にやってるんだろうか。


「あと、エルフっぽいって私以外にはあんま言わない方がいいよ? 旅してるエルフには割と禁句だから」

「そうだな……ほんと無意識だった、すまん」

「ふふ、私はもう気にしてないんだけどねぇ」


 あっけらかんと笑う。

 きっと今まで色々あっただろうに、強いやつだ。


「じゃあ話を戻そ。いや帝国には依頼のために行くんだけど、やっぱご飯が一番楽しみかな」

「食い意地張ってんな……まあ俺も少し楽しみなんだが」

「いやぁ、法国料理は良くも悪くも素材の味だったからね。素朴な感じで嫌いではなかったけど」

「俺もあの味は嫌いじゃないな。ちなみに王国も素材の味を活かした美味い料理はあるぞ」

「お? 王国は行ったことないけど、ロクな話聞かない地獄にも光はあったんだね。こんど王国の依頼も受けてみる?」

「すまん、人生における飯の比重がデカそうなベルにはホント悪いんだが王国にはエルフ差別もあるんだ……」

「やっぱ王国クソだね……」

「まあでも、今度の食事当番の時に作ってやるよ」

「え、マジ? いやぁ、ほんとアルは優しいねぇ! 楽しみにしとく!」


 仕込みとか割と手間で冒険には向かないんだが、たまにはいいだろう。

 ちなみに伝統的な王国料理には調味料という概念が存在しないので素材の味オンリーだ。

 なので料理の腕が思いっきり反映されて、王都の料理屋でも当たりを引くのは結構難しかったりする。

 まあ、あいつは甘いものとか味の濃いものが好きだったから、そもそも王国料理は苦手だったみたいだけどな。

 そういえばあいつは料理も得意だった。俺が教えた料理を俺よりも上手く作ってみせたりして。

 俺の飯より断然美味いから、二人で旅しててあいつが飯当番をする日は結構楽しみだったんだ。

 二人の料理を作り、二人の料理を色々なことを話しながら食べる。

 あいつは割と秘密主義だけど食事時は少し口が軽くなって、たまに知らなかった面を知ったりもする。

 そんな日々は、とても充実していたように思えるんだ。



──料理は魔術にも通ずるものがあるんだよ。


──だから、料理が上手なお母さんは魔法使いみたいだなって思えたんだ。


──そんなこと決して言えなかったんだけどね。まあ言わなくても結局同じだったんだけど。


──でも、そういった意味でいえばお母さんが私の師匠だと言えなくもないのかな?



 ……そんなこと言ってたあいつは珍しく少しだけ笑っていたっけか。

 いつもあまり変わらない表情。だけど言葉は感情豊か。大人しい外見と反して、愉快で楽しいやつ。

 あいつを恐れる必要なんてないのに。一度でも話せば、あいつがどれだけ人のことが大好きかってわかるのに。



 あいつは今、楽しくやれてるんだろうか。



「アルー?ちょっと、また妄想してんの?」

「……あ、すまん。てかクーは妄想じゃないって言ってるだろ」

「おや。私、妄想してたかどうか聞いただけでその子のことって言ってないけどねぇ。おやおやー?」

「……」


 無駄に神経を逆なでするような表情で覗き込んでくる褐色エルフ。

 くそ、男だったらその頭を叩いてやるのに……。


「お待たせしました」

「お、待ってたよー」

「どうだった?」

「問題なしです。さあ、行きましょうか」



 アリアが帰ってきたので駄弁りタイムは終了。


 さあ、いよいよ帝国だ。果たして一体どんな魔窟が待ってるのだろうか。

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