第6話

 弟子の依頼評価が思ったより早く来たので最終報告はサクッと消化した。オールオッケーです。

 魔術鍵開錠の依頼人が帝国に来て弟子と会うのが来週なのでまだ弟子いるんだけど、私がやるって言ったんだから言葉通りにやっといたのだ。

 まあちょっぴり複雑な気持ちにはなったけどさ。ていうかなんか私の時より依頼評価返ってくるの早くない? こちとら下手しなくても半月以上かかってるんだが?

 なんだ品質には問題ないだろ。何にそんな時間かかってるんだ。文句あるなら直すから早くいえよ?


 まあそんなわけで、とりあえず私も急ぎじゃない仕事はともかく、急ぎの仕事は全部相手待ちなので息抜きの開発中。

 思考分割して、あいつの足取りを追う見守り使い魔くん2号バージョン2.91の動向をウォッチしつつ。やっぱり必要だと思ったので3号の開発のための理論構築と試作も進めつつ。そしてここ最近のマイトレンドに取り掛かるため、私室に籠ることにする。


 いやね、思ったんだよ。

 もう二ヶ月近く供給がない。甘いものだけでは精神の癒しが足りない。まだ大丈夫だけどこのままだと、多分近いうちに耐えきれなくなってダメになる。

 じゃあ、供給がないならいっそのこともう自給自足しようかなと思い立ったのが、半月ほど前。




 そしてここにあるのが、ついに完成した、アル人形バージョン1.0です。




 はい。


 えっと、うん……。まあなんていうかね。私も最初は思ったよ? 流石にこれはちょっと良くないダメな方向に向かっちゃってるなって。一線、超えちゃってない?

 というか前々から若干というかちょっとというか、普通に私ってやばいんじゃないかなって薄々思ってたけどね?


 でも、私はもう、私のことを客観視することは、やめることにしたのだっ……! もう我慢しない……やりたいことを……やるのだっ……!!




 はい。


 さてそんなわけで、この人形、というかゴーレムには私の持てる技術の粋を尽くしてある。

 外装はほぼ人間。感触も可能な限り人間に近づけてあり、エネルギー生成も全身に分散しているので熱放出によりどこを触れても人肌の温度を感じられる。

 外見も記憶を大量に脳みそから引っ張り出して構築したので、どの角度から見ても完全再現といっていい。特にこの筋肉の張りとか、めっちゃ良くない? 再現度高すぎて我ながら少し引くけど最高だわ。


 ……まあ見たことない部分は想像なんだけど、多分こんな感じだろ。


 やるからには完璧を目指したので、もちろん自然言語対話機能と自己学習機能もつけてる。会話の学習データも記憶から大量にぶち込んでるので、いい具合に対話もできるはず。

 あと、エネルギー生成用に有機物の擬似消化機能もつけてるので食事だってできる。そして食ってから不要になったもんはもちろん人間と同じように出せます。まさに、ほぼ人間!


 ちなみにちょっと前の農作業ゴーレムにはこの人形の開発技術をめっちゃ流用してます。いやぁ、経験が活かされてるねぇ! 我ながら技術を無駄にしない魔術師の鑑だよ!

 変なテンションで作っちゃったから見た目も8割方人間ぽくなっちゃったけど、外装指定なかったしええやん? 美少女にしたったし農業ギルドの男どもも嬉しいやろ? おん!? ところで依頼評価まだ来ないんですかねぇ!!?




 まーそんなことはさておき、さて、さて。早速、起動を……。


 ……それにしても今のこの構図、まるで目を閉じて立ってる勇者とそれを見上げる魔女って感じだよね。はたから見たら割と絵になってないかな。


 割とこいつイケメンだし、勇者っぽい精悍な顔つきしてる。私は言わずもがなの美少女だから、これがゲームならイベントスチル間違いなし。


 ……いやなんか改まってこいつの顔を見てたら、ちょっと恥ずかしくなってきたな。


 どうしよ。今、無性にドキドキしてるんだけど……外装構築中も服着せるときも、何とも思わなかったのに……。

 そう、何も思ってないけど、なんかちょっと変な感じだったからそれは少し薄目でやりましたよ。

 ええ、はい、大丈夫です、そう、大丈夫、大丈夫……。


 えーっと……いきなり機能全開だと私の情緒が壊れる可能性があるので、レベル1から……。



 目が開く。目が合う。ひぇっ……。



「……クー?」



 ……っ、大丈夫だ、意外と耐えられた。



「……おはよう、アル。ご飯できてるよ」

「あー……わりぃ。寝過ごしたな、ありがとう」



 ……。



 ふっ……、ふっふー……。


 いや解像度たけぇな。流石私だ。天才すぎる。大丈夫か?いま美少女フェイス維持できてる?大丈夫、ヨシ!!


 ダメだぞ、今の私を客観的に見たら色んな意味で絶対やばいからそんなことはしない!

 そうだ、もう、私は我慢しないんだ……! やりたいことを、やるんだ……! 今日は仕事しない! 知らん! 頑張れ未来の私!


 ……いや流石に緊急用のチャンネルは開けとくけど。

 でも何がなんでも今日やらないといけない緊急事態以外は、絶対にやりませんっ……!!


 ……。


 うへへ……。






・・・






 あー……やっぱダメだわ。


「どうした?」

「なんでもない」

「……大丈夫か?」

「なんでもないって」


 完璧、なんだけどなぁ。

 声も、言葉も、見た目も、仕草も、表情も、動きも。記憶にないことだって、あいつはこんな感じなんだろうって全部納得できるのに。私の期待に全部応えてくれるはず、なのに。


 ふと思っちゃったんだ。



 やっぱこれ、だなって。



 これは決してあいつではない。本物に限りなく近いだけの偽物。こいつが本物に近ければ近いほど、むしろ本物の存在が際立ってしまう。

 何が天才なんだか。ぜんぜんダメだよ。バカみたい。成果は決して無駄ではなかったと思うけど、なんだかすごく虚しくなっちゃった。


 あーあ……なんであの時、離れちゃったんだろうな。ほんと、バカじゃん。過去に戻れたらいいのに。


 はぁ……。これならいっそ、自動化されてない本当の人形にした方が良かったのかもしれない。

 こいつが悪いわけじゃないんだけど、ね。ごめんよ。


「ありがと。もういいよ」

「……そっか。俺じゃ、やっぱりダメか」

「いやほんと……解像度高いなぁ。ごめんね」

「悪い、代わりになれなくて。本物に会ったらよろしく言っといてくれ」


 うん。いや、君の存在はちょっと色々な意味で話せないけど……そうだね。本当のあいつに会うためにこれからもっと頑張るよ。


──カチャリ。



 あぁ。あいつ、いま何やってるんだろな……。



「アル……」



「……」



 ……。



 ……片付ける前に、ちょっと名残惜しいので、ぎゅっと、





「……あ、開いた。ししょー?」

「『次元収容』」



 証拠、隠滅ッ……!!


 間に合った? 間に合ったよね? あっぶね、気を抜いてただでさえ存在するか怪しい師匠ポイントを暴落させるとこだった……。

 というか勢いで開発中のアイテムボックスにぶち込んだけど人形壊れてないかな……正直あるのかないのかわからん私の尊厳よりこっちのが大事なんだけど……。


 というか、え、この弟子まじやばくない? セキュリティ更新したのに、たった一日で突破したの? マジで?

 天然チートじゃん。だれだよこいつ育てたやつ。私だったわ。


 鍵更新したけどやるなよ……? まぁやれねぇだろうけどな!って煽ったのがよくなかったか……過小評価してるつもりはなかったけど、正直まだナメてたわ。自業自得すぎる。


「よくぞやった。流石は私の弟子だ……」

「えっと……ありがとうございます?」

「褒美に模擬戦でボコボコにしてしんぜよう……」

「怒ってます……?」

「……怒ってないよ?」

「お菓子食べます?」

「食べる」



 ……まあまあ。なんだかんだ開発のモチベも上がったし、いいか。




 さって、今日も一日頑張るぞい!!










・・・



(あれが……ししょーの?)



・・・

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