弟子が師匠のこと!全然敬ってこない!

第4話

 帝国は魔術師の楽園である。


 とか言われてたり言われなかったりするのだけど、実際この国は魔術師を手厚く歓迎している。

 なので世界中から魔術師が集まってて魔術研究はかなり盛んに行われており、そしてその総本山である帝国魔術院は研究畑の魔術師にとって一度は足を踏み入れたい聖域なのだ。


 そんな帝国魔術院の朝は早い。


 ……ちょっと嘘です。盛ったというかサバ読みました。早いどころかめっちゃめちゃに徹夜してます。


 でも私だけじゃなくて周りの同僚もたびたび修羅場ってて徹夜してるから魔術院には定期的に亡者が集団発生するよ。楽園じゃなくて冥界かな?

 魔術師が足りなすぎて超少人数で基礎研究、応用研究、技術開発、実用開発、試験評価、保守改修まで一貫してやってるから時たま軽く人権が迷子なんだよ。

 元々忙しかったらしいけどなんか私がここ来てから忙しさがさらにマッハらしく、ちょっと申し訳ない気持ちもあるのだけど……諦めて。私はほとんど諦めてるから……。

 効率化のために色々な手法を導入したはずなのに、山積みの課題を大量消化できるようになった結果、逆に死ぬほど忙しくなるだなんて私も思ってなかったんだよ許して……。


 そんなこんな、魔術院大改革でやり方も色々変わって同僚たちもクソほど大変なはずなのに、みんな勉強熱心で凄いんだよね。

 院外秘になってる私の術式開発記録めっちゃ貸し出されてるし。そんで頭抱えてるのをよく見る。そんなん作った私に直接聞いて来ればちゃんと懇切丁寧に教えてあげるのに。いじっぱりな奴らめ。

 でも前に横から口出ししたらめっちゃ睨まれたから、こっちからは手助けしないようにしてるけど。いやごめんて。


 しっかしまあほんと、こういう開発記録って無いと後で困るけど、作るのって死ぬほど面白くないのよなぁ。開発は楽しいのに。皇帝様にも言われてるし作成義務があるから仕方なく作るけどさ……!


 あー、朝日が眩しい。ここしばらく全然寝てませんぞ。ガチで。


 まあ私には体力生成の魔術と疲労スタックの魔術があるから別に寝なくても平気なんだけどね。色々まだまだ考えておきたいことあるし、眠って頭をストップさせるのは時間が勿体無い。ほんと時間がいくらあっても足りないから、草木が寝静まっても私は寝れないのだ……。

 時間停止の魔術も開発中だけど、停止どころか現状では少し遅延させるのが精一杯だし。加速はいけたんだけどなぁ。ただでさえ時間ないのに減らしてどうするんだよって話。


 まあこれは、手応えはあるからあと1年くらい頑張ればいけるかな……。目標半年。


 ところで、クソ農業ギルド様からの要望追加で仕様変更になった農作業ゴーレムくんは、あのあと頑張って三日三晩で仕上げました。

 ムカついたけど納期には余裕あったから楽勝よ。ついでにこれでもかってくらいこんなこともあろうかと的な改良したったから、自己評価百点満点百万点。

 開墾機能とか害獣排除機能とか肥料生成機能とか諸々の他にも、共同作業のための自然言語対話機能とか、新しい作業のための自己学習機能とかいっぱい高度な機能を搭載してます。

 やりすぎて万能人型ゴーレムみたいな感じになってる気がするけど多分気のせい。農作業もちゃんとできるから、ヨシ!

 テスターが戸惑ってたけど、これならあらゆる仕様変更にも応えてくれるから文句ないやろ!!

 結局テストのOK出たんだしこれで突っ返してきたら連中しばき倒すからな!!!


 そんでもって皇帝様依頼の見守り使い魔くんは、よくよく考えたら現状でも要件を満たしてたので不要な機能をオミットして汎用化したのを超特急で納入したんだけど……。

 うーん……バージョン2.8の改修中に思ったんだけど、やっぱ3号開発しなきゃダメか? いまの2号の方式だと無理なのかも。

 弾かれないように調整しても一定範囲に入ると途端に通信が阻害されたから、こう、望遠方面に舵を切った方が良い気もしてきた。

 でもそれもそれで目標固定のためのサーチが弾かれる未来が見える、というか前にも実際弾かれてるし難しいか……くそ……無機物の分際でっ……!


 せめて一回くらい視認させろよ……声までとは言わないから……!

 あーもう、とりあえず行け! 見守り使い魔くん2号バージョン2.81っ!! with中継機くんっ!!!


「ししょーおはよーございまーす」

「……おはよう。お早いね、弟子」

「うわ、機嫌わる」


 実家が魔術院から近いからってので普通に帰宅して普通寝て普通に出勤してきた弟子を流し見。

 別に私は普通だが? ここ最近の平常運転だが? 地面スレスレ低空飛行だが? 全然関係ないが、私は今日も研究室で朝日を見たぞ。弟子には関係ないが。


 あぁ、癒しがほしい。ほんと、切実に。

 一人で見る風景も、孤独に食べるご飯も、もうこりごりなんだよ。


「癒して」

「回復魔術ですか?」

「ちげぇよしばくぞ。魔術でいいなら自分でやっとるわちくしょー……!」

「もー、ちょっと冗談言っただけじゃないですか」

「うぅ……つらたん……」

「ほらほら差し入れですよ。元気だしてください。あと暇できたら術式のレビューお願いします」

「暇なんか一生できねぇよ……このお菓子うまっ」


 え、なにこれマカロン? よくわからんけどやば、めっちゃうま。

 あぁ……甘いものが身と心に沁みるなぁ……。

 ほんと帝国は嗜好品のクオリティが高いから最高だ……うんこ王国とは大違いだよ……。

 こいつの実家めっちゃ太いから度々こういう品質高いおこぼれが貰えて割と有難かったりするのだ。うまうま。


 ……いや、決してこっちから乞食なクレクレ催促してるわけじゃないぞ。だって別に私、お金はあるし。お高いお菓子も買おうと思えばいくらでも買えるし。

 でもなんかこいつがくれるっていうから貰ってるだけだから。餌付けなんかされてないから。


「で、なんだっけ?術式レビュー?」

「はい、えっと、建築ギルドの依頼の掘削魔術ですね」

「暇じゃないけどやるよ、見せて」

「お手柔らかに……」

「はーい、いつも通り辛口でいきまーす」



 ……。



「……フッ」

「うっ……」

「75点、かな」

「あ、れ……意外と点数高い……?」

「とりあえずここ。分岐処理が少しだけ曖昧で暴発可能性が僅かに残ってる」

「え、あ、しまっ……」

「工事系の大規模魔術は安全性が最重要だから事故要因は確実に潰さないとダメ」

「すみません……えっと、他の部分は……?」

「……悪くはない、かな。特に掘削部分の出力調整はよく出来てる」

「やった、ありがとうございます……!」

「まあさっきのとこは凡ミスな見落とし臭くてクソだけど。ちゃんと修正しといて」

「ほんとすみません!そのクソな箇所すぐ修正してきます!!」


 お菓子置いとくんで食べてください!っと、弟子は嵐のように去っていく。なんかここ嵐みたいなやつ多くない?

 ほんと、自由で元気なやつだなぁ。家名も貰ってるでかい家の娘とは思えんのよ。



 エステル・ドゥ・ラ・リベルテ。



 議会にも席を持つ、帝国最大の商家の娘。箱入りでもおかしくないけど箱からの脱走常習犯。

 弟がいて家督を継ぐ意思を見せてるので、開き直って弟子はめっちゃ自由に生きている。そんで魔術大好き!なので何も考えずに憧れの魔術院にやってきたわけだ。ど素人の状態で。


 実際、その時の新人の中では弟子は底辺も底辺。ギリッギリで魔術院の試験を通過できる程度の、そこそこ魔術使える素人ってレベル。

 まあ他の新人が冒険者とか研究者とかの現役魔術師だから仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。


 でも私の下に残ったのはこの子だけだった。みんな他の研究室に逃げて行くか、辞めていった。現役の魔術師が誰一人ここに残らなかったのに、この子だけがすくすく育った。


 まあ、素直さの勝利ってやつかな。才能ももちろんあったけど。

 下手に実績があるとそれが拠り所になって、変なプライドという名の足枷になったりする。これが一定以上の成長にはほんと邪魔なんだ。負けん気みたいなのは大事だけどね。

 それでいえば、ほぼ真っ白な状態の弟子は私にとってほんと最高の新人だった。記述も構築も変な癖とか付いてないし、素質で言っても魔力量は十二分以上で、技術の吸収力も凄い。

 今となってはそこらへんの自称一流魔術師よりよっぽど上手いし強いといえるだろう。さすが私の弟子。まあこいつが凄すぎて、その後の新人へのハードルが爆上がりしちゃってるんですがね……。


 さっきだってもっと辛口にいくつもりだったのにあんなのくらいしかなかった。

 商人の娘だからか、思考は論理的だし、結果に真摯。無駄が少なく綺麗だし、効率的。たまーにあるケアレスミス以外は、私から見ても素晴らしいと言っていい。

 まあそこら辺のミスも経験を積めば減っていくだろう。これからもちゃんと学んでいけば、歴史に残る大魔術師として大成できるはずだ。

 そろそろ私がやるような仕事を回してやってもいいかもしれない。


 ああ、そういえばあいつ、アルも商人の息子だったっけか。あいつも魔術に興味持ってたし、教えたらいい感じに身についたかもしれないなぁ。


 ……いや、でも王国で魔術師目指すのは流石にちょっときついか。いくら王都周辺は比較的差別が少ないとはいえ、ろくな魔道具も流通してなかったし学習環境としては最悪だもんな。


 それに。あんなところで魔術なんか。万が一でも、私みたいな目には。





 ……いやだいやだ。癒しが足りないよ。

 ああ……あいつ、いま何やってるんだろうな。

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