第2話
まあ私が気持ち悪いかどうかはとにかく、そうやってあいつのことをずっと見守ってたんだけどね。
ひと月くらい前、あいつがある時ソロで受けたクエストでのことだった。
なんか声が聞こえるとか独り言を呟いてあいつは森の奥へとズンドコ突き進んでって、そこにあった泉の中心に突き刺さっていた、いかにもな剣を恐る恐る抜いた瞬間。
映像と音声が消し飛んで、ついでに私も吹き飛んだ。
近くで作業中だった弟子が血相を変えて寄ってきたけど、別に私は無傷。服は中破したけどね。でも使い魔くんは……さよなら使い魔くん……君のことは忘れないよ……。
うーん、やっぱ影に忍ばすために地混じりの闇属性術式だったってのが良くなかったのだろうか。あいつが抜いた剣は、遥か昔に女神が鍛えた聖なる剣ってやつだったらしいし。どうやら20年ほど前に再誕した魔王を倒す勇者として、あいつは聖剣に選ばれたってことなんだそうだが……。
どうにもこうにも直接的な観測魔術とかも弾かれるので、風の噂的な感じでしかあいつの情報が手に入らない。これがすごく、すごく、もどかしい。いつもは全然敬ってこない弟子にも本気で心配されるレベルでしょんぼりしてしまった。
だけど私はめげない男。いや元男。この程度で諦めたりはしない。
なんかこう、うまい具合に光属性とか混ぜたりして、いい感じにした使い魔くん2号を開発。これが割といけそうな雰囲気だったけど、近くまでいったら結局弾かれて帰ってきたので今改良中なのである。
でも1号と違って破壊はされてないので、多分術式の構成というか方向性は間違ってないと思う。そんなこんなな2号はトライアンドエラーを経て、今バージョン2.75ってところです。
「災難だな」
「そうですね」
「いや、その男の方だが」
「?」
「気にするな。毎度の感想だ」
いや気になるんだけど。言いたいことあるならはっきり言えよ。……まあいいか。
「で、その魔術は声と景色を映すんだな?」
「はい、そうですけど」
「距離の制限は?」
「この形式だと大体地平線の先までくらいですかね」
「ふむ」
「ほんとは単独でもう少し距離を伸ばしたいんですけど、とりあえず中継用の使い魔をばら撒けば距離はもっと伸ばせます」
「使い魔の魔力の補充はどうする?」
「太陽光変換なので実質不要です」
「なるほどな」
ちなみに1号は地脈変換だったけど、これだと闇とか地属性に偏りすぎるので変えざるを得なかった。でも風と光属性にすると通信が揺らいで距離が伸びないんだよなぁ。なんか上手い方法は無いものかねぇ。
「よし。予算をつけてやるから術式が完成したら報告して納めろ」
「え」
これ個人的な術式だったんですけど……?
いや開発はどのみちするからいいけど、仕事にしたらそれ書類増えますよね? ただでさえクソ忙しいのに納入関係の仕事も、増えますよね?
「あの、予算よりも、人員を……」
「こちらも人材不足だ。今後新しく送る予定もあるからちゃんと育てろ」
「えぇ……」
横暴だ……暴君かな? 暴君でしたわ。
新人はちょいちょい来るけど、みんなちょっとしばいただけですぐ心折れるんだよな……。
帝国魔術院は魔術の最高峰。だから新しく入ってくる人材もハイレベルなはずなんだけど……。
私がここ来てからこの研究室に残ったのは弟子だけだよ。だから弟子は弟子なんだけどね。
……いや、やっぱちょっとしばきすぎたわ。ごめんやりすぎた。少しぐらい妥協してせめて書類仕事手伝えるやつくらいは残さなきゃだったよ……。
他の研究魔術師たちもいるにはいるけど、彼らには彼らの研究があるからなぁ。まあ彼らの研究、半分くらい私が納めた術式の再解析だったりするんだけど。うん。ていうかいやそれ私に直接聞けよ。その方が早いだろ。そして私の書類仕事の片付けを手伝ってくれ……。
まあなんだかんだ私も私で必要に応じてホイホイ新しい術式をポンポン作っちゃってたので、気づいたら色んなことを全部私が管理しなくちゃいけなくなったっていうアホな事情もあるにはある。
いっそのこと書類を勝手に記述してくれる魔術作って……いやちょっと怖いな。どうせ全部私の責任になるし、やっぱ直接確認しないと……自業自得って言葉が頭の中をぐるぐる回るけど、追加のこれ、断るって選択肢は……無いですよねぇ。
「ふむ。そうだな」
お、珍しく願いが届いたか?
「クー・ド・ヴァン・デュ・シエルに勅命を下す」
「はい」
「『契約』として、現在着手している観測魔術を完成させ献上せよ。期間は一ヶ月」
「喜んで拝命いたします」
くっそこいつ……こんな下らないことに契約魔術使いやがった……。
これは相手のフルネームと用件をつけて唱えるとそれがお互いの記憶に絶対忘れないよう刻まれるっていう魔術。
記録はお互いが用件を完了させた、もしくは達成不可能だと認識したときに削除される、というか削除不可のロックが解除されて忘れられるようになる。
皇帝様が欲しいって言ったので、この術式も私が作った。内容を第三者に確認させることもできて改竄は実質不可だし、これなら言った言わないみたいなのが無くなるからね。
そんなに難しい魔術じゃないのである程度の素養があったら普通の人も使おうと思えば使えるは使える。術式構成もほぼ用件記録と記録変更の可否の判定のみとシンプルで、これ自体には別に強制力は無かったり。
でも権力ある人が使えば実質これは強制契約の魔術と言ってもいいかもしれないな。受ける側が最初に記録を受け入れるかどうか選択できるけど、権力者から使われたらまず断れないし。
ところでこの魔術、なんかやたら私に使われてる気がするんですが……気のせいですかね……。
ちなみに、私の名前はもともと”クー”しかなかった。田舎生まれだからね。後ろの長ったらしい名前は目の前のイケメンおっさんを助けたときの報酬みたいなので付けられた。意味は知らん。
家名みたいなもんだからめちゃくちゃ名誉なことだぞ!って色んな人に言われたけど凄さが良くわからんのよ。
基本的に正式な書類にサインするときと、このおっさんに我に従えされる時くらいにしか使われんからあんまり有り難みを感じてないのが正直なところ。
いや色々とこのおっさんにもらった恩はあるけど、名前に関してはマジで無茶振りの記憶としか結びついてないんですって……。
「無理なのか?」
「出来ますけど??」
普通の魔術師には無理でも、残念ながら私はチートなのでやれてしまうのだ。正直にいえば、実のところキャパはまだまだある。
そもそも無理なら相手が皇帝だろうが即答で断っているからね。無理なことをやれるとは決して言わない人間なのだよ私は。なので仕事がもう一個程度増えたところでスケジュール的にはそれほど問題はない。
いやなんかやたらと無茶を完遂することに関しての信頼度が高いせいで、こうしていきなり急な仕事が増えたりするんですけど……ね。
ほんと勘弁してくださいよマジで。私だって、たまには休みたいし息抜きしたい。最大の息抜きがいま物足りない状況なんだからより切実に。
でも無茶振りされたら断れない社畜男。いや社畜元男。それが私。悲しいね。
お金はすごい貯まるけど、使い道が無いよ。使う時間もないよ。まさに社畜……!
最近魔術院の外、出てない気がするなぁ……。
「ではまた会おう」
そのあと色々問答してるうちにティータイムは終了したようで、嵐のような皇帝様は嵐のように去っていった。
まあこの方も決して暇なわけではない。魔王軍の動きがどうこうって話もあるし、色々やることもあるのだろう。
いやていうか忙しい合間を縫ってすることが、私の邪魔か? おかしくないか?
放置されたティーセットを魔術で適当に片付けながら、新しい仕事のことを考えるけど。
うーん、なんかもう、なんでもいいや。決まったもんは仕方ないし。とりあえずリスケしなきゃな。
えーっと、あとは市場に出した保冷保温の魔術のフィードバックが溜まってるから反映させる術式改修作業をスケジュールにいれるとして。
農作業自動ゴーレムの安全試験は終わってるから、テスターが来る予定の日までこいつは放置でよし。
水質浄化の魔術改良版はこないだ納入したからとりあえずテスターの評価待ち。たぶん問題なさそうだから最終報告書を準備するとして。
今現在進行形なのが次元空間圧縮を使ったいわゆるアイテムボックスの開発、これは納期が無期限だから優先度低めの同時並行でオーケー。
それと魔力のない一般人でも使える安全な発火装置の開発。これは魔石の安定化と安全装置の調整が終わったからもうすぐ完成する。書類は手付かずだけど。
ついでに今後のために作り始めた、魔術師が使うもっと複雑な装置用のコンバーターとインバーターの開発もあと少しで終わりそう。これもあとで書類作らないと。
あと同僚がレビュー依頼出してきた空中筆記の術式は面白かったけどちょっと無駄が多いからリファクタリングしたのを今度返すとして。
うーん、使い魔くんのは一ヶ月どころか上手くいけば今日中にとりあえず完了しそうだし……これは実質納入と書類作業だけか。
他の仕事は細々とした事務処理がちょろちょろぱっぱって感じで。
……あれ、思ったより暇か?ぜんぜんいけるやん!
よっしゃ、とにかく次の仕事の前にこいつの改良を少しでも早く進め……
「ししょー、こないだのゴーレムの仕様変更ですー」
「あ゛あ゛あ゛!!!」
ああ……あいつ、いま何やってるんだろうなぁ……。
・・・
<聖剣ちゃん>
「なんやこの盗撮魔術、きも……。弾いとこ」
・・・
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