雨に打たれた夜の街

俺が店を出たのは夜の9時を過ぎていた――――……。


結局、仕事に集中できず途中で切り上げた。


俺は真っすぐ家に帰る気になれず夜の街をフラフラと歩いていた。


どれくらい歩いたかわからないが、急に雨が降ってきて、俺は

とりあえず走った。俺の進む足は無意識に家の方角とは別の方向に

向っていた。



気づくと俺は武人のマンション前の電信柱の横で突っ立っていた。


外から武人の部屋がよく見える。カーテンで覆われ中の様子は見えないが、

まだ明かりがついている。


彼女は部屋にいるのだろうか……。


もしも、最中ならどうしようか……。


俺はスマホを取り出すとアドレス帳の一番最初にある武人の番号を

押していた。


『もしもし…』

武人の声だ。

『……』

『雅也か…』

……!? なんでわかるの? …っと、やになっちゃう……

『ははは…武人、今、なにしてんの?』

『えっと、シャワー浴びてたとこ…』

もう、終わってシャワーを……。それともシャワーを浴びてから始めるのか……。

俺の妄想がどんどんHな方向へと傾いていく。

あれ、武人はどっち派だっけ?

『お前、今どこだよ』

『んー、武人ンの前』

『え!? 外はかなり雨降ってんぞ』

『うん』

武人は部屋のカーテンを少しだけ開け窓越しに外を見る。

水飛沫が窓に吹き付け、線を書くように流れていた。

電信柱の近くにある街灯がずぶ濡れになった雅也の姿を照らしていた。

『雅也…』

雅也は窓越しに映る武人をずっと眺めていた。そんな雅也の顔を武人も

窓越しに見つめていた。

『……』

と、思ったら急に武人の姿が見えなくなった。

『……』


少しして武人が傘をさして外に出てきた。


武人はそっと傘の半分を俺の頭上に寄せた。もうすでに俺の身体はずぶ濡れだが、

武人はそれ以上濡れないように配慮してくれたのだろう。

『はは…水も滴るいい男だろ』

俺は寂しさを隠しながら無理に笑ってみせた。

『ったく、おまえ、何やってんだよ。ずぶ濡れじゃん』

武人は優しい眼差しで俺を見つめていた。

ドキッ

『とりあえず、中、入れよ』

『う…ん』

武人は俺の腰に手をまわして、俺の身体を武人の方へ寄せつけた。

『ほら、もっと、こっちこいよ。濡れるぞ』

俺の身長は160センチ。武人は170センチ。俺は男の割には小柄だった。

この時ほど自分の身長が160センチでよかったと思ったよ。

俺は、俺を見下し少し笑った武人の顔が好きだ。

ドキッドキッドキッ

バカめ心臓。黙れ心臓。高鳴る鼓動、もう止められない。


久しぶりの武人の部屋だ。彼女は? いる? いない? どっちだ……。


武人の部屋に入ると、ダイニングリビングは段ボール箱でごった返していた。


彼女の姿はない。


『ゴタゴタしてっけど、とりあえず、これで頭拭いとけ』


武人が投げたタオルが俺の頭にのっかってきた。


『ああ、サンキュ』

『俺は風呂沸かしてくるから』

そう言うと、武人は風呂場に向かった。


俺は武人の後を追って風呂場まで行く。



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