武人の恋人

『あれ? 武人さん』


友達と飲んでいた汐里が偶然武人の姿を見かけて声をかけてきた。


『え、君がなんで?』


俺は武人の横顔を見てピンときた。彼女がきっと婚約者だ。

今ままで武人が付き合ってきた女の人とはどこか違うように

見えた。

『友達と飲みに行くって女の子だったんだ 』

汐里は無理に笑って言ってみせた。

『違う、コイツは…』

婚約者がいるのに俺を誘ってくれて嬉しかった。男は何でもないようなことでも、

彼女にしてみれば面白くないよね。そういう気持ち、俺、わかるから…。

『あ、俺、武人の親友で谷口雅也です』

『え? 雅也? もしかして男の子?』

『はい。一応、こう見えて…ついてますから』

『やだ、ごめんなさい。私、てっきり…恥ずかしい…。

高梨汐里です』

『もしかして、武人と結婚する彼女ですか?』

『はい…』

会いたくなかったけど、なんだかこの人、可愛い人だな…。

『汐里…誰?』

彼女の隣にいた女が言った。彼女と正反対のタイプの女で、

激しく露出した目障りな格好をしている。

『ああ、私の旦那さんになる人』

『汐里、やったじゃん。めっちゃいい男。経験豊富そう…』

『ちょっと…奈緒子…』

『そちらは友達ですか?』

一応、俺は冷静に話の流れを作った。

『あ、ええ。大学の時の友達で森下奈穂子もりしたなほこ

『森下奈穂子です』

『谷口雅也です』

『やだ、そっちの子もかわいい』

奈穂子は俺を舐め回すような目で見るなり、今にもお持ち帰りしたそうな

顔で俺の隣にきた。奈穂子の豊満な胸が俺の腕に当たる。俺は足を一歩、

横にずらし奈穂子との距離を離した。奈穂子はトロリとなった目で俺を

見ていた。

『奈穂子…それ、やめなって』

奈穂子は色気を武器に俺を口説いているつもりだろうが、俺はそんなことには

動じないし、興味もない。

『君に飲み友達がいたなんて、驚いたな』

『もう、武人さん、君じゃなくて汐里です。もうすぐ私達、結婚するんだから、

いい加減、名前で呼んで欲しいわ』

『あ、ああ…』

『あ、ねぇ、私達、あっちで飲んでいるの。一緒に飲みませんか?』

奈穂子は雅也の手を取り、強引に座敷の方へと連れて行った。

『あ、ちょっと、、、』

俺は奈穂子に連れて行かれるまま座敷へとあがる。

『へぇ、立ち飲み屋なのに座敷なんてあるんだ』

その後から武人と汐里がぎこちない距離をあけて歩いて来た。

『座敷は3部屋しかないから半年前から予約しないと取れないんですよ』

『え? じゃ、わざわざ半年前から予約してたの?』

『ま、まさ。友達が予約してたんだけど行けなくなったから、

もったいないし、私に譲ってくれたの。それで、毎日暇してる汐里を

誘ったってワケ』

『なによ、奈穂子、暇って…』

『だよね。君がこんなとこワザワザ来るわけないよな』

『あ、また、君って…』

『あ、わりぃ。汐里さん』

『あの二人、なんかきごちないね。汐里の彼氏カッコいいわ』

奈穂子があざ笑うように呟く声が隣から聞こえてきた。

この女、武人を狙っている。

『まさか汐里にこーんなカッコいい彼氏がいるなんて知らなかった』

武人がヤバい。顔はともかく、こんな露出が激しい巨乳女に迫られたら、

例え婚約者がいる武人でもオオカミになる!!


【ガオー、ガオー】

【きゃ、武人さん💓】

いかん、また俺の勝手な妄想がーーーーー。

また、頭の中をグルグル回ってるーーー。


『雅也さん?』

『雅也、大丈夫か?』

『あ?』

武人の声で俺は我に返った。なんだ、俺は また妄想していたのか。

『あ、大丈夫だ…』

『お前、たまに妄想に入るよな(笑)』


俺は恥ずかしくなり俯く――――。


隣にいた奈穂子が俺の赤面した顔を見て『ウフフフ…可愛い…』と、

あざ笑い、もうすぐ女オオカミになろうとしている事も知らず、

俺は俯いた顔を暫く上げることができずにいたのだった。

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