性自認は『女』

『俺は勝乃中の篠宮武人だ』


 僕は毎日、毎日、学校が終わると勝乃中の校門の前で

武人が出て来るのを待っていた。僕の学校から勝乃中まで

歩いて30分はかかる。僕は6時間目の授業をサボってでも

勝乃中まで行って、武人が出て来るのを待った。先生もクラスの

みんなも僕がいなくても誰も気づかなかった。気持ち悪い奴が

いなくて、清々していたのかもしれない。

 

とにかく僕は走った。


早く、武人に会いたかったから……。


つまらなかった僕の人生。自分から行動を起こしたのも、授業を

サボったのも初めてだったーーーー。

気づくと僕の足は力強く大地を蹴り、勢いよく手を振り、走っていた。


たった一回の人生。


恋とか無縁だと思っていた僕に初めて好きな人ができた。


僕はどんな子を好きになるのだろうか?


男の子だろうか、女の子だろうか。


ふとした疑問から長い間抜け出すことができなかった僕が

恋したのは男の子だったーーー。


そして、この時、僕の心が女の子が持っている恋心だと

気づかされた。


これは正常だろうか? もしかしたら異常なのかもしれない。

だけど走り出したら止まらないのが恋だ。


親は何も教えてはくれない。


当たり前のように僕を見た目だけで男の子扱いする。

なんで、男の子は立ってトイレするの?

僕は洋式トイレに入り、いつも座ってしていた。

親にも先生にも僕は自分のことをあまり話さなかった。


だって誰も僕のことを理解できないから。


僕自身、まだ理解できていないのだから……。



ただ確かなことは武人に会いたかっただけだったーーーーー。


校門の前で待っていると、いつもと同じ時間帯に武人が出てきた。


武人の周りにはいつも可愛くて綺麗な女の子が群がっていた。


僕は声をかけそびれて、武人の後ろをついていった。


武人はチラチラと後ろからついてきている僕のことを気にしていた。


『なに、お前どこまでついてくんだよ』

『……』


僕はどんな顔でしゃべっていいのかわからず黙ったままでいた。


『早く行こ、武人』


女の子の一人が武人の腕を掴んで言った。


『ああ…』


武人が歩き出すと、僕は武人の後ろから少し離れて歩いた。

武人の隣を歩いている女の子達が羨ましかった。

あんな風にさりげないボディタッチは親しい女の子だけが

許される行為だ。

武人の特別までにはいかないが、僕もあんな風に武人の隣を

普通に歩いてみたいな…。それが、例えただの友達だったと

しても、もっと武人に近づきたい……。


『……』


武人の足が止まると、僕の足も立ち止まる。


武人が動き出すと、僕も武人の歩幅と程よい距離を保ちながら

動き出す。


『……』

『お前もカラオケいくか?』


見かねた僕を見て武人が言った。

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