恫喝、できるかな?

無限大

どうかつ、できるかな?

(あれ、たしか700円くらいするよな)


 そう思って絶望した。

 平日のイオンモール。一階広場前。

 向かいから歩いてくるファミリーが2,3歳くらいの小さな子供にスタバのカップを持たせているのを見た。


 あのスタバはたぶん700円くらいするし、平日の真っ昼間から家族そろってイオンモールとか意味わかんないし、お母さんハタチそこそこ? みたいだし、お父さんヤンキーみたいだし、みんなそろってスタバなんて持ち歩いてんじゃねーよ、全部でいくらしたんだよ、4人家族で2,3千円するだろ、私なら余裕で一週間生活できる金額だわ、てか、子どもにコーヒー飲ますなよ、コーヒーか? コーヒーだよな? まじで意味わかんねー、平日の昼間くらい働けよ、クソが。的な。


 私が睨みつけている事など気付きもしないでファミリーは通り過ぎていく。それぞれ700円のカップを手にしながら。


 子どもなんかベストプライスの41円缶コーラで十分だろ、クソ。


 さっきからずっとあのファミリーが頭に住み着いて離れない。

 あんなガキが、そのありがたみもわからない年齢のガキが、700円を軽々しく消費する。無駄だろ。

 でも何より腹立たしいのは、あのハタチそこそこ女に700円を無駄にするだけの余裕がある事だ。平日の昼間から働きもせず、価値のわからないガキに700円のスタバを買い与えている、その事実に絶望する。


 しかも、そんな家族は一組だけではなかった。ガキにスタバを買い与える親は、どうやら無数にいるらしい。

 いや、なんでそんな余裕があるんだよ。どこからそんな金が湧いてくるんだよ。ベスプラじゃないんだぞ。スタバだぞ! 金、欲しいよ。金。私だって金が欲しい。私だって、スタバ買ってもらいたい。

 700円。いや、千円でいい。千円あれば一日楽しめる。美味しいものを買って帰れる。お惣菜とお菓子買って、お家でパーティーが出来る!


 金が欲しい。

 そう呟いていたら、私は良い事を閃いてしまった。


 あのガキたちが持っているスタバが、ついうっかり、私の服にこぼれてきたら。そしたら親が、洗濯代として千円くらいくれるんじゃないか……。

 走り回ってるガキのそばで「ついうっかり」ぶつかって、スタバをかぶる。「どうしてくれるんだ!」「走り回るな!」ってすごんだら、クリーニング代くらい出すでしょ、普通。


 そう考えたら、ガキがスタバを持っていてもイライラしなくなった。だってただのカモだもん。でもスタバをかぶるのは難しいな。サーティーワンのが良いか。3階のフードコートでも行こ。


 私はフードコートに移動してカモを物色した。落ち着きのないガキが良い。簡単にぶつかってくれそうなガキ。アイスを手に、はしゃいでる馬鹿。

 ぶつかって私の服を汚したら言ってやる。「ちょっと! 何すんのよ! 汚れちゃったじゃない! 高かったのよ! どうしてくれるの!」うん。完璧だ。


 丁度良いのが居て、私はメニューを見るふりをしてガキに近づいた。ガキの親はまだオーダーしている途中で、ガキが待機列を抜け出し一人で馬鹿みたいに踊っている事に気付いていない。

 正直、こんなガキにアイスを渡したら大惨事に決まってる。


 だが親というのは馬鹿だ。我が子がアイスを落とす事もぶつける事もないと信じ切って、子にアイスを手渡すのだから。しかもコーン。カップならまだしも、コーン。

 親はまた子から目を離して、お会計に進んでいる。ガキはアイスを持って小躍りしている。今しかない。


 左右に飛び跳ねているガキが右側に飛ぶのに合わせて、私はガキの進路に進み出た。


 ドンッと下半身に衝撃を感じて、ガキが吹っ飛ぶ。案の定、ガキのアイスは私の980円ジーンズに吸収された。


「いったぁ! ちょっと!」


 なにすんのよ、と言うはずだった私の声が、ガキの大音量の「ごめんなさぁぁい」にかき消される。


「ちょ」

「ごめんなさぁぁい、るっくん、アイス、ごめんなさぁぁい」


 ガキの声に親が気付いて、大声で子を叱り、私に対して謝罪の言葉を述べた。その手は、会計を続けたままだ。

 ガキはまだ「ごめんなさぁぁい」と連呼している。


「な、なに……す、す、……」


 なにすんだよ! どうしてくれんだよ!

 そう言いたいのに、目の前のガキが目に涙をため、それをこぼさないように、泣かないようにグッと我慢しているのを見たら、言葉が出てこない。決壊しそうな涙。つついたら崩れそうな幼子の顔。ガキのくせに、一丁前に唇をかんで泣きたいのを我慢している。大人ぶるなよ、ガキが。


「ど、ど……」


 どうしてくれるんだよ! そんな簡単な一言が発せない。私がすごんだら、このガキは間違いなくその涙を決壊させて大泣きするだろう。今はただ「ごめんなさぁぁい」を連呼して、必死にこらえているけれど。


「ふ、ふ、ふ」


 ふざけるなよ! 汚れちゃったじゃないか! そう言いたいだけなのに、自分のアイスが駄目になっちゃった事に一言も触れず私に謝り続けるガキに、何も言えない。


「ふ……ふ……」


 なんだよ、馬鹿。泣きたくなるじゃないか。

 ガキは全部我慢してんのに、私は何をしてるんだろう。なんて、つい冷静になって、そんな事を思ってしまった。

 このガキが「僕のアイスがぁ」とでも泣きわめいてくれたら「ふざけるな! お前のせいで汚れたんだぞ!」って言ってやれるのに、このガキはなんで我慢するのさ。なんで謝るのさ。


「ふざ、ふ……ふざけ……」


 私の目に涙がたまってくる。

 私はガキと違って堪え性がないから、その涙は万有引力の法則にのっとってポタポタと地面に落ちた。


 目の前に5千円札が差し出された。


 顔を上げる。ガキの親がガキを脇に抱えながら私に金を差し出していた。

 ちょっと待ってよ。私まだ恐喝してないんですけど。


「すみません、本当に失礼しました。お洋服、それじゃ帰れないですよね。本当にすみません。あの、これじゃ足りないかもしれないですけど、新しい物を買ってください」


 ……という5千円らしい。


「あ……え、あ……」


 遠慮したわけではなく、単純にうろたえて手を伸ばせずにいたら、親は私に無理矢理5千円札を握らせて、謝りながら去っていった。

 なんだよ、それ。恫喝したわけでもないのに、なんでこんな大金なんか渡すんだよ。馬鹿じゃない?

 まじで意味がわからなくて、私の目は決壊した。人目も気にせず大泣きする私が、この世で一番ガキだった。

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恫喝、できるかな? 無限大 @mu8gen8dai

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