第6話 おしまいの時間。

 ゴブリン達の耳障りな声。

 それが何を意味するのかは分からなかったが、一つだけ分かることがある。



 その声に含まれていたのは「喜び」。



 この状況で彼らが喜ぶものは何か?

 そんなの決まっている。



 ゴブリン側の援軍だ。





 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!



 腹まで響く咆哮。

 ……この身体の内部にも空洞があるみたいだな。


 そんなことを考えながら、声の主の方を向く。





 一際ガタイの良い、金の装飾に身を包んだがそこにいた。



 俺はゴブリン達を指して小鬼と言ったが、今戦場に現れたコレは小鬼と呼ぶことなど到底出来ない。

 遠目からでも威厳さえ感じる、小鬼の王。


 そう、言うなれば「ゴブリンキング」だ。



 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!



 再び響き渡った咆哮により、散り散りになっていたゴブリン達が纏まり始める。


 不味い!

 ヒューマンタイプの突撃は、集団が大きくなるとその攻撃力が大きく損なわれる!

 全員無傷だった時なら何とかなったかもしれないが、今は余力が全くない状態だ。


 ゴブリンキングが満足げな表情をしているのを見るに、どこかからこちらの状況を見ていたのだろう。

 そして的確に対策を打ってきたわけだ、ちくしょうめ。


 現れた方向を見るに、おそらくこいつは東門の方に居たのだろう。

 それで南門が壊滅状態と知ってこっちに援軍に来た、と。


 ……東の方、大丈夫かね?


 いやまぁ、俺が心配しても仕方がないんだけど。

 それより、こいつをどうするかを考えねば。

 ……考える必要ある?


 いや、でも仕事として受けた訳だし……。


 懊悩している間に俺以外のヒューマンタイプは先ほどのように陣形を組み、突っ込むつもりのようだ。

 一応俺以外の一番損耗が軽い奴が先頭になっているあたり、思考能力はあるらしい。

 というか、君たち何らかの形で意思の疎通出来てるっぽいですね。


 俺はずっとのけ者だった気がする。


 ……疎外感を感じる!



 まぁ、最後までお付き合いしますよ、と。

 もうこれ以上の戦闘は難しいと理解しているらしく、最期の突撃の狙いは明白だった。


 それはすなわち。



 王を斃す。



 最期の突撃で、敵のゴブリンキングに一矢報いるつもりらしい。

 なんとも健気な連中だ。

 ……短い時間だが一緒に居て、彼らと最後まで付き合おうと思ってしまう俺も大概だが、


 最高速度で突き進み、ゴブリンキングのいる群れに狙いを定める。

 空中から見たら俺達は錐のように見えるに違いない。


 ゴブリンキングも俺達に狙われているは理解しているらしく、明らかに奴周辺のゴブリンの密度が高い。


 だが!


 貫いて見せる!

 いや、俺が居るのは最後尾なんだけど!



 そして、突撃。




 ガキガグシャギボキ




 俺の語彙では上手く表現できない、奇怪な音が響く。

 肉と血が飛び散り、骨と装甲が砕ける音。


 ゴブリンキングまであと30m……20m……10m……───


 貫け、貫け、貫け……───







 足が、止まった。







 ゴブリンキングまであとわずか5mの所で、突撃の勢いが完全に止まった。

 鬼の醜悪な面に笑みが浮かぶ。


 あぁ、お前の見立ては正しかったよ。

 確かにこの人数ではお前の所までは届かない、絶対的に人数が足らない。

 切り裂くための力が足らない。



 だが。




 俺は前に並んでいるヒューマンタイプの背を見る。


 それは真っすぐなラインを形成していた。




 助走をつけ、跳ぶ。




 仲間の背を踏み台にして、跳ぶ。

 すまない、みんな。

 だが、これしか方法は思いつかなかったんだ。



『いいってことよ』

『あとはまかせた』

『そいつをたおせばおわりさ』

『がんばれよ』

『あとはたのんだ』



 声が、聞こえた。

 なんでえ、お前たち喋れるんじゃねぇか。

 もっと早く言えよ、寂しかったじゃねぇか。




 ……頑張るよ。




 驚愕の表情を浮かべるゴブリンキングに、全力で槍を突き出した。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ……残り時間、あとどのくらいかな。



 右腕無くなっちまったから、正確な時間が分からなくなってしまった。

 俺の目の前には、喉を貫かれて絶命したゴブリンキング。


 着地など一切考えない無茶苦茶な動きをしたせいか、俺の身体はボロボロだ。

 装甲というか身体には罅だらけ、槍を突き出した右腕は捥げたし着地の際に左足も千切れた。

 槍も手放してしまったので立ち上がる事も出来ない。


 幸い、ゴブリンキングが死んだことにより周囲のゴブリン達は逃げて行ったので、なぶり殺しになることはなさそうだ。


 異世界の戦場に、一人寝転ぶ。


 嗅覚が無いから分からないが、おそらくここは血と臓物で酷い匂いだろう。

 こういう時に鼻がない事を有難く思うとは。



 空を見る。



 青い、青い空。


 こういう所は異世界でも地球でも変わらんのな。

 太陽が変な形してるけど。




 ザッザッザッザッザッ……



 足音が聞こえる。


 靴を履いた足音なんで、ゴブリンではなさそうだ。

 首を傾け、そっちの方向を向く。


 犬人間だった。

 見分けがつかんから確実にそうとは言えないが、最初に俺達に命令を下した奴のように見える。


 彼は槍に貫かれ絶命したゴブリンキングを少し見た後、腰の剣を抜き放ちゴブリンキングに突き刺した。

 死亡確認か。


 そして死んでいる事を確認し、頷いた後こちらを見て目を見開く。

 犬顔だけど、表情豊かっすね。


『……お前がやったのか?』


 どうやら俺に聞いているらしい。

 最後の良い所だけ貰った俺だけの手柄ではないが、口がないので説明できない。


 しゃーない、やったのは間違いないのだからここは頷いておこう。



『……お前たちのおかげでこの町は救われた。ありがとう』



 ……そう、か。


 よかった。

 背景も何も知らない、何が原因でどうして起きた戦争なのか分からないが、それでもよかったと思える。

 平和な国に産まれ、戦争など体験したことが無かったが、戦争など起きない方が良いという気持ちがよく分かった。



『……が……───で……───』



 犬人間の言葉が急速に聞き取れなくなっていく。


 どうやら時間切れが来たようだ。

 この世界に来た時のように視界が歪む。


 このまま日本に戻れるのかは分からないが、もし無事に戻れたなら……───




 今夜飲むビールは、最高に美味いに違いない。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ◇次回で一応終わりです。

 続きも書けるけど、まぁとりあえずね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る