第5話 なんてこったい。

 門を出て500m程の位置が前線だった。


 そこでは緑色の肌を持つ醜悪な小鬼と犬人間が、命のやり取りを行っていた。

 渦巻く狂気と熱狂。


 平和な日本で生きてきた俺が、人生で一度も出会ったことが無い空間がそこにあった。


 当たり前だ。

 普通の喧嘩もしたことが無い、血を見たこともほとんどない様な生活をしてきたのだから。


 赤い血、緑色の血、それ以外の体液と臓物。

 そして、死体。


 命と言う物は何より大切と言われて生きてきた俺にとって、命の炎が簡単に目の前で消えていくのは衝撃的だった。

 しかし、それで頭が真っ白になるようなことは無かった。


 どうやら度重なる精神ダメージに、俺の心は麻痺してしまったようだ。

 ま、普通の状態だったら何も出来なくなっていただろうから、この場合は有難いというべきだろうか。


 見る限り明らかにゴブリンの数の方が多く、一人一人の力は犬人間の方が上だが数の力に押されているように見える。

 なるほど、援軍を欲するはずだ。

 戦力が全然足りていない。


 ……まぁ正直、焼け石に水って気もするが。


 俺達ヒューマンタイプって言うのがどれだけ強くとも、見渡す限りを埋め尽くすゴブリンに対するカウンターとしては力不足な気もする。


 キチンと精一杯、お賃金の分は頑張るけど。

 なんだかんだ分からないことだらけだが、それでも俺は俺が出来る限りの働きはしようと言う気分になっていた。

 大したことは出来ないと思うが。


 おそらく犬人間達はこの後、この大量のゴブリンの群れに滅ぼされるのだろう。

 なら、少しでもその時間を遅らせてやりたい。

 これは日本人特有の判官贔屓と言う奴なのかもしれんな。


 なんにせよ、お賃金分は働くべきだろう。

 こう見えて俺、仕事はしっかりやる方なんだよ。



『──────ッ!』


 前線を前に、俺の同僚であるヒューマンタイプ達が吠えた気がした。

 発声器官もないから、あくまでもそんな気がしただけだが。

 彼らに感情があるかどうかは分からないが、鬨の声と言う奴なのかもしれない。



 そして、前線に向かって全員が走り出した。



 俺以外。


 走るなら走るって言ってくれよ!!

 あ、さっきの咆哮?がそれだったのかな!?

 いや、わからねえよ!


 慌てて必死に足を動かし、彼らに追いつこうとする。



 が。



 な、なんか早くない?

 生身で出して良い速度ではない気がする。

 いや、生身じゃないのか。



 500mくらいあった敵との距離が数秒で0になる。



 うおおおおお!?

 早い! 多分オリンピックの金メダリストより早いぞ、今の俺!?

 自分でやった事なのに、自分が一番驚いている。

 漫画やアニメで超パワーを手に入れた一般人の気持ちがよく分かった。

 やべーわ、この万能感。

 思わずヒーロームーブしたくなる気持ちも分かる。


 そして、どれだけ激しく動いても全く苦しくないことに気付いた。


 なるほど、肺呼吸していないから息継ぎとかもいらないのか!

 筋肉を使って動いている訳じゃないから、疲労物質も溜まらんから常に同じ性能を発揮できる!


 もしかしてこの身体、かなりハイスペックなのでは?



 ヒューマンタイプの先頭が、速度を一切落とさずゴブリンの群れに突っ込んだ。




 鎧袖一触とはこのことか。




 ゴブリン達が吹き飛ぶ。

 まるでトラックにひかれたかのように、ゴブリンの肉片がひしゃげ砕かれ千切れて宙を舞う。

 駆け抜ける際にその手に持った武器を振るい、さらに被害を拡大していく。


 俺も無我夢中で槍を振るう。


 槍なんか使ったことは無いはずだが、不思議と上手く使える。

 使えるというか、身体が勝手に動くというか……。

 この身体に元々備わった機能のような感じがする。

 驚くほど高性能だな、この身体。



 ……アプリにあった「道具の貸与」って、まさかこのこと!?



 ゴブリンみたいなデカい生き物の命を奪っているのにも関わらず、そのことに対する罪悪感みたいなものも一切湧いてこない。

 強いて言えば、台所に湧く黒い虫を潰す感覚に近い。


 ……なんか精神的にも何らかの手が加えられてそうなんだよなあ。

 如何にゴブリンが醜悪な面をしていようと、殺して何も感じないのは流石にちょっとおかしい。



 ぐしゃり。



 そんなことを考えながら、また一匹叩き殺した。

 確かめた訳じゃないのだが、頭蓋骨を叩き割ったので多分殺したんじゃないかな。

 ……普段、デカい虫も殺すのを躊躇う自分の所業とは思えない。


 まあ、戦場に出て殺しを躊躇うとかアホなので、この場合は感謝するべきなのだろう。




 突撃し、離脱。

 これを、仲間?と共に数時間延々と繰り返した。


 勿論、身体的な疲労は一切ない。

 無いのか感じないのかは分からないが、とにかく支障はない。


 恐ろしい事に、無限にも思われたゴブリンの群れが明らかに減っている。

 一部のゴブリンはヒューマンタイプを恐れ、逃げ出し始めてさえいた。



 マジかよ。


 一切止まることが無い暴走トラックが、減速剃ることなく繰り返し突っ込んでくるようなものと考えるとこのキルスコアにも納得がいく。

 多分だけど、数千単位で轢き殺してる。


 勿論そんな無茶苦茶な事をやってこちら側も無傷とは言えず、ほぼ全員が多少なりとも破損しておりゴブリンの群れに飲み込まれてしまった同僚もいる。


 数えると、俺を含め残り7体になっていた。

 ……最初何体いたか憶えてねぇ。

 正直それどころじゃなかったからな、なんか申し訳ない気分だ。


 先頭を走る個体は全身罅だらけで、左腕は捥げてしまっている。

 それでも右腕で剣を振るい、元気にゴブリンを殺している。

 痛みもないからいくらでも無茶が効くんだよねえ。


 ちなみに俺は、ずっと最後尾を走っていたのでほぼ無傷である。


 別にサボっていたわけじゃないぞ!?

 ちゃんとゴブリン殺してました!


 まぁ、他の連中に比べてキルスコアは低いとは思うけど、初めての殺し仕事なのだから許してほしい。


 ……ちらりと右手の甲を見ると、残り時間は1時間を切っていた。


 もうそんなに経つのか。

 早いものだ。

 昼休憩なかったけど、腹も減ってないし別にいいのか?

 でもお賃金考えると昼休憩あることになってるよな……?


 そんなことを考えていると。








 ギャギャギャギャギャ!!!!






 周囲のゴブリンどもが一斉に騒ぎ始めた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ◇一応、あと何話かで一旦終わりにします。

 思いつきで書き始めた話だから、それくらいしかプロット作ってなかったのだ。


 ◇思ったよりウケ無かったのもある。

 ……まぁ、ヒロインも居ないしね。

 完全に俺の思い付きと趣味で書いてます。

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