第4話 お仕事開始。

 結局、社名は全く分からないままであったが、俺は作業場に案内されることになった。


「──……っとまぁ、熱中症には各自で気を付けてもらうしかないので、自分で判断してテキトーに休憩とってくださいね」


 妙に長い廊下を歩きながら、やる気なさげな説明を受ける。

 保証はしないので怪我とかには気をつけてねって事らしい。


「はぁ……それで、私のやる仕」


「担当者から説明があります」


 取り付く島もない。

 彼女から説明する気は全く無いらしい。


 う、うーん?


 後ろ暗い仕事じゃないよな?

 一応アプリで斡旋してもらった仕事だし……。


 少々不安になるが、事ここに至って帰るなどとは言えない小心者のオッサンである。


 そして、到着したるは謎の部屋。

 窓もなく、四畳半くらいの何もない部屋である。

 正直な感想を言うと、精神病棟の隔離部屋っぽい。

 俺は一体何をやらされるんだ。



 女性は壁に貼られた紙を指さして言った。


「そこのQRコードを読み込んだらお仕事開始となりますので、アプリを開いてください」


 よく見ると確かに何か紙が貼ってあるようだ。


「アッハイ」


 反射的に答え、もたもたとスマホを操作してカメラモードに切り替える。

 普段写真なんか撮らんから操作がおぼつかない……!


 たっぷり30秒程かけ、ようやくQRコードを読み込む準備が整った。

 スマホを構え、QRコードを枠内に捉えたのだが……。




 ……なんかこのQRコード、変。



 QRコードって言うか、魔法陣……?

 そんな疑問が頭に浮かんだが、これ以上雇用主?を待たせるわけにはいかない。





 カシャ





 ぐにゃり。



 視界が、ゆがむ。

 世界が極彩色に輝き、うねり、崩れる。


 アルコールが変な方向に決まったような、ヤク中の視界ってこんな感じなのかもしれないと呑気な事を考える。

 まぁ、事態に対応しきれていないだけなんだけど。



『じゃあ、がんばってきてくださいねぇ』


 妙に彼女の赤い唇が記憶に残った。


















『追加の援軍が来たぞッ! ヒューマンタイプだ! 南門に回す!』

『ゴブリンどもを一匹でも多く殺せッ!』

『はい、これ槍。頑張ってね!』

『東門もやべえ! 次の援軍は東に送れッ!』

『突撃ーッ!』



 戦場だった。

 そこは血と泥と内臓と鉄に塗れた、本物の戦場だった。


 知っているかい?


 人間、キャパシティを越えた状況になると何も考えられなくなるんだぜ。


 手渡された槍のずっしりとした重さが、これが夢ではなく現実であると否が応でも理解させてくる。


 疑問を言葉にしようにも声が出ない。

 まるで声を発する機能が無くなってしまったかのようだ。


 どうしていいか分からず呆然と立ち尽くす俺に、鎧兜を纏った犬面の人間?が来て吠える。

 ファンタジーRPGに出てくるコボルトとかそう言う感じで、傷だらけの鎧から歴戦の戦士の気配が感じられる。

 怖い。


! そこの門から出て、押し寄せてくるゴブリンどもを一匹でも多く殺せッ!』


 お前たち?


 その言葉に辺りを見渡すと、俺の周りに「人型の何か」としか言いようのない物体が10体程いた。

 例えるならマネキンの様な、人間としての機能を削ぎ落しヒトに見えるよう最低限整えたような印象を受ける。


 その異様さにぎょっとするが、ふと視界に入る自分の腕が彼ら?と同じ材質で出来ている事に気付く。



 ……俺も、こいつらと同じ身体になってる!?



 もうオッサンはこの状況変化について行けないよ!


『さぁ、いけ! 貴様らの戦果を期待する!』


 犬人間がデカい門を指さし、更に吠える。

 周囲のマネキン……さっき「ヒューマンタイプ」とか言ってたそれらが、渡された武器を手に一斉に動き始めた。

 置いて行かれてはたまらないので、俺も慌ててついて行く。


 だってどうしていいか分かんないんだもん。


 歩きながら周囲のヒューマンタイプを観察すると、幾つか気付くことがあった。


 ……どうもこうも、動き方がぎこちないなこいつら。

 あと、あんまり動きに意思が感じられない。

 命令されたからそうしている、という印象だ。


 もしかして、中身が入ってるの俺だけ?

 確認しようにも発声機能がない為、ゼスチャーでしかコミュニケーションが取れない。

 ちょっと難易度が高いなあ!


 んんんんんー。


 誰か、誰か説明してくれ!

 この状況の、詳しい説明をしてください!


 混乱の極みである。




 そこでようやく気付いた。



 俺の手の甲に、「デジタル式のタイマー」がついていた。


 数字は5:50となっており、目の前で5:49となった。

 な、なんの数字!?


 6時間ってコト!?

 あ! もしかしてこれ、アプリで依頼された仕事の労働時間!?



 も、もしかしてこれが0になれば帰れるのか!?

 良かった、帰れるんだ!



 一条の希望の光が見え、すっと気が楽になる。

 そして次の瞬間、これから俺がやることを思いだして死ぬほど気が重くなる。


 さっきの犬人間、『ゴブリンどもを殺せ』って言ってたな。

 ゴブリンってよくゲームとかお話に出てくる小鬼だよな?


 えぇぇ?

 俺がやるの?


 戦いとは無縁の生活を送ってきたんだけど!?

 槍とか使ったことも無い。

 ある人の方が少ないと思う。


 てか、逃げ出して時間まで隠れてるのが正解かもしれないけど、それで契約不履行と見なされて帰れなくなる可能性が怖い。

 どうみても令和の日本より文化レベル低そうだし。


 そんな俺の懊悩を余所に、ヒューマンタイプの列は門に辿り着いた。


『援軍を出す! 門を開けろッ!』


 そんな声が聞こえ、あちこちから人が動き回るような気配が感じられる。



 ギギギギギ……



 僅かに、門が開く。

 丁度俺達の身体が通り抜けられるような、そんな幅。


 隙間から見える風景は、荒れ果てた土地と何者かが争う姿。

 前線はすぐそこのようだ。


 ……ここって、もう大分追い詰められてたりしてるっぽくねえ?


『行けッ!』



 号令。



 泣けるぜ。

 まぁ、この身体に涙を流すような機能はないんだけどな!


 俺はヤケクソな気分になりながら、槍を抱えて門の外に飛び出した。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ◇昨日〇イミーで働いてきました。

 思ったより人間扱いしてもらえたよ。


 ◇もっとアホみたいな話にするつもりだったんだけど、妙に血生臭い展開になってきたな……。

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