第2話ー②「どうにかなるさ」

 それから、二日掛けて、暁は全てのノートを書き終え、テスト勉強に励んでいた。 数学だけに限れば、基礎が出来てなかったので、その部分を補いながら、私と暁は図書室でテスト勉強を行っていた。


 「とりあえず、連立方程式やBe動詞の過去形は覚えたわね」


 「頭がパンクしそう・・・・」


 「パンクする位が丁度いいわ。後はそれをちゃんと活かせるようにしなきゃね」


 「一つ聴いても良い?」 


 「何よ?」


 「何で、羽月は頑張れるの?」


 「私にはこれしかないから」


 「本当に?」


 一体、何を言いだしたかと思ったが、この女は変に勘が良い。 


 正直な所、これ以上話しても、何の意味も無いことは明白だ。


 「関係無い話をする位なら、私は帰るわ。残りの時間は頑張ってね」


 席を立ちあがり、図書室を後にしようとする私を彼女は瞬間移動でもしたように、先回りして、体で私の通行を妨害していた。


 「あたし1人で勉強できると思う?」


 「思う、思います。貴女ならできます。必ず出来ます、ですから」


 「最後まで付き合ってくれるって、言ったよね?」


 「そんなことは一ミリも言ってない」


 「責任取ってよね」


 「何の責任?」


 「私と一緒に勉強すると言った責任」


 「嫌と言ったら?」


 「あたしが両親に怒られ、監督に怒られる。そうなった、責任は全部」


 「あんたの努力不足でしょうが。私1人に責任転嫁やめろ」


 「えぇー、だったら、どうすんの?」


 「知らない。勉強は何処まで行っても、反復と反復。後はやる気だけ。分からなかったら、連絡して」


 暁はにやりと私に不気味な笑みを浮かべた。


 「連絡先、シラナイ。オシエテクレルノ?」


 しまった、この段階でそれを教える気はさらさらなかったのに。 


 こいつに連絡先を教える羽目になるなんて。


 「じゃ、じゃあ、私家に行くわ」


 「じゃあ、連絡先教えてよ。時間分からないと不便じゃない?」


 完全に地雷を踏んでしまった慙愧の念に堪えない。 


 完全にやらかしてしまった。どうしよう、本当にどうしよう。


 「そ、そうだ。用事が」


 「テスト期間だよ?」

 頭が回らない、どうしたもんか?ハッキリ言って、連絡先を言わなきゃ。 


 それなのに、頭から出て来るのは、嘘ばかり。私って、こんなにも。


 「羽月、言いたくないなら、言わなくていいけどさ。言いたいなら、ハッキリ言って。そうじゃないと誰にも伝わらないよ」


 暁の言葉は正しかった。私はまだ勇気が足りないのだ。 


 暁晴那のやる気で変化すると思っていたはずなのに。 今の私は人と関わらないと決めた私のままだった。


 「ごめんなさい。今は無理。私、ごめんなさい」


 私はいつの間にか、図書室を猛ダッシュで駆け抜けていた。


 彼女は追いかけて来ることは無かった。


下駄箱まで走り切り、息も絶え絶えの私には後悔しかなかった。 気を遣うなと言っておきながら、これじゃあ、立つ瀬がない。


 連絡先を交換したくないわけじゃないが、そのタイミングが今と分かって、私は焦っていた。 未だに彼女に心を許していない自分と本当はどうしたいか、分からない。


 仕方なく、家に帰ろうと校舎を後にした私はいつものように、自転車置き場に向かっていた時のこと。

 モブ女が私の目の前に立っていた。


 「待ってたんだよ」


 「誰を?」


 「あんただよ!」


 「私を?」


 「真面目に聞いてんだよ、こっちは!」

 私のことが嫌いであろう彼女が、何故、私の目の前にいるのか。私自身、事態を上手く呑み込めていなかった。


 「要件は何ですか?暁さんのことなら、私は最後までやり切るわ」


 「何で、晴那なの?」


 それはこっちの台詞だ。何で、彼女は私なのかと知りたい位なのに、知る由もない。  


 「質問の意図が分からないわ」


 「あんた、晴那が好きなの?」

 好き?とはLIKEのことだろうか?LOVEの方なのか?一瞬では判断が付かなかった。


 「分からないよ、そんなの」


 「分からないクセに晴那といるわけ?何なの、あんた、本当に何がしたいの?」


 「好きじゃないとその人の隣には要られないの?私はまだ、自分の気持ちが分からないの。ただ、このままじゃダメだとは思っているのは確か」

 私の言葉にモブ女は怪訝そうな表情で凝視していた。 


 信じてはくれないだろう。それでも、今の私の答えはそれしか思い浮かばなかった。


 「あんたは晴那とどうなりたいわけ?本当に付き合うの?」


 「何で、付き合わないといけないの?女の子が一緒にいることって、普通のことでしょ?それがどうして、そういうベクトルに動くわけ?」


 溜息をついたモブ女は一度振り返り、また私の方に視線を合した。


 「あんた、嫌われてるよ。そういう煮え切らない態度してると益々、孤立するよ」


 「知ってるよ。それを決めるのはあなたではないでしょ?私にはどうすることも出来ない。私は彼女を信じたい」


 「何で、そんなこと言えるの?正気なの?付き合ってるなんて、女子同士だよ?しかも、晴那だよ?あんたが身を引けば、皆、平和になるの」


 モブ女は私に嫉妬もしている。きっと、暁を心配しているのだろう。その原因が私の所為で、彼女を孤立させたくないと思っての行動なのだろう。 


 だからこそ、此処で彼女に言わなきゃならない。言わなきゃ、彼女も変わることは無いのかもしれないのだから。


 「私は自分の見たことしか信じない。私の知っている暁晴那という人はそんなくだらない噂を鵜呑みにして、人の目を気にする人じゃないってこと。友達の貴方なら、きっと理解してくれること、分かってるんでしょ?宮本さん」


 軽く歯を食いしばりながら、私を見つめる宮本さんの視線は何処か、熱くも言い返せないもどかしさに燃えていた。


 「何も知らないくせに」


 「知らなかったら、友達になっちゃいけないの?」


 「何で、あんたなの?何で、あんたなの」


 「だから、そう言われても」


 「茜なんて、一度も家に行ったことないのに!」


 いや、知らねぇよと突っ込んでやりたくなったが、グッと堪え、私は彼女の話を聴くことにした。


 「何で、あんたばっかり、勉強教えて貰ったりして、ズルいよ。茜なんて、一度もあんな笑顔の晴那見たことないのに。あんなことするヤツじゃないのに、何であんたなわけ?こんなゲロ吐いて、髪引っ張られて、気絶するような女の何処がいいの?メンヘラ女のあんたが茜は大嫌い!人に好かれる努力もしてないあんたに茜の・・・・アタシの何が分かんのよ・・・。晴那の気持ちも知らないクセに」


 彼女の言葉に私は言葉が出なかった。そういうつもりは一切ないのに、私は知らぬ間に誰かを傷つけていたのだと。 


 私は彼女を傷つけたことへの後悔でいっぱいだった。


 「あんたは必ず後悔するよ。晴那と付き合うってことがどんだけ、大変かってことが」


 「聞いて、私は暁さんと付き合うつもりなんて」


 「うそをつくな。だったら、何で晴那の誘いをあんなに断るんだよ?晴那の思いを無駄にして、あんた本当に何なの?そういう態度が晴那を苦しめてるの分かってんの?楽しんでるの?晴那を傷つけて、楽しんでるとしたら、アタシはあんたを許さない」


 「茜、もうやめて」

 後ろを振り返るといつの間にか、暁が駆け付けていた。 どうやら、宮本さんの絶叫が聴こえて、此処までやって来たようだ。


 「晴那・・・」


 「茜、ごめんね。あたしの所為だね。本当にごめん」


 「違う、そんなつもりじゃ・・・」


 「茜、あたしは羽月が好き」 


 こいつ、何言いだすんだ急にと静止しようと私は突っ込もうとしたが、直に暁の言葉が続いた。


 「茜だって、同じだよ。同じようにあたしは皆が大好きだよ」


 「嘘だ、晴那。最近の晴那はうそつきだ。本当は羽月を愛してるんだろ?そうじゃなきゃ、何でこんなメンヘラ女の何処が」


 「茜、取り消して」

 暁の言葉は真剣みを帯びていた。 宮本さんの瞳は少しばかり、怯えた物になっていた。


 「あたしはあたしの見た物だけを信じる。羽月はメンヘラでもゲロ女でもない。あたしの友達だ」


 ゲロ?どこかで聴いたような?


 「だから、取り消して。茜」


 暁の言葉に痺れが切れたのか?宮本さんは近くに置いてあった自転車に乗り込み、無言のまま、その場を過ぎ去っていった。


 「お前等、とっくにって、コラ、宮本!転倒したらどうするんだ、コラ」

 担任の石倉先生が駆け付けて来た。どうやら、この騒ぎを聞きつけたようだ。


 「宮本が羽月に絡んでるって、聴いたんだけど、無事か?」


 「無事です。何もされていません」


 暁は無言のままだった。無理もない。きっと、宮本さんだって、本心じゃないこと位、分かっている。誰もが誰かを好きなように、誰だって、誰かを気遣って生きているんだ。 


 それが上手く、噛み合わないだけで、簡単に拗れてしまう。それが人間関係なのだと。

 その後、石倉先生の説教を受け、私と暁は解放された。 


 暁は無言のままで、私は彼女に言葉を交わすことなく、彼女はそのまま、自転車に乗って、その場を後にしていった。


 「おい、羽月」 


 石倉先生は私を呼び止めた。


 「深く考えんなよ。人の気持ちなんて、その人にしか分かんないだからさ。考えても無駄なことは考えなくていい。どうにかなるさ」


 石倉先生の言葉は何処か、実態を帯びているような、何処か安心感があって、私は彼女の言葉を信じてみようと思った。

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