あんたとシャニムニ踊りたい 第2話「どうにかなるさ」

蒼のカリスト

第2話ー①「どうにかなるさ」

1


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 暁晴那の二年一学期の中間テストの結果である。 


 私は、絶望した。彼女を信じようと思った矢先のこれである。 


 彼女に勉強を教えることで、私は彼女との信頼関係を構築したかった。それが完全に藪蛇だったことを私は思い知ることになる。


 国語 28点 数学 34点 社会 36点 理科 37点 英語 39点 


 「こんなんで、よくこれまで生きて来たわね」


 「あたしには陸上があるからね」


 「そういう問題ではなく」


 「そんなことより・・・」


 「ん?」


 「なんで、私はあなたの家にいるの?」


 「テストの点数忘れてたし、友達なら、誘ってもいいかな?と。それに先生には、これからお世話になるから、ワイロ的な?」


 「あはははは。面白いこと言うわね」


 私の心は乾いていた。 何故か、私は暁晴那の家、しかも、彼女の自室にいた。


 まだ、友達になって、間もない人を家にあげるって、この女の距離感の詰め方には、若干の抵抗感を感じてしまう。


 彼女の部屋は、同世代の女子の部屋としては、何とも殺風景で、生活感が無い。 布団と一度も使ったことが無いであろう勉強机しかない。本は置いてあるが、陸上関連の物かダンベルやハンドグリップのような筋トレグッズ、これまでの大会のトロフィーが飾ってある程度だった。


 「親御さんには連絡したんでしょ?今日は遅くまで、勉強しようよ」


 「ダメよ。今日はこれから帰るわ。門限もあるし、遅くなって、警察官に補導されたくないし」


 「じゃあ、何でついてきたの?今日は何で、あたしと一緒に家に来たの?」


 私は少しかちんと来た。


 「知らないわよ!大体、テストの点数位、覚えておきなさいよ!こっちの台詞よ」


 「なんか、ごめん」


 「いや、そういうつもりじゃ・・・」


 少し泣き疲れて、お互い、情緒が狂っているようだ。 先ほどまで、気を遣い合うのが何とか言ってたのに、これじゃ、友達は程遠い。 


 「今、メッセージが」


 お友達に勉強教えてあげなさいね。迎えに行くからね。


 「なんか、勉強教えてもいいみたい・・・」


 母は最近、体調崩しがちな私に物凄く気を遣ってくれている。有難いことだが、何とも面映ゆい物がある。


 「いいご両親だね」


 「過保護なだけよ」 


 素っ気ない私の言葉に彼女は笑みを浮かべた。


 「それで、何を教えてくれるの?」


 「その前に、あなたが」


 「晴那、あなたじゃないよ」


 「だから、その、今は勉強を」


 「晴那」


 何なんだ、この女。今は勉強の時間だと言うのに、変に押しが強い。


 「い、いまはそこは重要じゃないわ。とりあえず、一週間で出来ることは少ないわ。暗記出来る所は暗記するしかない」


 「分かった。範囲教えて」


 「範囲位、ちゃんと把握しておきなさいよ」


 急に扉が開く音がした。


 「ねぇーちゃん!」


 「晴那!」


 いきなり、現れたのは彼女の弟だろうか?可愛らしい小学生ぐらいの容姿の2人の男子だった。


 「涼、遥、ねぇーちゃんは勉強するの!邪魔しないで」


 「したって、無駄だよ。晴那はゴリラだって、朝言ってたし」


 「あのアマ、覚えとけよ」


 「ゴリラ、馬鹿にしすぎだろ。ゴリラはな、力は強いけど、賢いんだぞ。森の賢者って言って、優しい生き物なんだぞ」


 またしても、見知らぬ男性が現れた。この人は先ほど、挨拶した彼女のお兄さんと思われる。一言で形容するなら、彼女と同じく美形なのに、何処か落ち着いていて、彼女の兄とは思えない風格を漂わせていた。 


 しかも、制服はB高。私の姉と同じ高校の生徒だ。相当な成績優秀者と思われる。



 「知らねぇーし」


 「言ったの朝だしな」


 弟たちを宥める姿は本当に兄そのものだった。どうして、こんなに似ていないのだろうか?腹違いの子?


 「ごめんね、勉強の邪魔しちゃって。どうか、うちのバカを宜しくお願いします。ほら、いくぞ」


 「えぇー、〇プラやるって、言ったのに」


 「ねぇーちゃん、一応頑張ってねぇ~」


 ガタンと扉が静かに閉まっていく音がした。


 「なんか、ごめんね、騒がしい家で」


 「いいのよ、別に」


 私は末っ子で、甘やかされた自覚はあるが、こんな賑やかな感じでは一切ない。


 姉たちとちゃんと話した最後が思い出せない程だ


 「それより、今は勉強よ、勉強。とりあえず、漢字から始めましょうか」


 「はい、先生!」


 そこから、私と彼女の勉強時間が始まった。その時の時刻は夕方5時。余り、時間は無いが、付け焼刃で出来ることをやろうと思った。


 20分後


 「あー、面倒くさい。何で、漢字覚えないといけないわけ?ネット時代だよ、予測変換で出て来るんだよ、意味なくない?」


 「そうかもしれないけど、それは言葉を知っているからでしょ?選択肢が増えるだけで、言葉は面白いわ。それと紫の糸が木になってる。それは柴よ。柴又の柴。紫じゃないわ」


 「えぇー、違うの?漢字って、面倒くさい」


 面倒くさいのは、今の状況だよと突っ込んでやりたかった。


 「あと、あの先生のことだから、書き取った所を覚えていたら、大体、同じ所が出て来るはずだから、そこを覚えるしかないわね」


 「書いてない」


 「えっ・・・」


 「いつも、寝てた。だって、あの先生の話は朝練後にはきつく・・・、は、羽月さん?」


 「あんた、他に書いてないノートあるでしょ?」 


 私の口調は先ほどまでのあなたから、あんたに戻っていた。


 「あ、あの、天のやつ、書き写してるっていうか、そ、その」


 「そんなんで、よくもまぁ、全国の陸上大会に出られるわけ、恥ずかしくないの?」


 「そ、そう言われましても・・・」 


 私の言葉に彼女は若干委縮気味だった。流石に言い過ぎたかもしれない。    


 「分かったわよ。ノート貸すから、書き取って。明日までに提出。今日はとりあえず、国語ね。時間が無いから、他の教科も一応、覚えて。分からない所があったら、教えて。それで、何処まで書き取ってないの?」


 「あはははは、数学と理科と社会!」


 「ふっざけんなぁー」


 「ごめんなさぁぁぁぁい」


 私は近所迷惑にならない程度にぶちぎれた。


2


 翌日の朝

 私は椅子に座り、死んだ魚の目をして、机の上で突っ伏していた。


 「どしたん、ひよっち?昨日より、体調悪そうじゃない?」


 加納さんはいつものように、私の前に現れた。


 「別に・・・。もう、人間関係に疲れて・・・。期末テスト、早く終わって欲しくて・・・」


 「えっ、二年生随一の頭脳の持ち主がどしたん?」


 「昨日、晴那のご指導をしていたんですって」 


 いることが当たり前のように、矢車さんが会話に割り込んで来た。


 「矢車さんの気持ちが痛いほど、分かったわ。あの女に指導するのは、心が折れると言うか」


 「分かりますわ、晴那は陸上と家事全般以外は何も出来ないポンコツダメダメ女ですからね」


 「せなっち、家事は出来るんだ」


 「まぁ、ご両親がお忙しい方々ですから、彼女が率先してやってるだけですわ」


 そういえば、彼女が作ってくれた炒飯はとても美味しかった。 

 それで、私の気は済むわけではないが。


 「それで、如何ですの?晴那は何とかなりますの?」


 「分かんない。今はこれまで所を書き写させてるけど、それを丸暗記させて、どれだけやれるかによりそう」


 「本当に陸上に対するやる気を勉強に分けられたらいいのに」


 「そういう人いるよね、けど、そういうのって、好きなことじゃないと出来ないよね」


 「どうでもいいんだけど、矢車さん。何で、私と普通に会話してるの?」 


 私は気軽に話しかけて来るお嬢様口調の彼女にありのままの言葉を伝える為に、一度顔を上げた。


 「はい?」 


 自然な流れで会話に参加する矢車さんの姿は私は少しばかりの疑念が湧いて来た。


 「私が怖くないの?何で、優しくしてくれるの?」


 その言葉に彼女は何処か、自信満々に腕を組み、私に訴えかけて来た。


 「決まってるでしょ?晴那の友達は私の友達ですわ。それに貴女は私の憧れですもの」


 「それって・・・」


 「あっ、一応、私もひよっちの友達だからね。ひよっちって、言葉が無いと友達って、認識出来ないタイプ?」


 「加納さん・・・」


 「もしも、晴那の指導に困ったら、仰って下さいな。私もお手伝い致しますわ」


 ただの同級生と思っていたのは、私だけらしい。優しい彼女達の言葉に私はとても面はゆく、何とも居た堪れない気持ちで机から離れられなかった。


 「GoodMorning!天!」


 「……」


 「おはよう、茜」


 モブ女は無視して、机に向かって行った。


 「お気になさらないで下さいね、羽月さん。茜は根が悪くないから。ただ、彼女」


 「おはよー、みんな!」


 割って入って来る暁の様子はあんなことがあったのに、いつもと変わらず、元気だ。少しはビクついてもいいのに。


 「羽月先生、ノートです。国語は書き取り終わったから。今日は数学貸してね」


 「・・・・・・・」 


 昨日はあんなキツイ言葉を言い放ったこと、友達と認めてくれる2人やモブ女のことで、私は再び、顔を下げ、寝たふりを決め込んだ。


 「照れてるんですわ、ノートは頭の上にでも載せておけばいいですわ」


 「本当にせなっちって、隅に置けないね」


 「いや、何処にも置く場所ないけど」


 「晴那、少し黙ってなさい」

 3


 私には疑問があった。暁の涙を自然に拭いていたことだ。 


 私にとって、人の体温は不快の象徴であるはずなのに、どうして、あの時は気分が悪くならなかったのか? 


 一度はちゃんと考えようとしたが、それを記憶は許してくれなかった。


 もしかして、私は彼女を求めているのか?


 私は私が分からない。私は一体、どうしてこうなってしまったのか。


 「羽月?羽月?ひよっち?ひよさん?ひー」


 「やめろ、その呼び方。私はあんたを許したわけじゃないんだから」


 「えぇ・・・」


 放課後、私は図書室で暁と勉強していた。 


 彼女が数学のノートを書き写しながら、私は自身に起きたことを考えていた。 


 その前にどうやら、彼女はノートを書き終えたようだ。


 「今思ったんだけど、これノート書き写しても、意味なくない?」


 「あんたはそれ以前の問題なの。数式覚えてからじゃないと意味ないの」


 「そーかもだけどぉー」


 「とにかく、次は社会。地理は覚えるだけだから」


 「へーい」


 暁はちゃんとノートを書いてくれているようだ。私のノートを忠実に書き写してくれているようだ。 これからも、ちゃんと書いて貰えると嬉しいのだが。


 「羽月のノートって、分かり易いね。ちゃんとまとまってて。先生よりまとめるの上手いんじゃない?」


 「褒めても、あんたの点も私の評価も上がらないわよ」


 「そういうつもりじゃなくて、本心なのに」


 「あんたは字はまだ読める方なんだから、寝ないで授業受けなさいよ」


 「あははは、精進します」


 素直な言葉を受け止めなかったのは、裏を返せば、私は命令順守の人間なのかということだ。勉強して、怒られたくないだけの臆病者だからだ。 


 ノートだって、上手くまとめられるように、色んな本やサイトで調べたり、やり方を真似してるだけだから。


 「聞くの忘れてたんだけど、あんたはどれ位の点数を目指してるの?」


 「ん?分からん。まぁ、30点代からは脱したいかな?」


 「理想が低すぎる。けど、今はそれでもいい。人間は目標が無いとダメだからね」 こいつにはこれ位の目標がいいのかもしれない。


 「分かる分かる。あたしもいつだって、一位目指してるからね」


 全くと言っていい程、話がかみ合ってる気がしないが、今はそれよりも、暁の為になる為に私は持てる力全てを使ってでも、彼女に勉強を教えようとその日のテスト勉強は完全下校時刻まで続いた。

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