第3話 魔法属性を一つしか持ってません

 困り果てた私は、班長室に押しかけた。

「ちょっと班長さん。ルナウトさんが生モノしか食べないのって、何か理由があるんじゃないですか? 人が作ったものは食べたくないとか?」


「さあね」

 ガスマン班長は執務机から立ち上がり、いかにも忙しい、といった風に書類棚から何か探しながら言う。

「個人の詳しい事情は知らん。君だって、客の一人一人について詳しいわけじゃないだろう」

「それはそうだけど……」

「誰でも唸らせてこその、評判の店なんじゃないのか? スパイがわざわざ食べに来るんだろう?」

 にやり、と、ヒゲの陰で口角が上がっている。

(お客さんの方から食べに来てくれる店と、食べたくないっつってる人に食べさせるのは、ぜんぜん違うだろーがっ!)

 ──と言いたかったけど、ルナウトさんに美味しいと言わせたら釈放、という条件を、私は呑んでしまっている。

「いじわる!」

 私は「イーッ」とやって、さっさと班長室を出た。


(あのヒゲマッチョ、仲間の事情を何も知らないわけないよね!? 教えろや!)

 カリカリしながら歩き出した時、背後で扉の開く音がした。

「おーい、そこの子」

 誰かが足早に追ってきた。振り向くと、班長付きの事務官だ。モデルみたいな高身長イケメンで腹が立つ(理不尽)。

「そこの子じゃなくて、ナノカです」

 下からねめつけると、事務官は苦笑しながら言い直した。

「ナノカ。君、この国の出身ではないみたいだね」

「そうですけど何か? 個人情報は教えませんよ、犯罪者じゃないんだから」

 つっけんどんに答える。

 事務官は肩をすくめた。

「さすがに大変そうだから、一つだけ教えてやろうと思ったのさ。ルナウトは『きん属性』特化の魔法使いなんだ」

 私は首を傾げた。

「……金属、性?」

「金・銀・銅とか、鉄とかの、金属だな。ほかの属性には一切適性がなく、金属性だけを持ってる」


 ラトラルビー王国には、ごく少ないけれど魔法使いがいる。

 元の世界にあった『風水』を思わせるような、木・火・土・金・水の五つの属性の魔法があることがわかっており、使われていた。

 魔法使いの素質がある人は、たいてい複数の属性を組み合わせ、様々な魔法を使う。複数の属性を彼ら自身が持っているからだ。

 でもルナウトさんは『金』の属性しか持っておらず、使える魔法がかなり限られていた。

 一つの属性しか持っていない人は、その属性の強力な魔法を使うことができる代わりに、弱点がある。これも風水でいう相剋そうこくというやつに似ていて、特定の属性に対してひどく弱くなってしまうんだそうだ。

 木は土を割り養分を奪うから、土属性は木属性に弱いし、土は水を吸収しせき止めるから、水属性は土属性に弱い……といった具合。


 ルナウトさんの属性は、『金』。『火』は『金』を溶かしてしまう。

『火』の属性に決定的に弱い『金』属性のみの魔法使いは、とても珍しい存在だそうだ。

 だって、赤の女神シャーマの見守るラトラルビーで、『火』の恩恵を受けられないんだから。「神に見放されてる」とか「縁起が悪い」みたいにそしる人までいるらしい。


「彼は、子どもの頃に大怪我をしたそうだ。で、欠けた指を『金』属性の魔法を使って自分で作り、補っている。でも火に近づくとその影響を強く受けて、すぐに指が変形してしまうらしい」

 金属性は火属性に弱く、金属性しか持たないルナウトさんにはその働きが極端に強く出てしまう、というわけだ。

「火と対立し、身体の一部は冷たい金属、態度もあの調子。ついたあだ名が『冷血の魔法使い』」

「はあ……。え、じゃあ、火を使った料理が一切できない、ってこと? ならそれこそ、他の人が作ったものを食べればいいじゃない」


 自炊できないのは不便かもしれないけれど、砦には立派な食堂があるのだ。好みに合わないなら、ウィンポルトで何か買ったり外食したりもできる。

(特に一人暮らしだと、自分で作るより買った方が、栄養バランスもコスパも良かったりするじゃないの)

 軍の研究所勤めなら、お金もあるんだろうし。


 事務官は首を振る。

「そこまでは僕も知らないね。ただ、彼が生モノしか食べないのは有名だよ。上官との食事会でも、果物しか食べなかったってさ。ウワサでは故郷の港町で、魚を生で食ってたとか。ハハッ」

 こちらでは基本的に生魚は食べないので、事務官氏の話し方には呆れた笑いが混じっていた。

 私までバカにされたように感じて、密かにイラッとする。

 日本出身の私にとって、魚を生で食べるなんて珍しくも何ともない。むしろこっそり食べてますからね、お刺身。寄生虫が怖いから、めちゃくちゃ気をつけてはいるけど。


 そんな私の様子に気づかない事務官氏は、ふと、目と声の色を微妙に変えた。

「ところで、僕も君の料理、食べてみたいなぁ。代金ははずむから、作りにきてよ。うちも一人部屋だし」

「じゃあ野菜たっぷりで作りましょうか。ところであなた、毒草って見分けつく?」

 私はニッコリと言い放った。

 返事が来る前に、お礼を言う。

「情報ありがとう。ちょっと対策を練り直してみる。じゃーね」

「あっ、ちょっ」

 事務官を無視して背を向け、さっさと歩き出した。


(あーキモかった)

 すぐに、頭を切り替える。

(……直接、ルナウトさんに聞いてみる? どうして私の作った料理に手をつけないんですか、って。毒でも入ってると疑ってるのかな? そうだ、スパイの一件を話せば、逆に信用してくれるかもしれない!)

 私の目的は、「『七つの歌亭』の料理が美味しすぎて、スパイも仕事とは関係なく食べに来ちゃう」のを証明することだ。審査員であるルナウトさんに『美味しい』と言ってもらわなくてはならない立場なのに、毒なんか盛るわけがない。そう説明すれば。

(よし、打ち明けてみるか! 気を悪くさせないようにしないとね。ま、何なら班長氏を悪者にしてやれ)



 軍に捕まっているとはいえ、料理を作るため、私は一部の区域の中でなら自由に行動させてもらえている。

 その日の食材を食堂でもらい、私はルナウトさんのラボに向かった。

 扉はいつも、鍵がかかっていない。ここも職場ではあるからだ。軍の関係者も、用事があると勝手に入って話をしたり書類の受け渡しをしたりして、また勝手に出て行く。だから最初に私が来たときも、ルナウトさんは仕事仲間が入ってきたと思っただろう。

 あえて、ノックする。仲間だと勘違いさせるのは悪いから。

「ナノカです、こんにちは。開けまーす」

 扉を開けたとたん、私は驚いて「あ?」と声を上げた。


 机のすぐそばの床に、ルナウトさんが転がっていたのだ。


(えっ、こんなとこで寝て……じゃない?)

 駆け寄って膝をつき、肩を軽くたたく。

「ルナウトさんっ?」

 反応はない。突っ伏している彼を、少し横に向ける。

 目を閉じ、意識がないようだ。呼吸はしていたけど、額には汗の玉が浮かび、その吐息が熱く感じられるほどの高熱を出している。

「だ、誰か呼んで来なきゃ!」

 痩せているとはいえ彼は背が高く、一人じゃベッドに運べない。

 私は急いで、ラボを飛び出した。



 班長さんに知らせると、すぐに軍専属の魔法医師を派遣してくれた。

 医師がルナウトさんを診察した結果、主な原因は過労だろうとのことである。変な病気じゃなくて、不幸中の幸いだった……のかな。

「まずは体力を回復させねばならん。誰か食事の面倒をみてやってくれ」

 そうなると、まあ、私がやることになるよね。

「生モノしか食べない、だと? ダメダメ、まずスープとか」

 ですよねえ。

 とは言っても、また吐いてしまうと大変だ。

(冷まして、ちょっとだけでも飲ませるしか……)

 とにかく、山の冷たい水で絞った布を、額にのせる。ルナウトさんはまだ朦朧としており、軽く瞼は震えたけれど、目を開かない。

(班長さん、私をあてがったり魔法医師を即座に派遣したり、一応部下を大切にはしてるんだな)

 ちょっとだけ見直しつつ、話しかけた。

「ルナウトさん、食べたいものはない? 何でも作るよ」

 夢うつつの時なら、ごまかされて話してくれるかも……なんて期待して。


 すると。

「う……うう……」

 ルナウトさんは目を閉じたまま、顔を歪めた。唇がうっすらと開く。

「食べ、ます……全部食べるから……」

 いつものぶっきらぼうな冷たい声と、違う。舌っ足らずな、どこか幼い話し方だ。

「え?」

「からい……からい。口が、喉が焼ける!」

 浅い呼吸をしながら、彼は弱々しく、首を横に振っている。


(まさか……)

「ルナウトさん」

 とっさに、水差しを手に取った。

「お水。これ、ただの水です。飲んで」

 頭を持ち上げて、口元に水差しを持って行く。ルナウトさんは、かろうじて一口、二口と飲み込んだ。

 頭を枕に戻し、濡れた口元を拭くと、彼は再び苦しげな眠りに落ちた。

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