第12話 ②



大きな声援と熱気に包まれた体育館にプレッシャーを感じて動いてないのに汗が出てきた。声援が大きければ大きいほどどれだけクラスメイト達が勝つことを強く望んでいるのかわかってしまう。

試合に出ない俺ですら緊張してきているならコートに立つ一輝はもっと緊張してるだろうなと見ると、案の定今まで見た時ないくらいに緊張していた。そんなんで動けんのかよと心配していたが、その心配は要らぬものとなった。

試合開始前は全身カッチコチだったのにホイッスルが鳴って試合が始まりジャンプボールが一輝の手に渡った途端に一輝の纏う空気と表情がガラリと変わった。

ボールを床にダンと強く打ちつけた直後、普段の様子からは想像出来ない俊敏な動きでドリブルしながら右へ左へと移動して、一人また一人とどんどん抜いていき、あっという間にゴール下まで来ると高く飛び上がりダンクシュートを決めてしまった。

一瞬の出来事で体育館は静まり返り敵も味方も何があったのか理解出来ずに全員棒立ちで固まっていた。後から一輝に聞いたが、この手の速攻は二度目は敵も警戒するから、一度しか効かないのだと言っていた。やった時あるかのような言い方をしていたからやった時あんの?と聞けば恥ずかしそうに頷かれた。どうやら結城に舐めるなと手酷く返り討ちにされたらしい。

一輝は味方の元へと戻ってきて、委員長に声を掛けていた。そこでようやく選手や観戦している奴らの意識も戻ってきたのか騒つき始めた。クラスメイト達から褒められて安心したのか顔が緩みがらハイタッチする姿はさっきダンクシュートを決めた人と同一人物には見えない。

そんな一輝を体育館の二階にあるギャラリーから応援していた俺達は周り以上にテンション上がっていた。



「え?あれが一輝?やば」


「ねー!!赤子じゃん!!」


「……運動神経いいのは知ってたけど、あんなバスケ上手いの知らなかった」


「なにそれ、私の知らない彼の一面があってなんか嬉しくもあるけど……もやもやもする!……ってこと!?」


「は?違うし○すぞ」


「図星だからって怒んなよ!な!ミハル」


「シマって、ホント……!ごめんね、燈……」


「なんでミハルが謝んの?大丈夫。俺、大人だから聞き流せんぞ」


「聞き流す?何処が?いや、おもっくそキレて○すって言ってたけど聞き間違い?」


「あー、はいはい。相手にされないで寂しいでしゅねぇー。でも、今は大人しく一輝を応援しましょうねぇー」


「うわ、うっざッ!!」


「燈の言う通りよ!一輝、今も試合してるんだよ!」



俺達が軽口を言い合っている最中も試合は止まることなく続いている。いつの間にか点数は4点になって一輝達がリードしていた。

走るのが速かったのは知っていたけど、こんなにバスケが出来るなんて知らなかった。何のスポーツでも一輝にやらせたら簡単にこなせてしまうのかもしれない。……そういえば、テニスも上手かったな。フォームも綺麗だったし動きも良かったけど、相方に恵まれずにあまり勝てていなかったけど。ただ、本人もそれで不満そうにはしていなかったから本気で勝とうとしてなかった説が有力だ。

コートを掻き回す一輝の姿にどうしてなのかわからないが、とても胸が騒ついた。この騒つきは一輝といる時に頻繁に起こるヤツだ。銀チョコパンの話を聞いた時もこうなった。

こういう時にどうしたらいいのかわからずにただ耐えるしかなかった。

今日何度目かの大きな歓声が上がった。

そこで今、試合をしていることを思い出して試合に集中して見なければとコートを見ると一輝がまたシュートを決めたようだった。

最近は特に一輝から目が離せなくなることが多い気がする。今だってボールを持ってないのに一輝ばかり見てしまう。でも、それを素直に受け入れるのはなんでか出来なくて言い訳みたいに「たまたま視界に入っただけだし」と小声で呟いてしまった。言った後に隣にシマとミハルがいることを思い出して横目で確認してみたが、聞こえていなかったようで二人は夢中になって一輝を応援していた。

俺も真剣に応援しようとコートに視線を戻して見ると、ボールがちょうど一輝から由良にパスされていた。



(あ、そういえば由良もいたんだった)



バスケをしている由良の存在を忘れるなんて人生で初めてで由良離れ計画が順調に進んでいる証拠だと嬉しくなった。

これも一輝の協力のおかげだとまた一輝へと視線を戻した。ボールを持っている敵に張り付いてパスの邪魔をしている最中の一輝はいつに無く真剣な表情でレアだなと眺める。

夏に入りかけでまだそれほど暑くはないけど動いてる一輝は少し汗をかいていて前髪がおでこに張り付いていた。

それを見てタオルを持ってくればよかったと遅すぎる後悔をした。



「にしても、一輝は相変わらずクールだな。あんだけ動いてんのに苦しそうにしてないな。汗は凄いけどよ」


「表情変わらんね!」


「え?めっちゃしんどそうな顔してるぞ」


「ん~……んー?どこが?」


「いや、わからんて。え、もしかして、今、オレ達マウントとられてんの?」


「別にとってないし。ただ、事実を言っただけ」


「一輝は誰の考えでも読めるけど、燈のそれは一輝限定だよな」


「そうか?一輝、けっこうわかりやすいけど」


「どこが?……同意出来ないなー」


「それ燈だけだから。もう、熟年夫婦みたいにあれそれで伝わるんじゃない?」


「それは流石に……。てか、夫婦言うな」


「お!一輝がまたスリーポイント決めた!」


「ナイッシュー!」



二人みたいに大声で声援を送れずに小さくガッツポーズをした。当たり前だけど試合中の一輝には見られてなかったけど、隣の二人にはバッチリ見られてニヤニヤと気味の悪い顔して俺を見ていて腹が立ったから中指を立てて見せた。

その後の試合は面白いくらいに俺らのクラスが点を取っていき、大差をつけて一回戦を勝利した。試合終了のホイッスルが鳴ってすぐに一輝の元へ行こうしたが、ある光景が目に入り足を止めた。



「どしたの?燈?」


「早く一輝んとこに行こーぜ」


「あー……やっぱ、行かない」


「なんでさ!?行くべ!」


「……なるほど。大丈夫だよ、燈。行こ?」



ミハルは俺が行きたくない理由をわかってくれたらしいが、引き下がってはくれなかった。

それどころか俺の背をそっと押してきて一輝の元へと行かせようとしてくる。

でも、俺の脚は錘がついたように重く動かない。いや、動きたくなかった。



「あの子はただの幼馴染なんでしょ?」


「あー!羨ましい!一輝の野郎、アイちゃんに汗拭いて貰ってんだけど!?」


「タオルは無いけど、飲み物ならあるからさ、届けに行こ?」


「……ん」



動いて汗をかいてる一輝を見たら、急いで飲み物を届けに行かなければという思いが勝ち一輝の元へと走る。急に走り出した俺に驚きながらもシマとミハルもあとをついてきてくれた。

二階から一階への移動だからそんなに時間はかからずにいの一番に一輝の元へと着いた。



「燈?」


「はぁはぁ……これ、……飲み物……」


「ありがと。……でも、俺より燈の方が必要じゃないか?」


「いや、大丈夫……」


「燈、くん?」


「……っす」


「あなたがそんなに走ってここまで来るなんて……ふーん?」


「な、なんだよ」


「ふーん、へー……ほぅほぅ。……なるほどなるほど……、そっか」



アイは俺と一輝を交互にジロジロと眺めた後にニヤニヤとした腹立つ顔になって何かに一人納得した。その顔はついさっきも見た顔に似ていて腹は立つが、話したことの無い人だから睨むだけにした。



「それ、貸したげる!あたし、もう一枚タオルあるから!そ・れ・と、あたし、好きな人がいるから!勿論、一輝じゃないから!じゃ!」


「は?おい!」


「え、好きな人いんの?」


「いや、何の報告?」


「親切ないい人だね!」



アイは手に持っていたタオルを俺に渡して颯爽と去っていった。最後に余計な報告をして。微塵も興味ない奴からの好きな人いる報告に俺は意味がわからずに頭を悩ませるばかりだが、シマには痛恨の一撃であり衝撃的な報告だったのか灰になっていた。

なんだったんだと呆然としていると、顔に冷たい何かを押し当てられた。



「!?なに!?」


「汗、スゴイ。暑いんだろ。燈も飲めよ」


「え?いや、あとで飲み物買うから……」


「燈、顔真っ赤だよ!一輝から貰って飲んだ方がいいよ!」


「え、そうでもな……むぐ」


「あそこにシマの好みそうな可愛い子がいたよ!」


「え?マジ!?」


「……強制じゃないから。回し飲みが嫌なら断っていい」


「いや、貰うわ……」



そうか。これが回し飲みというやつか。

初めて友達とするなと謎にドキドキしつつ、お言葉に甘えて一輝から飲み物を受け取り一口飲んだ。当たり前だが冷たくて身体の中から冷えていき干からびそうだったのが一瞬にして潤いホッと息をついた。

俺が飲み終わるのを見計らいミハルがコソコソ近づいてきた。そして、小声でとんでもないことを耳打ちしてきた。



「間接キス、やね」


「え?」


「一輝が飲んだ飲み物を燈飲んだじゃん」


「……。ッ!!」


「ふは!顔、真っ赤!」


「うっさい!うるさい!!」


「……燈?」


「!!」


「さっきより顔が……」


「飲み物!ありがと!!」


「へ?燈?何処に……」


「ハル!お前、いないじゃん可愛い子!男しかいないし、てか、ヒムラがいたんだが、って、燈何処行くんだよ?」



一輝に飲み物を返した後に羞恥に耐えられずにその場から走り出した。一輝達の戸惑った声が聞こえたけど、それ全部無視した。

体育館を出てすぐに体力の限界が来てその場にしゃがみ込んで息を整える。そのついでに、なんで羞恥を感じたのか酸素が足りない頭で必死に考えた。

回し飲みと認識していた時は平気だったのに間接キスと指摘されたら恥ずかしいとかよく考えなくても何も恥ずかしいことではないと気づいてしまった。だって、回し飲みの別名が間接キスってことで、なら、何も恥じることなんて……

そう思おうとしてもやはり駄目で。

自分で自分がよくわからなくなり、一周回って腹が立ってきた。

何が恥ずかしいんだ、俺!キスか!キスが恥ずかしいのか!初心な女じゃあるまいし、何を恥ずかしがっているんだ。

別に一輝のことを好きでもない癖に。

キスに過剰に反応するなんてキモ過ぎだろ……。

……てか、俺は、由良が好きな筈だ。

だから、一輝のことなんて……そういう目で……見てないし……。

前までははっきりくっきりと答えを出せたのに俺の心はうんともすんとも音を立てない。

一輝のことは友達として好きなだけだと考えていたら、いつの間か自販機のある二階に来ていた。走ったお陰で熱を持った身体と考え過ぎてオーバーヒート状態になった頭を冷やそうと冷たい飲み物を買ったものの俺の思惑とは裏腹に熱いままだった。



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当て馬と書いてキューピッドと読む 9 @kuro_roku

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