第9話



「一輝!」


「アイ、おはよ。同じ学校に通って毎日連絡も取り合ってるのに、こうやって顔合わせるのは久しぶりだな」


「それはそう!学校同じだけど、ちゃんと話す機会はたまたま廊下で会った時だけだし!しかも、クラス別だしオマケに私も新しい友達出来ちゃったしさ。まぁ、それは一輝もでしょ?」



元から騒ついていた駅前がより一層騒ついたことに気づいてアイが来たことがわかってスマホから顔を上げた。長年の付き合いで見なくても周りの声とかで来たことに気づいてしまう。

それもその筈。アイは人形のように顔が整っている。

小さな頃は可愛かったが年齢を重ねた彼女は恐ろしく綺麗になっていくばかりで、少しだけ隣に並ぶのが落ち着かないのはここだけの話だ。

枝毛のない手入れが行き届いた綺麗な黒髪をしているアイが俺を見るなり嬉しそうに笑って駆け寄ってきた。

燈や中学の頃のクラスメイトとも保育園からの仲ではあるが、アイと結城とは家も近所だったからか特に仲が良い。どれくらい仲良いかというとずっと一緒にいたくらい。学校にいても家に帰っても休日も三人で遊んでいた。そんな二人とは高校に入学してからは昔のように頻繁に会う機会も話す機会も無くなってしまった。お互い新しい友達が出来たり、休日も部活があって遊ぶ時間が取れなくなったりと様々な理由が重なり続けていたから。ま、連絡は取り合ってはいたが。

しかも、アイはバレー部で結城はバスケ部という室内で行う部活動だから、天候にも左右されず滅多に休みになることもなかった。

だが、今週の土曜日は先生の都合で部活が休みになり、二人から久しぶりに遊ばないかと誘われてすぐに了承の返信をした。



「結城は?」


「あれ?スマホ見てない?連絡来てたよ!」


「……ホントだ」



アイに言われてスマホを確認すると、数十分前に『ねぼお わる』と明らかに焦って打ったであろうメッセージがきていた。

結城が寝坊するのも今に始まったことではないから俺とアイは怒ることも無く、この後のどうするか相談を始めた。

結城の家から電車でここまで来るとなると、30分以上はかかる筈だ。

この街の電車はそんなに頻繁に動かないし、アイが今電車から降りてきてついさっき次の駅へと向かったばかりだ。

これはもっと時間がかかると思った俺達は駅近くの店へと入った。

その店は一階はカフェになっていて、ゆっくりと食事をしながら結城を待つことが出来るし2階は図書館となっているから話すのに飽きても本を読んで時間を潰せるという最高の暇つぶしスポットだった。



「ここのハンバーガー美味しいから食べちゃおうかな」


「朝ご飯は?食べて来なかった?」


「ううん!食べてきた!でも、つい、匂い嗅いじゃうとね……」


「まぁ、アイは食べても太んないし、食べれるなら食べちゃえば?」


「うわー!一輝が天使のような悪魔だったの忘れてた!」


「何それ?どっちなの?」


「一見、優しい言葉だけど、そんなこと言われたら食べちゃうじゃん!結城だったら『はぁ?ブタになんぞ』って言ってくるもん!」


「アイの中の結城は辛辣だな」


「アイツ、私には厳しいの!でも、悪魔のような天使なの!」


「うん?」


「暴食を止めてくれるから!」


「あー、把握。なるほど……確かにそれなら俺はそういう言われ方をしてもしょうがないか」


「でしょ?」


「んで、食べないの?」


「……食べる」


「ふっ。じゃ、買ってくる」



アイに釣られた俺の腹も朝ご飯を食べたのに食べたいと主張を始めた。

俺の注文をしに行くついでに、アイのも一緒に頼みに行こうと席を立った。

アイも慌ててついて来ようと立ち上がるが、今座っていた席のキープを頼んでやんわりと断った。昼も近いからか徐々に混み始める店内を見たアイも渋々納得して座り直した。

注文している時に目に入ったショーケースの中のケーキに心奪われて、予定にない注文を増やすというハプニングもあったが、それ以外は問題なく注文する事が出来た。

気分良く椅子に座ると、アイはニコニコと嬉しそうに笑いながら身を乗り出し話しかけてきた。その様子に何の話をするのか察した俺は姿勢を正して聞く体勢にした。



「聞いて聞いて!」


「先輩のこと?」


「え!なんでわかったの?」


「顔見ればわかる」


「流石、一輝!それでね!」


「落ち着け。聞こえてるから、ちゃんと座りな?」


「あ、ごめん!」



テンションが上がったアイが俺の方へと身を乗り出した所為で、胸元が少し、ぼやかさずにはっきり言えば下着が見えかけていた。

今日、アイが着ている服が鎖骨が見えるような首周りが緩く広いものだったから余計に見えやすくなってしまっていた。

俺と同じく姿勢を正して、それでも顔の緩みはさっきのままで話し始めた。



「先輩がね!この前、褒めてくれたの!」


「それは良かったな。何について褒められたんだ?」


「えっとね……」



そこからは、ずっとアイが大好きな先輩の話だった。

ああいう話をしただとかこれ貰っただとか一緒に出掛ける約束をしたとか。

察しのいい人ならわかると思うが、アイはこの先輩のことが好きだ。

高校でもバレー部に入部した理由が先輩がいるからという下心満載なほど本当に好いている。



「それでね!あっ!てか、私ばっか喋ってごめん!」


「そんなこと気にせず沢山話せばいい。ここに結城はいないんだし」


「気にするよ!一輝だって話したいでしょ?久しぶりに会えて話せるのに私だけ話すとかないない!ホント、ごめんね?」


「別にいいのに。あ、でも、そうだな。ちょうどアイに聞きたいことがあった」


「なに?何でも聞いて!私に答えられることなら何でも答えるよ!」


「いや、寧ろアイにしか詳しく聞けない話題だと思う」


「えー、何?」


「燈と由良の話なんだけど……」



二人の名前を出すまではニコニコと笑っていたアイが急に真顔に戻った。

なんか俺やっちゃいました?と思っていると、アイはずいっと俺の方に顔を寄せて平坦な声でこう言った。



「由良と燈、ね?」


「どっちでも……」

「駄目。いくら一輝でも駄目。そこは譲れない」


「……わかった。由良と燈のことなんだけど」



俺的にはどっちでもいいけど、アイにとっては、いや、腐女子のアイにとっては名前の順番はとても大切なことらしい。

降参だと小さく手を上げながら言い直すとアイは嬉しそうに笑った。

言い直した途端にご機嫌になったアイに安堵のため息を吐きながらまた同じ質問をした。



「アイはあの二人をよく見てたから知ってるだろ?」


「もち!会話は勿論、瞳の動きから二人の距離感まで余さずに細部から細部まで見てたわ!」


「きっ……それは……すごいな」



目を輝かせ鼻息を荒くしながら、自信満々に言うアイにドン引いて暴言を吐きかけるが、今頼りになるのは目の前のアイだけだから口から出かけた言葉をグッと飲み込んだ。



「あの二人のお陰でネタには困らなかったわ!」


「……それは……良かったな……」


「で?何が聞きたいの?」


「あ、あぁ……えっと、中学の時の二人の一日を聞きたい。どんな様子でどう過ごしてたのか。出来るだけ細かく」


「オッケー!いいけど、聞いてどうするの?」


「え?……どうもしないけど」


「ふーん、怪しいなぁ」


「アヤシクナイヨ」


「……まぁ、そういうことにしとく!えっとね……」



多少疑いはされたが、どうにか誤魔化して中学時代の二人の話を聞かせてくれた。

気持ち悪いくらい詳細に話される二人の一日に本日二度目のドン引きながらも大人しく話を聞き続けた。

全て話し終えた時にアイはまた真顔になっていた。

疑問に思いどうしたんだと問うと、浮かない表情をして話し出した。



「……最近はあの二人、一緒にいないんでしょ?」


「……あぁ」


「それを人づてで聞いた時、腐女子の私は残念だなって思ったんだけど……そういうの抜いた私は良かったって思ったの」


「良かった?」


「うん。だって、由良の燈への接し方は周りと孤立させるものだったから」


「孤立……」


「大人になっても二人でいるのかわからないのに自分しかいないように、頼らせないようにしたり、燈と他人の間に入って壁になってるの……それは燈の為にはならないじゃん?」


「確かに」


「いつまで経っても独り立ち出来ないだろうなと思ってたからさ。あの二人が離れたって聞いてちょっとだけ安心しちゃった!」


「……意外だ」


「まぁ、根は腐ってるから残念って思ってるのもホントだよ!」


「余計な補足……。あ、あとさ、何で由良が彼女作ったとか知ってる?」


「え?彼女?知らない!それ!初耳なんだけど!?」


「あ、そうなんだ……」


「なんで、彼女……」



由良の彼女のことは初耳だったらしく、絶望して死にそうな顔になってしまった。

俺こそ余計なことを話してしまったかと反省しながら頭の中を整理する。

アイから聞いた二人は俺が思っていたよりも深く強く繋がっていた。

俺も二人のことはちょこちょこ見てはいたけど、色々と予想以上で驚いた。

アイがあれだけ騒いでいた理由が漸くわかって納得した。

普通なら現実の人でそういう妄想をするのは駄目なのかもしれないが、あの二人の距離感や態度ならアイのように腐ってなくても勘違いする人がいたに違いない。

現に俺もそうだ。

なのに、由良からその関係を壊したことが何故なのかわからずに頭を悩ませていた所に結城が遅れてやってきた。



「悪い!遅れた!」


「えー、約40分の遅刻……と」


「最低!」


「ゴメンって。ここの代金払うわ」


「結城……君は最高の友達だ」


「ゴチになります!」


「現金な奴らだな」



それから、三人で駄弁り始めたから由良と燈の話はあれで終わった。

アイも由良の奇行、彼女を作った理由を知らなかった。

でも、一番聞きたかった話を聞けたからいいかと燈のことは一旦頭の端に追いやった。

今は久しぶりのアイと結城との時間を大事にしたいと気持ちを切り替えた。





おまけ



「……アイも結城もいいな」


「何が?」


「好きな人いて」


「!?は?え?俺、いる、なんて一言も……」


「え?いないの?」


「……いるけどさ」


「いるじゃん!」


「だろ?二人のことなら割と……いや、少し、わかる」


「何で自信無くした?」


「アイの好きな人は知ってるけど。……結城が好きな人がいるのはわかるけど、誰のこと好きかまでは……当ててみろって言われたら無理だから……」


「流石にそこまでは期待してねーし」


「私だって二人について全てわかるかって言われたら無理だから、それ普通!」


「それは良かった。……恋ってどんな?」


「恋ってどんなって……どんな?」


「え?私は幸せ!」


「そんな抽象的でいいんだ。じゃ、俺は……苦楽?」


「苦しい?」


「……まぁ、ちょっと……」


「意外だ。恋は楽しくて幸せなものだと思ってた」


「……一輝の恋愛観は小学生の女子みたいだよな」


「え?貶してる?」


「いや、可愛いなって話よ!ね!」


「あぁ。恋に恋してるよな」


「私はそんなに悪いとは思わないけど」


「いやいや、現実を知った方がいいって。このままだといつか恋した時に想像してた恋と違い過ぎてがっかりすることになるぞ」


「そんな日が来ればいいな」


「……来るよ、絶対」


「そうそう。いつかわかるさ。恋の辛さが」


「辛くない!楽しいの!」


「それはお前だけだべ」


「そん時が来たら頼りにしてる」


「まっかせて!」


「……俺はゴメンだね。一人でどうにかしろ」


「なんでだよ」


「二人でサポートしようよ!」


「やだ。この話はもう終い。ゲーセン行くぞ」


「それは、賛成!」











「……結城に、初めて断られた……」


「一輝~?置いてくよー」


「……今、行く」


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