第8話



今日も今日とて何事もなく平和に1日が終わり、時間は西日差す放課後となっていた。

四人で部室のパソコン室に来て出席名簿に丸を四つつけた瞬間に宿題を教室に忘れた事を思い出したミハルが教室へと駆けて戻っていき、その次に担任に校内放送で呼ばれて職員室にタルそうに向かって行ったシマを玄関前の階段近くの廊下で壁に寄りかかり燈と二人で待っていた。他の生徒は部活動に励んでいる時間だから、玄関前なのに人気はなくて誰に気を使うこともなく二人でゲームの話で盛り上がっていた。

あのゲームにとんでもないバグ技があるのは知ってる?から始まり、有名なゲーム配信者の反応速度の話をしていた時だった。

階段の上から話し声と足音が聞こえてきた。

一瞬、ミハルが来たのかと思って確認の為に二人で静かにして聞こえてきた声と音に聞き耳を立てた。

聞こえてきた声は二人の男子生徒の声だったが、どちらもミハルの声ではなかった。

なんだ違かったかと残念に思いながら会話を再開したが燈から相槌も返事も返ってこなくなった。

名前を読んでも反応しないから、心配になり燈を見ると目を見開いて固まっていた。

どうしたんだと声を掛けようとした時にそこで漸く階段を降りながら話している声が聞き覚えのある声だと気づいた。

この声は由良だ。あと1人は知らないが。

そう気づいた瞬間に聞こえてきた会話の内容に思考が止まった。



「……、……男を好きになるとかないよ。普通じゃないしイカれてる」


「だよなぁ!キっモいよな」


「……ね!」



そんな言葉を笑いながら言う二人が階段から降りると俺達の前を通り過ぎていった。

由良とその友達は俺達の存在に気づく事なく下駄箱で靴を履き替えて帰っていった。

その間、俺達は話しもせずに動く事なく壁と同化して二人が去って行くのを静かに待った。

怒りで冷静さを見失いそうになるのを深呼吸してどうにか抑える。

それよりも今は燈の事が気になり隣を見ると、ちょうどそのタイミングで燈が何処かへと走り出していた。



「燈」


「ッはぁっはあっ!!」


「待てって」


「はな、せッ!」



長い長い追いかけっこになるかと思ったが、体力のない燈が数メートル走ってすぐに息を切らしたお陰ですぐに追いついて捕まえられた。

逃げられないように掴んだ手をギュッと強く握りしめる。燈の手がピクリと震えてから、その後は捕まれた腕を上下左右に振ってどうにか俺の手を振り外そうと頑張って抵抗していたが、力では叶わないと気づくと大人しくなった。

燈はこちらを見る事なく俺に背を向けたまま震えた声で話し始めた。



「離せよ。……今は一人に、させろ」


「嫌だ」


「はぁ?」


「燈、今から俺ん家に来ないか?」


「……、……?……いや、意味わからん。え、急に、なんで?」



俺の突拍子のない家への誘いに燈は驚きのあまり振り返って俺の方を見てきた。

その時に見えた瞳は予想通り潤んでいて、やっぱり掴んでいる手を離せそうにない。

今日はどんな手を使ってでも俺の家に連れて行かなければと改めて思った。



「来てほしい」


「……絶対?」


「絶対。今日がいい。明日は休みだし泊まっていってもいいし」


「……いや、それは……」



泊まりは急のことで断られるだろうとは思っていたが、俺の家に行く事自体は嫌そうではなくて寧ろ行きたそうにしていた。このタイミングで無ければきっと燈は即答していたかもしれないと思ってしまうほどの手応えの良さだった。

あと一押しの何かがあればコロッと来てくれそうだと察した俺はとっておきの人参(ゲーム)を燈の目の前にぶら下げた。



「オフでしか出来ないゲームあっただろ?」


「……あった」


「あれが今、俺の家にあるって言ったら?」


「泊まる」


「よし。シマとミハルに今日は帰るって伝えとく」


「ん。……俺の体調が良くないとでも言っといて」


「ああ」



目の前の人参(ゲーム)に勢いよく食いついてくれた燈は俺の家に来て泊まることも秒で了承してくれた。

一瞬、ゲームの力の凄さに慄いたが、これは燈がチョロいだけなのかもしれないと思い「知らない人にゲームをあげるから家に来てと言われてもついて行ったら駄目だからな」と言うと無言で中指を立てられた。解せぬ。

優しい二人に嘘の体調不良を伝えると数分後に心配の言葉が返ってきて少しだけ心が痛んだが、今日の出来事でもう一歩踏み出す事を決めた俺はその痛みを振り払って歩き出す。



「……及川、あの、……」


「ん?どうした?」


「……手……」


「あぁ、悪い。離すの忘れてた」


「いや……全然、別に……」


「……あっ、そういえばシマとミハル、めっちゃ心配してた」


「……いい奴らだな」


「だな」



遠慮がちな声で燈が話しかけてきたから脚を止めて振り返った。顔が夕日の赤に染まった燈に手を握りながら歩き出していたことを指摘された。さっきまでの燈は手を離したらすぐにでも何処かに逃げていきそうだったけど、ゲームという枷に繋がれたからもう逃げる事はないだろとパッと手を離す。

そもそも、掴んでいたらお互い靴も履き替えずらいことに何で気づかなかったんだと若干の羞恥を感じて無理矢理話を変えてシマとミハルの返信の内容を簡潔に伝えると燈は気まずそうにしながら恥ずかしそうな笑みを浮かべていた。多分、俺と同じ事を思っているんだと思う。

その顔色はさっきよりはマシになってきているのを横目で確認して安堵した。



「お母さんに連絡しとかなくて大丈夫?」


「あ!忘れてた!」


「泊まりの許可はおりそう?」


「あー、母さんはそういうの自由。俺がしたい事とか優先してくれる。……ピアスも付けるのも髪も何色でも染めていいって言ってくれるくらいだし」


「許可とったんだ。律儀だな」


「うっせ」



軽口も叩けて雑談も出来るくらいさっきの最悪な出来事から思考を遠ざける事に成功した事に内心安堵しながら学校を後にした。













「……ぉ、邪魔しまーす」


「ふ、緊張しすぎ。……父さん、ただいま」



あの後も止まる事なく会話のキャッチボールが続いて気づけば家の玄関前にいた。

今日は駅から歩きで家に帰る日で朝は憂鬱だったが、こうして燈と帰れたのは俺にとってはメリットしかなくて今日泊まりに誘って良かったと心から思った。

熊鈴を持ち歩いてるとはいえ、山深い道を歩くのは割と心細かったりする。駅近くは住宅が少しあるが、駅から離れると途端に道しかない。夏は日が長いからいいが秋になるとすぐに真っ暗になるから憂鬱度が増す。何が嫌って人気がないのも嫌だがもっと嫌なのが街頭が無いことだ。薄暗い中を背の高い草が生えた側を歩くことに恐怖を覚えるのは田舎あるあるかもしれない。多分、ベッドの下に何かいるかもと思った時がある人は俺の気持ちをわかってくれると信じている。

……話を戻そう。

一人だと長く感じる道のりも誰かと歩くと一瞬で終わってしまうことに嬉しさを感じながら扉を開けて燈を家の中へと招待した。

ガチガチに身体を固めて、いかにも緊張してる燈の背を軽く叩いた。すると、燈がブリキの玩具の様にゆっくりと俺の方を見てきた。その表情は迷子の犬みたいな頼りないもので燈には申し訳ないが笑ってしまった。



「わ、笑うな!しょうがないだろ!由良の家以外行った時ねぇんだから」


「そうか。奇遇だな。俺も結城とアイ以外の友達を家に呼ぶのは初だ」


「……え?」


「一輝、おかえりー!……あれ?一人じゃないし……結城くんでもアイちゃんでもない。えーと、確か……、燈くん?」


「……は、はぃ……」


「父さん。急だけど泊まらせてもいい?」


「いいけど……燈くんの親御さんの許可は?」


「あ、それは……大丈夫っす」


「そうなの?なら、いいよ」


「え?あ、いいんすか?」


「勿論!最近仲良いって聞いてたけどまさか、家に連れて来るくらいなんて……」

「燈、俺の部屋行こ」


「あ、うん……」


「お菓子、持ってくね!燈くん甘い物平気?」


「燈も甘い物大好物だから沢山持ってきて」



父さんは結城とアイ以外の友達が家に来たのが嬉しいのか、ニコニコと笑いながらあれこれ話したそうにも聞きたそうにもソワソワしていて、このまま付き合っていたらゲームする時間が無くなるからわざと話を途中で遮って2階にある俺の部屋へと向かった。

それでも、父さんは気分を悪くする事なく笑顔で俺の部屋に顔を出す口実をさらっと作ってキッチンへと行ってしまった。



「悪い。父さん、燈に興味津々みたいで……父さんは人と喋るのが好きだから……」


「へ?いや、別に……嫌じゃなかったし」


「そう?それならいいけど……あのまま喋らせておくとゲームで遊ぶ時間無くなるくらい喋り倒すから……」


「そんなに?」


「そんなに」



話しながらゲームの準備をしているとお菓子とジュースを持った父さんが来た。

お礼を言って受け取りすぐにドアを閉めようとするも父さんにドアノブを掴まれて阻止された。

俺の部屋に入ってきて居座ろうとする父さんはビビる燈に容赦のない質問攻めをし始めた所で止めに入りどうにか追い出した。

俺に背を押されながら部屋をから出る時に「夕飯の時に覚悟しててね」とウインクをしていたが、夕飯になれば涼さんが帰ってくるだろうからどうにかなると考えながら無視した。

部屋に二人きりになればすぐに父さんのことなんかを忘れてゲームに夢中になった。



「こっちは取り返したぞ」


「ナイス。俺は迷子中」


「なんでこのマップで迷子になんの?」


「いや、燈のアイコンを俺だと思ってて……」


「馬鹿なの?」


「……あ、急にやる気が……削がれた……」


「あー!おいっ!そこ取られたら終わるって!味方に敵がいる!トロールだ!」


「……二人共、そろそろ終わりにしてくださいね。もう少ししたら涼が帰って来てご飯にするから」


「涼?」


「……わかった。これ、クリアしたら一旦終わろうか」


「……ん」



コンコンと優しくノックがした後に父さんがそう声をかけてきた。ノックされるまで父さんの接近に気づけないほど熱中してたのと、もう、夕食の時間になっているのにも気づいていなかったことに二人で顔を見合わせて驚いた。

夕食前には終わらせようとしていたのに、キリのいい所では無いと理由付けしてズルズル遊んでいたのが仇になったなと反省しつつもポーズ画面からまたゲームを再開した。

燈は一瞬だけ父さんが口にした名前が誰かわからずに頭の上にクエスチョンマークを浮かべて手を止めていたが、俺が教える気がなさそうだと気づくとゲームに集中し出した。

……今、俺が教えなかったのは別に意地悪とかではなく、この後に会うからその時に紹介すればいいかと思ったからだ。

それから、数十分後に玄関が開く音がした後に「ただいま」と言う声が聞こえた。

あの後、わりとすぐにゲームをキリのいいとこまで進めれた俺達はさっき言った通りにゲームを終わらせて、涼さんが帰って来るまでは話して時間を潰していた。

涼さんが帰って来たのがわかると二人で無言で立ち上がった。

緊張からかまたカチコチになった燈の背を緊張を解す目的で上から下へとなぞった。

予期せぬ悪戯に情けない声を上げた燈が俺を睨みつけるが、気にせずに部屋のドアを開けた。



「へぁッ!?」


「ほら、早く行くぞ」


「お前がッ!」


「ん?」


「はぁ……なんでもない」


「……涼さんが誰で何なのか、知りたいだろ?」


「……教えてくれんの?」


「勿論。夕飯の時に会うからさっきは教えなかっただけ」


「そう、なの?」



燈の言葉に頷いて部屋から出ると燈も後に続いて出た。だけど、手と足が同時に出るある意味高難易度な歩き方になっている燈にさっきの悪戯では完璧に緊張を解くことが出来なかったかと自分の力不足を感じたがまだ挽回は出来ると気合いを入れた。

家に来た時と同じくらい、いや、それ以上に緊張している燈の名前を呼んで俺の方を向かせそのタイミングで渾身の変顔を披露した。

その顔を見た燈は一瞬堪えようと唇を噛み締めていて何とか我慢していたが、その反応が逆に俺の心に火をつけた。どうやってでも笑わせてやると余計にやる気になった俺の渾身の変顔第二弾をお見舞いしてやった。



「ッ!?んぐッ……ぷ、ハハッ!!くっそッ……お前ッ……それは反則だろ……」


「合法だが?」


「いや、反則。及川がそういうのやんのは絶対ズル。反則。シマとかミハルがすんのは合法だけどさ、お前は許されない」


「そんなに?」


「そんなに」


「そんだけ表情筋動くなら普段から動かせばいいのに」


「……善処する」


「動かしてないとまた固まんぞ。てことで、もう一回」


「本日の営業は終了しました」


「……だけど、今回に限って……?」


「リビングついたからまた後で」


「またって言ったな。言質取ったぞ」


「はいはい」



すると、燈は耐え切ることが出来ずに吹き出し笑った。

燈の様子にもう大丈夫そうだと思いスッと変顔を止めると燈は聞き分けの悪い子供の様に何度も変顔のアンコールをしていたが、後でと適当に流した。時間が経てば忘れるだろうという俺の思惑が見事に外れるとは思わずに気軽に約束をしてしまった事を後悔する未来が待っているとはこの時の俺は思ってもなかった。






「いただきます」


「「いただきます」」


「……ぃ、ただき、ます……」



俺の隣には燈がいて、俺の正面には涼さん、涼さんの隣には父さんが座った。

全員座ったことを確認したら、いつも通りに手を合わせて食事の挨拶をする。燈も戸惑いつつ少し遅れて一緒にやってくれた。

人見知りで無くても他人の家族とご飯を食べるのは緊張するだろうなと思い、出来る限りフォローしてあげようと決心した。昔からの知り合いではあるが、お互い存在を知っていただけでちゃんと関わり出したのが高校生になってからなのだから尚更緊張するだろうから。

ゆっくりゆっくりご飯を口に運ぶ燈に俺が声をかける前に家族一のお喋り大好き人が燈に話しかけたのが先だった。



「燈くんは何で一輝と仲良くなったの?」


「へ?あ、えと……」


「燈もゲームが好きなんだ」



箸を持ちながら手を無意味にわたわたと動かす燈にすかさず助け舟を出す。

俺の声が聞こえたことで一人ではない事を思い出した燈はちょっとだけ落ち着きを取り戻したようで途切れ途切れにだが話し始めた。



「……えと、俺の友達、になった奴の友達と及川が仲良くて……そんで、話すように……」


「なんだかややこしい始まりだね」


「……言われてみればそうだな」


「なんか、そういう歌あったな」


「あれな」


「え?」


「あれ?知らない?」


「うん、知らない……」


「これがジェネレーションギャップか」


「いや、及川は俺と同じ世代だろ。何言ってんだ」



二人で普段通りに巫山戯るとそれを見ていた父さんと涼さんが遠慮なく笑った。その様子を見た燈も緊張が解けたのか教室でよく見る顔で笑った。

それからは、穏やかに時間が過ぎていった。

父さんがあれこれ質問してはそれに燈がどうにか返して、フォローが必要な時は俺も少しだけ口を挟んだりした。ゆっくり話す燈を急かすことなく待つ父さんを見て自分のペースで話していいんだと燈が安心してくれたのかもしれないし父さんから漂う緩い空気に当てられたのかもしれない。

だからか、思ってたよりも燈はリラックスして父さんと涼さんとの会話を楽しんでいた。

あれだけ夕食前は緊張しすぎて死にそうな顔をしていたのに、いざ夕食を食べ終わる頃には俺の心配は杞憂に終わっていた。

そもそも、父さんも涼さんもゲームが好きだから燈と仲良くなるのには時間はかからないだろうと夕食後のココアを燈と二人で飲みながら仲良く話している三人を眺めた。

そんないい雰囲気の時に涼さんが笑顔から真面目な顔をして二人が今一番聞きたかったことを聞いてきた。



「……それで燈くんがここに呼ばれてるのは知ってるって事だよな?」


「え、何をですか?」


「いや、教えてない」


「そうなの?てっきりもう知ってるのかと……」


「でも、教えてもいいとは思ってる」


「……一輝がそう言うなら俺達は反対はしない」


「待って待って。何の話?怖いんだけど」


「怖い話ではない。ただ、少しびっくりするかも」



何故か怯え出す燈を放って、父さんと涼さんを見つめる。

心配そうに俺を見ていた父さんは俺と目を合わすと小さく頷いた。でも、その顔は晴れやかな顔では無くて、頷きはしたけど完璧には納得していない顔をしていた。

一方の涼さんは穏やかな笑みを浮かべていて俺と目が合っても変わらずに笑って力強く頷いてくれた。何の言葉もなかったが、なんでかとても背を押された感覚になった。

二人の顔を見たらフッと力が抜けた。

けれど、同時に心を奮い立つようなそんな矛盾した気持ちになった。

あぁ、今なら言えると思って燈の方を向いて話を始めた。



「燈、実は」

「待って!心の準備が……」


「大丈夫。本当に怖い事じゃない」


「ホントかぁ?」


「ホントホント」


「そう言ってこの前は……!」


「この前はこの前。それに詫びとしてほうじ茶ラテ奢っただろ。……ホントに今回は騙してないから」


「……信じるぞ」



いつものふざけた雰囲気に俺の心は軽くなってさっきよりも話しやすくなった。

わざとそういう風にしたのかと思い燈を見ると、両手を耳付近にスタンバイさせて「幽霊の話したら両耳塞ぐからな!」と強張った顔で言われてすぐに違うと気づいた。

これから真面目な話をしようとしていたのに燈に水を差されたから雰囲気を元に戻そうと咳払いを一つしてまた話し出した。



「実は……父さんと涼さんはパートナーなんだ」


「……パー、トナー……?」


「パートナーって言うと相棒みたいな意味だと勘違いするかもだけど、そうじゃなくて、恋人、もしくは結婚相手って意味の方で」


「……なんで俺に教えてくれんの?」


「それは……」



燈の問いに即答出来るのに出来ずに口を摘むんだ。

答えることは出来るけど、それはつまり燈の隠したい大切な気持ちを父さん達にも聞かせなきゃならない。

はたして、それは燈が望むだろうかとの迷い悩んでいると黙って俺達を見守っていた涼さんが喋りだした。



「……部屋に行って二人だけで話したら?その方が俺らに聞かれたくない話も出来るだろ?」


「そうする。燈はそれでいい?」


「……ん」



みんなで手を合わせて「ご馳走様」をした後に燈と一緒にリビングを後にした。

リビングを出てからは俺も燈も無言で部屋へと向かい、そして、部屋の中に入ってからも二人で無言で立ち尽くしていた。

このままでは駄目だと燈と向き合ってから話を始めた。



「あー……、とりあえず、座ろうか」


「……え?あ!確かに」



呆けていた燈は話しかけられて驚いていたが、大人しく座ってくれた。

燈が座ったのを見て、俺も燈の対面へと座る。

燈は見るからにソワソワと落ち着きが無くなっていたから、早々に色々吐き出してしまおうと覚悟を決めて口を開いた。



「なんで教えたって思ってるよな?」


「!!……あぁ。及川って家族の事とか、あんま話したく無さそうだったし……」


「それは、……そう。昔、色々やらかして……それで限られた人にしか話さないようにしてる」


「やらかした?」


「それは……まぁ、今は置いといて。燈に教えたのは、俺だけ燈の隠したいことを知ってるからフェアじゃないと思ったから」


「俺の隠したいこと?」


「……由良のこと、どう思ってるのか」


「!!どどどどどど、どうッ!?それは……その……及川から見て、どう思ってる、様に見える訳?」


「由良の事、好きだろ?」



そういうと瞬時に燈の顔は、いや、顔だけでなく全身湯気が出そうなほど赤くなった。

ロブスターを茹でるとこんな色になるよな、などと関係ないし失礼な事を考えながら燈を落ち着かせる為に少し嘘を吐いた。



「!!なぁッ!?ち、ちがッ!!いや、違く、はないけどッ!!なんでッ!?」


「知ってるかって?……燈がわかりやすいとかではないからな」


「えぅ……」


「……壊れた」



燈はキャパオーバーとなったのか、頭から煙を出し思考停止してしまった。

急いで話しすぎたかと反省しながら、燈が元通りになるまで待って話を再開させた。

多少赤みが残った頬を両手でパタパタとあおいで冷ましながら燈は食後に聞いた俺のカミングアウトを反芻していた。



「パートナー……噂では友達って聞いてたけど……恋人だったんか……」


「母さんと色々あったみたいで、離婚してその後に友達だった涼さんとゴールインした、らしい」


「……さっきから他人事だな」


「あぁ、あんま覚えてないから。……昔過ぎて」


「あー……、だいぶ前から涼さんも住んでるもんな」


「うん。離婚したのもまだ俺がゲームの楽しさに目覚めてないような歳の頃の話だから」


「それは……、確かに覚えてないな。俺も……、昔の事とかあんま覚えて無いし」



楽しくない思い出の断片が頭を過ぎり、それを振り払うように首を振った。首を振ったタイミングがちょうど否定してる時で幸い燈には変に思われずに済んだ、らしい。

俺の嘘に気づく事なく騙される燈に良心がギシリと音を立てて軋むが無視をした。

それよりも、今日一番燈に伝えたかった事を伝えるべく燈の目を見つめて口を開いた。



「俺は、別に脅そうとか罵ろうとかって言う気持ちは無くて、ただ」


「……ただ?」


「その気持ちは変でもないし普通の事だって言いたかっただけ」


「……ふーん」


「……燈は今日由良が言ってた言葉の方が正しいって思ってる?」


「……う、ん。だって、男が男を好きになるなんて……」


「でも、人を好きになるのはおかしいことではないだろ?」


「……え?」


「その人だから好きになったのに。燈や父さん達をおかしいって言う人はさ、異性だから好きになってるの?それは違う筈。ただ、好きになったのが同性なだけで。それに少数派ってだけでおかしいって。そっちの方がおかしくないか?」


「……そう、なのかな?」


「そうだろ。そもそも、普通って何?誰基準?俺の普通は父さん達だ。……ごめん、勝手に熱くなって」


「いや、及川がすんごく家族の事を大事に思ってるのがめっちゃ伝わった」


「……いや、あー……そう?」


「そうそう」



理不尽な世の中へ溜まった鬱憤が爆発して熱くなってしまった事へ謝ると燈は驚いた顔をしながら慌てて肯定してくれた。

気持ちを落ち着かせる為に深呼吸をしてから話を続けた。



「えと、つまりは……由良を好きなのは普通の事で、悪い事じゃないってのを言いたかった」


「……ん。わかってる」


「なら、いい。それで燈はさ、由良から……離れたいんだよな?」


「そう、だな……もう、一緒にいんの……しんどくて……だから、由良に嫌われたくて髪も染めてピアスだって引くくらいつけたし……でも……」


「(そういうことか。……派手な高校デビューと思ってたとか言えない……)由良はそうではない?」


「……うん」


「正直、……困ってる?」


「……ん」



燈は暗い表情をして俯いてしまった。

酷な事を聞いたのはわかっていたが、これから俺がしようとしている事は燈の気持ちと一致していないと実行する事が出来ないからどうしても燈がどう思っていてどうしたいのかをちゃんと確認しなければならなかった。

予想通りの返答に一先ず安堵した。

燈が困っているならこのまま例の作戦を自然な流れで提案出来ると思い行動に移した。



「……一つ、提案があるんだけど」


「……何?」


「俺が燈の盾になるってのは、どう?」


「盾?」


「例えば、由良が話しかけてきたら、邪魔するとか。朝の登校とかも俺と一緒だったら由良だって離れていくだろ」


「!!」



俺の提案に燈は顔を上げて目を輝かせながらこちらを見つめてきた。その反応で燈にとっても願ってもない提案だったとわかり、これは断られないとわかった。



「え、いいの!?」


「いいぞ」


「迷惑、とかでは?」


「迷惑だったら提案してない」


「え、マジあんがと。来週からよろしく!」




案の定、悲しそうで切なそうな笑みを浮かべながらも了承してくれた。燈にとって由良と離れられるという選択は、嬉しいことではなく苦しい選択だというのがその表情でわかってしまった。

結ばれることはないから離れることを選んだ燈に二つの意味で心が痛んだ。

両思いになれないと諦めている燈の態度とあとはこの作戦には燈に内緒で今言った目的とは真逆の目的があることへの罪悪感から。

本当の目的は由良の中学までの行動を真似して色々と自覚させる、名付けて「過去の自分の行動を省みて気づけ作戦」だ。

なんで俺がこんなに燈と由良を結びつけたいかと言うと単純に脈があると思っているからだ。

中学までの由良の行動は確かに「愛」があった。燈に近づく者は遠ざけて話さないようにしたりとあんなに執着していたのだから燈のことを好きに違いない。

勿論、それだけじゃなくて、健気に一途に由良を思い続ける燈が報われてほしいとも思ったからだ。

あとはもう一つ理由がある。

超個人的な私怨からこの作戦を実行しようとしている。

単純明快、由良に腹が立った。

男同士を普通じゃないと言った事に。

そして、明らかに燈を好きなのに女と付き合っている事に。

だから、嫌がらせをしてやろうと思いついた。昔はお前が気軽に話せて近くにいれた存在が今では俺の隣にいて楽しそうに話してる。その姿を見せびらかせば由良には嫌がらせになるだろ。

最初はそんな理由から始めた作戦だったのだが、後々に自分の首を絞めて、大切な人を傷つけることになるとは今の俺はそこまで頭が回っていなかった。

それから、来週の約束をしてその日は順番に風呂に入り、歯磨きをしてから、ゲームで何時間か遊んだ後に就寝した。

……ちなみに、今日も例の時間辺りになるとしきりにスマホを気にしていた。

そして、スマホがピコンとなり、燈はメッセージを確認し安堵する燈を見て、そこでいつものようにお開きにした。

だけど、相当テンションが上がっていたのか燈は中々寝ようとはしなかった。

燈はうとうとしながら、半分寝言の様なにゃごにゃごした声で何かを話していたが、俺の方が先に限界が来て眠ってしまった。









「ふぁ……燈、起きろ……朝だ」


「んー……あと、15時間……」


「ボケてる余裕あるなら大丈夫だな」


「……ボケ、じゃない……」



目覚ましのスマホのバイブで起きた俺は欠伸をしながら、床で胎児の様に丸まって寝ている燈を起こす為に話しかけた。

何度か声をかけた後にやっと目を覚ました。だけど、目覚めた直後は寝ぼけた事をぶつぶつと言っていたが、次第に目が覚めると今度は焦り始めた。



「及川、俺、寝る前になんか言ってた?」


「いや?……猫みたいな声だしてたのは覚えてるけど」


「あ、そう。良かった……。猫?」


「にゃごにゃご言ってた」


「……それはそれでなんかやだ」



その後は、着替えて一階に降りて父さん達と朝ご飯を食べた。昨日、父さん達の事を教えて態度が変わるかと少し心配だったけど、変わらずに接してくれた。寧ろ、昨日よりも燈の緊張も解けたらしく、父さん達がいても4人でいる時みたいにふざけたりして笑う様になっていた。

楽しい雰囲気の中で朝ご飯を食べ終わり、燈と2人で食器の片付けと洗うのを申し出て、流し台に横並びになってスポンジで洗う係を俺が食器についた泡を流す係を燈が担当して洗い始めた。

洗っている最中も話は止まらず、父さん達も交えて話していたら後ろから視線を感じて振り向くと姫が半分開いた扉から半身を覗かせちょこんと座ってこちらをジッと見ていた。



「姫?」


「ひ、ひひひ姫!?えッ!?なんっ!?だ、れッ!?」


「誰って……猫」


「猫」


「姫は人見知りで燈が泊まりに来た瞬間、隠れてたんだけど……笑い声に釣られたみたい」


「楽しそうで気になったって事?」


「そう」



俺が姫の名前を呼んだ瞬間の燈はきゅうりを前にした姫のように異様に驚いていた。

多分、俺の口から中々聞けない単語が出てきて、驚いたのだろう。多分。

そう勝手に燈の気持ちを決めつけた俺は何か文句でもと燈をジッと見ると、即座に視線を逸らされた。その反応に俺の決めつけじゃなくて当たっていたと確信した。

あとは姫の名前については色々と誤解される前に後で弁解する事にした。

俺達が会話してる間も姫は扉の隙間からこちらをジッと見ていて、その姿は家政婦は見たの様で面白くて笑うと父さん達が姫の名前を呼んだ。



「姫、何してんの?おいで」


「……うなぁーん」



いつもより覇気のない声で返事をして、ソーッと部屋に入ってきた。

姫は耳を反らして尻尾は左右に振っていた。

普段見かけない人がいてイライラしてるらしいと気づいた父さんは機嫌を取る為に姫の好きなおやつを持ってきて食べさせていた。

おやつを視界にいれた瞬間に尻尾が天へとピンと立てられた。

警戒してる姿から好きなものを与えられてコロリと機嫌が良くなる姿に昨日の燈の姿と重なり吹き出してしまった。



「ふ」


「何、笑ってんだよ」


「いや、昨日の燈見たいだと思って」


「はぁ~?あんなんじゃないですー」


「あんなんだった。上目遣いで不安そうにして、でも、ゲームの話になると元気になって」


「話、盛ってる!」


「盛ってない盛ってない」



暫く言い合いをしていると、見かねた父さん達も俺側に加勢した事で俺が勝利した。

不服そうな燈に最後の食器を手渡して俺の役目は終わった。手を拭いて水気を取りながら燈が終わるのを待っていると、その数秒後に燈も文句を言いながらも手を止める事なく、全ての食器を綺麗に拭いてくれた。

父さん達が見ているテレビでは恒例の朝のドラマが入っている時間となっていて、燈にもう帰るかと聞くと長居しすぎてもあれだから帰ると言われた。

遠慮しなくてもいいのに、と言いかけてやめた。

だって、燈はソワソワと落ち着かない様子だった。それはいつも例の時間付近に見るもので、その様子だけで母親が心配なんだと気づいた。早く家に帰して母親の顔を見て安堵させてあげたいと引き止めることを止めて、燈と共に鞄を取りに2階の俺の部屋へと向かう。

燈は最後に忘れ物がないか周りを見渡してチェックをしてから立ち上がり部屋から出るべく歩き出した。



「なぁ、その……また、来てもいい?」


「ん?全然いいよ」


「!!マジ?」


「マジのマジ。そんなに気に入った?」


「へ?」



俺の言葉に足を止めるほど驚いてる燈にクイズ番組で自信満々に答えを言う回答者のように答えた。



「姫の事」


「……あ、あー……!ね、それは……そう……」


「燈、スマホで動物の動画見てる時けっこうあるから好きなのかなって思ったんだけど……、あってない?」


「あっ、……てる」


「何その貯めは」


「……なんでもない」



てっきり正解だと思った答えに何故か不満げな表情の燈に不正解だった事に気づくも他の答えがわからずに聞くも答えてはくれなかった。



「てか、姫って誰がつけたの?」


「父さん。俺だと思った?」


「いや!……いいと思う、とっても。……見た目とあってる」


「でしょ?でも、あの子は雄だから」


「雄!?」


「雄だよ」


「なんで王子じゃないの?」


「それは……」


「なーん」


「あ、姫がお見送りに来てくれた。良かったな」


「え?あ、マジだぁ!」



姫の姿を捉えた瞬間に目をキラキラと輝かせて満開の笑顔になった燈に釣られて俺も笑う。

そうだろ。ウチの子、可愛いだろ。

そう得意げな顔して後方腕組み飼い主となったいた俺に燈はご飯は何を食べておやつはどれが好きなのか事細かく聞いてきたので後で書いて送ることを約束した。



「絶対教えろよ!」


「……俺の家にもご飯はあるけど」


「いや!俺も買う!」


「無理しない程度にならいいけど」


「全然無理じゃない!していい出費だから!」


「わかった。じゃ、また学校で」


「ん。じゃあな」



あっさりとした挨拶をして帰って行った燈と続けて次の日の日曜日も家で会うことになるのだが、それはまた別の話。



『しゅくだい、やるのわすれてた』


『草。今からやれば?」


『あした、おいかわのいえいく』


『マジかぁ。いいよ』



















おまけ

猫バカ二人と誤魔化しきれなかった燈と道連れにされた二人




「姫って名前……嫌がんなかったの?」


「全然。姫は知っているんだ。その名前が高貴な身分に使われるって事を」


「天才じゃん」


「でしょ。で、テストは何点だった?」


「えッ」


「何点だった?」


「……あ、赤点は、回避した……」


「それは、知ってる。補習ないから」


「……55点……」


「何の教科が?」


「……全部、だが?文句あんのか!?」


「急に強気。情緒、大丈夫?」


「俺には味方がいる!」


「いるんだ」


「いる!その名はミハルとシマ!」


「知ってた」


「アイツらも、俺と同じだ!」


「つまり、赤点ギリギリ回避した点ってこと?」


「うん!」


「次はもっとちゃんとじっくり教えるか……」



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