第7話
「お菓子は?」
『あります!』
「ジュースは?」
『◯っちゃんオレンジ、ペプ◯、コカ・コ……』
『いい、いい。全部言わんでいい』
『準備OK』
「トイレは?」
『さっき行った!』
『大丈夫!』
『まだいい』
今日は土曜日。つまりは、休日。
激動のテスト期間を終えて勉強地獄から解放された俺達がやる事と言うとやはりゲームだった。まだ、テストが返ってきてないからテストから解放されただけで、赤点からは解放されていないことはわかってる。だが、勉強漬けの毎日とは一旦別れを告げたのは間違いない。だから、俺達は宴を開催する勢いでテンションが上がりまくっていた。……そんな状態で店に行ったら、お菓子やらジュースを過去一買い過ぎて今月のお小遣いが底をついたのは父さん達には言えない話だ。
それはさておき、今日遊ぶゲームはオンライン対戦ゲームで各々の自宅でお菓子やジュースを準備して長時間ゲームしてもいい様に周りの環境を整えた。高校生の俺達には有難い無料のボイスチャットサービスを使って通話しながらゲームが始まるのを待つ。
今から遊ぶゲームは5対5の対戦ゲームだ。このゲームは広く認知はされているのにプレイヤーの態度と口が悪すぎて遊ぶ人がほぼいないという残念なゲームだ。
だけど、奇跡的に俺達四人はそのゲームのプレイヤーでもあるし、こよなく愛するファンでもあった。俺達が急速に仲良くなったのはこのゲームのお陰もあると俺は思っている。
俺達にとっては最高のゲームだが、ゲーム好きがこのゲームの名前を聞くと鼻で笑いながらクソゲー呼びするほどあまり好かれてはいないのが現実だ。勘違いしないでほしいのはクソゲーとは呼ばれているがゲーム性の話じゃなく、一部のプレイヤーがクソでこのゲームの印象が最悪でそう呼ばれているだけだ。
そこを抜かせばこのゲームは神ゲーと呼ばれてもいいほど面白いゲームとなってる。
俺達はそんな荒波に揉まれながら育ったからチャットで「easy game」と書かれても暴言を吐くだけで後は何もしない善良なプレイヤーに立派に成長していた。
「トップは?」
『いる!きてる!対処してます!』
『……なーんか味方一人動き変!』
『何、コイツ、トロール?』
「いや、多分初心者」
『初心者は囲め囲め!優しく囲め!』
『チャット打つ?』
「交流しよう」
『はい、初心者の方~こちらでーす』
『おっ!着いてってる!』
「初心者は絶対に逃すな。丁重にもてなしてこのゲームの虜にしよう」
『がってん!』
『燈の後ろ!着いてってるの!めんこいっ!』
『カルガモかな?』
『誰がカルガモの親だ!』
「いいじゃん。めんこくて」
必死に燈の後ろをついて回る初心者に癒されつつ、敵陣を攻撃する。通話して連携をとると勝ちやすいのだが、ゲーム内のボイスチャットをONにする人は少ない。……理由は言わなくてもわかるだろうからもう何も言わない。
だから、基本的に誰が何処を攻めるかでゲーム初めは皆ウロチョロしたりする。
自分が攻めたい所に行くと先客がいたらすぐに諦める事が、円滑にゲームが進んで勝てるコツだ。気づけば、相手の本陣を攻め落とすだけとなりほぼ勝利が確定している状態になっていた。
『気を抜くなよ!』
『りょーかい!』
『いやもう抜いていいでしょ。勝ったよ、これ勝った』
「ま、確かにここからひっくり返すのは奇跡だろうな」
『あー、相手諦めてる』
『ほら、もっと抵抗しろよ。それじゃ、面白くないべ』
『ミリ!ミリ!ゲージミリ!』
『攻めろ攻めろ攻めろー!」
『ヴィクトリー!』
『約束された勝利!』
「初心者、終わったぞ」
『カルガモ、元気でな』
『また、会えるといいな……』
「燈がちゃんとサポートしてたから、もしかしたら……」
『それは当たり前だろ。俺達先人が初心者虐めたら、ただでさえこのゲームやる人あんまいないのにホントのゼロになんべ』
『いや、ほんそれ!』
『オレ達だけでも親切にしないと!』
『そうそうそう。優しくね』
「あ、対戦相手からチャット」
『何何?____?』
『__________』
「燈、お前それ書くなよ」
『シンプルに暴言!!燈、お口悪いよ!』
『はっ!俺は、一体、何を……?』
「記憶喪失……?」
こうやって馬鹿騒ぎしていたら、気がつくと夜遅い時間となっていた。このくらいの時間になるとシマとミハルの二人は強制的に眠らなきゃいけないから、燈と二人きりになる。
そう思いながら、次は何のゲームで遊ぶか話しているとイヤホンから物凄い大きな音が聞こえた。
あぁ、来たなと見守っていると少し遠くから女の人の怒鳴り声が聞こえてきた。
『あんた、いつまで起きてんの!?』
『わかったって!姉さん!寝る寝る!寝ます!』
『シマのお姉さんが襲来してる……』
『うわっ!やばっ!オレもヤバい!』
「だろうな」
『……二人は寝んの?』
『ごめん!!オレも母さんにバレたら……、!!!!階段、誰かッ……上がってくるッ!切るね!ごめんおやすみ!』
『オレも寝るわ。姉さんが煩いから寝ろって』
「わかった。おやすみ」
『おつおやすみー』
『おやすみ』
こうして、燈と二人きりになったがこの状況は何も珍しくはない。
なんなら、数え切れないほどこういう状況になってきたが、もう、最初のぎこちなさも気まずさもない。
「二人で出来るゲームは……沢山あるな」
『あれの続きやりたい。ゾンビの』
「10日でゾンビに襲われるやつ?」
『そうそれ。この前のデータ残ってる?』
「ある。よし、じゃあやるか」
いつも通り時間制限付きでゲームを始める。
四人で途中まで進めていたゲームを二人だけで遊び始めた。今遊んでるゲームはストーリーが無くて、ゾンビに殺されずにただただ生き残り続けるという内容のゲームだ。この説明だけではどこが面白いのかわからないと思うが、実際に遊ぶと時間を忘れて朝になるまで気づかずに遊び続けてしまう時なんかもあるくらいに時間を食う恐ろしいゲームだ。
ログインした最初はあれこれ話したりしていたが、役割分担して別々の作業をするとお互いの存在を忘れたように黙々と遊び始めた。でも、今の俺には別にその空気も悪いものではなく、なんなら心地よく感じていた。
暫くは各々がやりたい事を好き放題にしていると、突然ゴンと大きな音がイヤホンから聞こえた。その重い音に手を止めて燈に声をかけた。
「燈?なんか音したけど大丈夫か?」
『へあっ?』
「……お前、寝てた?」
『……れてない……寝て、……ない……ぶつけた……おでこ……』
「……大丈夫か?」
『いたい……』
ふわふわとした力のない声が返ってくるが、おでこをぶつけた事により少し目が覚めたらしい燈に寝る事を提案するか一瞬迷った。
気づけばシマとミハルが離脱して数時間経過していた。疾うに日は跨いでいて時刻は深夜と呼べる時間へと変わっていて、眠くなるのも無理はない。
でも、燈は寝ようとしなかった。
前にも似たような状況になった時にもう寝ればいいと言った時があったが、燈は首を縦に振ることは無くて、さっきみたいに頭をぶつけながらも懸命に起きていようとしていた。
何回か頑なに寝ようとしない燈に遭遇するうちに気づいた事があった。
こういう時は大体2時くらいに解散するという事だ。
その時間に終わる理由に心当たりがあった。
燈は母親しか家族がいない。
燈を一人で養わなければならない母親がどうするのか考えると色々と察せられる。
その事について敢えて根掘り葉掘り聞くつもりはない。本人が言いたいなら言えばいいし言いたくないならそれでいい。……じゃあ、なんで俺が燈についてこんなに知ってるかと言うと、別にわざわざ燈の事を調べた、とかでは無くこの狭い街では他人の家庭環境が筒抜けになるなんて事は珍しくもない。
俺の家の事も周りの人に話していないのに知られていたりするくらいだ。
知りたく無くても噂好きの人はペラペラと話してくるし話を広める。プライバシーというものはこの街には残念ながら存在しない。
こういうことがあると、人との距離が近すぎるのも考えものだと思ったりする。
……それはさておき、俺は燈を寝させない様に積極的に話しかけ続けた。
他人の俺に出来る事は時間を潰すのを手伝うくらいしか思い浮かばなかったから。
「本、見つけた。これは、燈が読む本だべ」
『……ぅん?……なぁに?』
「スナライの本。いるよな?」
『いる……』
「どこいる?」
『まち……びょういん、でゾンビ、なぐってる』
「ふっ……了解。そっち行くわ。ついでに、一緒にミッションやんべ」
『うん……うぅ……』
「……おでこは平気か?」
『たんこぶ、出来たぁ……』
「何してそうなったのさ。舟漕いでたん?」
『ん。そしたら、机に』
「いい音だったよ。机も無事?」
『机は……めっちゃ無事』
燈が力無く唸っていておでこが痛むのかと心配になり、再度大丈夫かと聞くとふにゃふにゃとした声で返事が返ってきた。
会話をしているとだんだん目が覚めてきたのかいつもの燈の声に戻り始めているのを聞きながら欠伸を噛み殺す。
この調子ならばいつもの時間まではどうにか起きていられそうだと一安心しながら襲い掛かってきたゾンビにヘッドショットを決めた。
『あっ』
「ん?……あぁ、終わる?」
『え?あっ、いや……』
「俺は終わってもいいよ」
『……いいの?』
「眠いだろ?もう寝ろよ」
『……あんがと。及川は、……寝なくて良かったん?シマとミハルが寝た時に一緒に寝ても別に……』
「眠くなかったし。あと俺、休みはいつも朝まで普通に起きてゲームしてるし」
『そう、なの?』
「そうそう。だから、起きてたくて起きてるから」
『……ん。そっか。わかった。……じゃ、寝るわ。……おやすみ』
「おー、おやすみ。また明日。……ふー、何しよ」
あの後は二人で話しながらゲームを夢中で遊んでいたら、時間の感覚が無くて何故か気まづそうな燈の声で2時辺りになっていた事に気づいた程だ。燈の暇つぶし兼俺のゲームしたりない欲解消の為にこの時間まで遊んでいたから、この時間でもう解散でいいのに燈は何故か遠慮がちな声で俺の様子を伺っていた。いつもとは違うよそよそしい態度を不思議に思いながら、解散でいいと伝えるとぶっきらぼうな声音でお礼を言われた。
照れてることに気づいたが、それを指摘せずにそのまま解散した。……シマがここにいたら死ぬほどイジっていただろうな。
燈のアイコンが消えるのを確認してからボソッと独り言を呟く。
誰もいなくなり自分のアイコンだけがポツンと浮かぶパソコンの画面をボーっと見つめながら考えるのは燈の事だった。
不器用な燈は一体何と言って母親を出迎えるのだろうか。
寝ていたけど便所に起きたとでも言うのだろうか。
それとも、素直に心配だから帰ってくるまで起きていたと伝えるのだろうか。
……そんな事を考えてこんな事を考えて何の意味があるんだと我に返って、次に遊ぶゲームを決める為にマウスを握り操作する。
結局、その後もゲームをしたがどうにも集中出来ずにいつもより早い時間にベッドに潜り込んだ。
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