第5話
眠い目を擦る燈がミハルに手を引かれて俺とシマの元に来る光景にも見慣れた今日この頃。
帰りのHRが終わるといつもだとゲーセンに遊びに行くのがお決まりとなっていたが、残念な事に今日は用事がある。
その用事とは、部活を決めて入部届を出すという至って簡単な内容のものだ。
俺達はその事を忘れて今の今まで遊び呆けていたが、今日がタイムリミットとなっているのをさっき担任が話しているのを聞いて気づいた。何の部活に入部するのかさえ決めていないし、そもそも俺は三人に何の部活に入るか聞いて、もし運動部以外ならば同じ部活に入ろうと決めていたから考えてすらなかった。
三人ともどうやら、同じ考えらしく入部届の紙を手にして俺の席へと集まってきた。
「やっべ。マジで忘れてたわ」
「な。めちゃくちゃ遊びまくってたわ」
「うん。まだ、時間あるだろって余裕ぶっこいてた」
シマは腕を組んでは眉間に皺寄せている。
入りたい部活が無くて悩んでいるのかはたまたそうではなく別の理由で悩んでいるのか。
暫くはシマを三人で黙って見守っていた。
「オレさ、中学はサッカーだったんよ」
「へー」
「スポーツ少年じゃん!」
「だったなー」
「んで、サッカー部選んだ理由がさ。女子にモテるって聞いたからなんだよ、顧問にさ」
「クソみたいな理由だな」
「スポーツマンシップは?」
「ふは!だったなー」
「うっせ!男なら女子にきゃーきゃー言われたいだろ!」
「……それで?」
「結果!まっっっっっったく!モテなかったんよ!実際モテんのはさ、バスケ部とかバレー部とかだったんよ。それなのに練習キツいのなんの……。で、そん時に思ったのが、高校入ったら絶対にサッカー部には入らない!入ってたまるかって!」
「じゃあ、何部に入んの?」
「それは……、……悩み中……」
そう言ってまた難しい顔して唸り出したシマを放って、高校でどの部活に入部するのかという話から中学の時になんの部活に入部していたかという話に脱線していった。
「ミハルは中学時代は何部だったの?」
「ん?オレ?オレはバスケ!赤子のバスケにハマっててさ!んで、バスケ部に!」
「バスケ部!?」
「意外だった?」
「い、いや……」
(そういえば、由良がバスケ部だったな)
「二人は?」
「俺はテニス部」
「及川、テニス部なの!?」
「なんだ?文句ある?」
「いいや!ないけど!顔からして動くの苦手タイプかと思ってたから!」
「苦手……では……」
「いや、及川は逆に運転神経めちゃくちゃいいよ」
「へー!そうなんだ!」
何故か自分のことのように自慢げな顔をした燈がそう言うと、シマはキラキラとした瞳で俺を見てきた。なんでそんな顔してるのかとはツッコまずに一先ず黙って成り行きを見守ることにした。
燈は口を閉ざす事なく話していて、というよりも、ゲームの話をしてる時並みにイキイキ話している。
俺も最初は他人の口から聞く自身を褒める言葉に腕を組み鼻を高くして聞いていたが、それも長くなると恥ずかしさの方が勝り話題を変える為に燈の声を遮った。強引にでも止めなければ止まらないように思えるほど、熱が入っていた。そのことに疑問を抱くが、今は止めることの方が大事だと頭の片隅に追いやった。
「んで、テニスも上手かったんだけど、及川、普通に何のスポーツやっても上手くてさ……」
「あー、燈。燈も、ほら、中学の時の部活、話せよ」
「え?」
「及川の話もまだまだ聞きたいけど……確かに燈の中学の時の部活も気になるな」
「そうだ!皆の聞いたのに燈のは聞いてなかった!教えて!」
「あー、うー……別、に……いいけど……」
あまり乗り気では無い態度に、ようやく合点がいった。
自分の事をあまり話したくなくて俺の話を沢山してどうにかその場を誤魔化そうとしていたのだと理解してしまった。
まぁ、それはそうだろう。
燈が中学の時に入部していた部活は由良に関係しているから。
あまり思い出したくないし話したくもないのだろう。
それを隠す気もない燈は気まづそうに視線を逸らして吃りながらも小声で答えた。
「……しゃ、写真部……」
「いっっっがい!」
「うるさ」
「確かに少しだけ意外だな。なんで写真部だったん?」
「え?えぇー……サボれるから?」
「……なんで疑問系なん?」
「あとは……早く帰れて、活動日数が少ない……?」
「だから、なんで疑問形?」
「じゃあ、写真撮るの得意なんだ!」
「いや?そうでも……」
「上手かったよ」
「「え?」」
「昔、燈が撮った写真見た時あるけど、めっちゃ上手かった」
「え!?そうなの?」
「あぁ」
「どんな写真だったの?」
「人物。生徒が部活してるところを撮った写真、だったな」
写真部の活動は何ヶ月に数回だけで部活をしている姿を撮るのと大会がある部活について行き、試合中の選手達を撮るという内容だ。
燈が何故その部活を選んだのか予想がついてる俺は何ら疑問も持たないが、高校から初めましてな二人は目を爛々と輝かせて燈を見ていた。そんな好奇心の瞳を向けられた燈はというとこれ以上聞いてほしくなさそうにしていた。
燈は二人に嘘をついてるからその罪悪感でボロが出そうで不安なのだろう。
(写真部に入部したホントの理由はバスケをしている由良を堂々と、しかも、沢山撮れるからっていう不純な理由だからな)
俺が見た写真もダントツで由良の写真が素人目から見ても綺麗によく撮れていた。
表情やアングルから何から何まで完璧でその写真を見て燈の気持ちに気づいたほどだった。明らかに他の人の写真とは違う輝きを放っていたから、あの一枚の写真には燈の由良への想いが込められていたように見えた。
……ちなみに、俺の写真は写真部の顧問が撮ったものだった。試合中にチラッとだが、燈がカメラを構えているのは見たのに何故だか撮られてなかった。内心どんな風に撮られているのか気になっていたから、一枚も撮られてないと知った時は割とショックだったのを覚えている。友達、となった今もどうして一枚も撮らなかったのか理由を聞けずにいたりする。
俺とは違って沢山撮ってもらっていた被写体は、燈の想いに全く気づかずに現在進行形でよそ見をしているが。
「見たいなー!」
「やだ。絶対見せない。し、もう撮らない」
「ウチの高校って、確か写真部あるよな?」
「……入部しない」
「そうなの?残念だな」
わかりやすくテンションが下がった燈は俯き黙り込んでしまった。それを見たシマとミハルが助けを求める様に俺を見てきたが無言で首を振ってこれ以上何も言うなと伝えた。そのジェスチャーを見た二人は俺が伝えたい事を理解してくれたのか小さく頷いてくれた。
この高校の写真部は中学の頃とは活動内容が違うから入部した所で燈に得はない。
それにもし、中学と同じ内容の活動でも入部はしなかっただろう。
今の燈は由良断ちをしている最中だから自分から近づいたり関わる機会のある部活に入部する筈がない。
あとバスケ部には由良だけでなく由良の彼女のリナがマネージャーとして入部したから、その二人を見たくないなら写真部になんて絶対に入部することはないだろう。
これだけは断言出来る。
誰だって自ら喜んで傷口に塩を塗って抉りたがる阿呆はこの世にいない。
場の空気を変える為にミハルが咳払いをして手をパンと一回叩いた。
そうすると、俺含めた他の奴は一斉にミハルに注目した。
「つまり、諸君らは何の部活に入部するか決めていないということだね」
「そう、だな」
「何その喋り方……」
「気にすんな。そういうお前は決めてんの?」
「ふふ、聞きたいか?」
「聞きたい」
「えー、まあ、少し気になる」
「聞きたいに傾いてる」
真顔で変な喋り方をするミハルに鬱陶しさを感じつつ、素直に聞きたいと言うと奴はニヤリと笑ってこう言った。
「運動部でもなく、中学の時に入部していた部活でもない……そして、何より魅力的なのがほぼ帰宅部!この部活名を聞きたい人!」
「早くしろ。今日までに決めなきゃいけないんだぞ」
「そうだった!先輩から教えて貰ったんだけどコン部ことコンピュータ部がめっちゃいいらしい!」
「コンピュータ……部?」
「初めて聞くよね!先輩から聞いたんだけど、この部活の顧問の先生がかなーり緩いらしくて出席は紙に丸をつけるだけ!その後は帰ってもよし!で、先生は部活に少し顔出してすぐ帰っちゃう!年間の目標もない!ただただパソコンを触るか帰るかの部活!超よくない?」
「採用!」
「早く書いて出しにいくぞ」
「ホントにそんな部活が……この世に……」
「みんな、一緒の部活にしちゃえば放課後遊びに行けるしいいよね!」
シマの机ではミハルが入部届の紙を書き、俺の机では燈が書いていた。
俺は一足先に書き終わり近くで書いている燈の顔をチラッと見る。
真剣な表情をしてミミズの這っているような字で入部届を一生懸命に書いているのを見て、聞こうとした言葉を引っ込めた。
何も考えずにあれこれ他人の事に首を突っ込むなんて後の事を考えれば触らぬ何に何とやらだ。一時の興味でこれからの学校生活を平穏から遠ざけるマネを自分からする訳にはいかない。
何にしても面倒ごとに自ら飛びこんでいくなんて虫じゃあるまいし、このまま何も知らない振りをしておこう。
人知れず決意と言う名のフラグを立てたこの日から数週間後に早々に回収する事になるとは思いもしていなかった。
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