第4話



「燈、おはよ」


「……はよ」


「……」



後ろから聞こえてくる聞き覚えある二つの声に居心地悪さを感じて、背負っているリュックを無意味に揺らした。

田舎だから電車が頻繁に動く訳もなく、たがら、この二人とは嫌でも登校時間が被る。

俺がいつも乗る時間にしか電車が動いてないなんてとても困る。こればっかりはどうしようもないことだから我慢するしかないのはわかっている。だけど、悪いことばかりでもない。満員電車なんてならない、なる訳ないから席は座り放題だ。真ん中でも端っこでもどこでも誰もいないから好きなとこに座ってゲームが出来る。そこだけは良いところだ。本当にそこしか良いところがない。

友達になったのならば話しかければと思われるかもしれないが、この微妙な空気が漂う中を割って入る勇気は俺になかった。



「それでさ……」


「……」


「……燈、あの」

「由良、見つけた!」



由良の声だけしていた空間に突如甲高い声が聞こえた。タイミングいいと言えばのか悪いと言えばいいのかわからないが、由良の彼女のリナが割り込んできた。

リナは由良しか見えていないのか燈を無視して話しかけまくっている。由良も話せない程のマシンガントークにたじたじになっている時に近くにいた燈はどうしているのだろうかと思っていたら、遠慮がちにチョンと軽く肩をつついて声をかけてきた。由良とリナに気を取られて燈が近くに来たことに気づかなかった。



「……及川、おはよ」


「オ、イタンダナ~。キヅカナカッタ。おはよう」


「……ん」


「……そういえば、昨日ダルコフで遊んでた時にさ……」



予想通りにテンションが地の底になっている燈に息を吐く様に嘘をついてゲームの話を振る。

横目で燈を確認すると死んだような目になってその瞳も心無しか潤んでいるように見えたが気づくも知らないフリをしていつもの様に話しかけ続けた。

暫くゲームや漫画の話をしていたら少し元気を取り戻した燈がキョロキョロと周りを見渡した後に、不思議そうな顔をしながらとある事を聞いてきた。



「……あの二人は?」


「あの二人?」


「……アイと結城」


「あぁ、あの二人は部活があるから俺よりも先に学校に登校してる」


「部活?もう、決めたんだ……」


「あいつらは中学と同じ部活にしたから。入部届けも出してもう練習に参加してる」


「すご。……及川は、部活何する?」


「俺?お前らに何の部活に入部するか聞いて決めようと思ってたから……」


「お、俺も。特に入りたい部活ないし……でも、出来れば運動部は避けたい……な」


「俺も運動部以外に入ろうかな」


「え?」


「え?」


「……及川、運動神経いいじゃん」


「そうか?普通だろ」


「いや、普通じゃない。だって、なんか表彰されてた、じゃん」


「……よく覚えてるね」



動く事は嫌いじゃないけど、高校では中学の時に出来なかった事をやりたいと思っていたから運動部は眼中になかった。

燈は俺が運動部に入部しない事に余程驚いたのか足を一瞬止めた。だけど、背後の地雷を思い出したのかすぐに歩き始めた。

それよりも、燈が由良の事以外を覚えていることに驚いた。

由良以外虫ケラだと思っていそうな燈が俺について知っているとは。

感動のような感心のような或いはそのどちらもごちゃ混ぜになった感情に胸を支配されて顔が綻んだのが自分でもわかった。それは甥っ子が産まれて初めて歩いた時に感じたものとよく似ている。

なんて燈にとっては失礼極まりない事を考えていたら顔に出ていたのか俺を見るなりムッとした表情になった。



「……俺の事なんだと思ってるの」


「いやー……ははは……ねぇ……(由良以外の生物は生きる価値なしって思ってそうとか言えない)」


「……及川?」



俺を睨みつけてくる燈から視線を外して明後日の方向を見る。

そうしなければ今、目を見られたら俺が何を思っているのか見破られそうだったから。

そうすると、燈が俺の前に移動してきて、無理矢理目を合わせてこようとした。

何故か俺もそれに対抗してまた燈がいない方へとまた顔を背けた。

そうやって、暫くの間小さなくだらない攻防を繰り広げた後に目を合わせる事を諦めた燈が大人しく俺の隣に戻り、不機嫌そうな声で話し出した。



「……俺だって、そういう表彰がある集会の時はちゃんと寝ないで、集中して見て聞いてるし」


「あぁ……」



どうやら燈は俺に集会でも寝ていると思われていると勘違いしているらしい。だから、必死に集会では寝ていないと主張をしているようだった。

これを否定して訂正するとなれば、由良の名前を出さなければならない。

それは、避けなければならないと思い否定しないで頷いた後に「ごめん、寝てると思ってた」と言った。

まぁ、ほんの少し寝ているのではとも思っていたからあながち間違いではない。

だって、燈は授業中は大体、……いや、必ず寝ていた。

しかも、気持ちよさそうにぐっすりとだ。

これは、中学の時から変わらない。

今なら夜にゲームしてて寝てないとわかるが中学の時は何故そんなに眠いのか理由がわからず病気なのかと思っていたのはここだけの話だ。……ちなみに、燈のことを見たくて見ている訳ではない。俺の席は昔からいっつも窓際の一番後ろだから嫌でもクラス全体が視界に入ってしまう。席替えをしても窓際の席になるから幼馴染の二人には不正を疑われたりしたが、その度にただ運がいいだけと言うがいまだに信じてもらえない。本当の事なのに。

そして、今回も例外なく窓際の席になり見事に記録を更新することとなったから、この事が幼馴染の二人に知られたら賄賂を渡したのではと疑われる事間違いないだろう。

……話を戻そう。燈は学校にいる時は休み時間しか起きていない。

普通の人からすれば、信じられない話だと思うが紛れもなく現実に起きている出来事だ。

燈は自信無さげな顔をしながら、しどろもどろに俺の言葉を否定した。その声も弱々しく自分自身の事ながら信じ切れていないのが丸わかりだった。



「中学の頃は、そんなに……寝て……なかった、筈……」


「そこは自信持って否定しろよ」


「い、いいや!寝てない!」


「ふーん……?」


「信じてない目してる……」


「シンジテルヨ」


「カタコト!絶対、信じてないじゃん!」



どうにか誤魔化す事に成功した俺は心の中で安堵のため息を吐いた。今のやりとりで元気を取り戻した燈は声も表情も明るくなりさっきとは別人のように顔色もよくなっていた。

そんな俺の心知らずに隣から「今日は寝ないし……」と叶わない事をブツブツと呟いているのが聞こえた。

燈は知らないだろうが寝過ぎてクラスの奴らから密かにあだ名をつけられている。

知ったら怒るだろうから教えないが、燈にとっては少しばかり不名誉なあだ名だった。

燈は考えもしないだろう。

まさか、自分が「眠り姫」なんて愛らしいあだ名がついているなんて。

俺も初めてその名を聞いた時に誰の事を言ってるのかわからなかった。

まさか性別を超えているとは思いもしなかったから、燈の事だと聞いて吹き出したのは記憶に新しい。



「及川?聞いてた?」


「ん?何?」


「いや、だから、キー持ってない?」


「……何色?」


「紫。昨日、殺されて無くしてさ」


「プレイヤー?」


「いや、NPC」


「ださ」


「……敵がわいてくるとこがスタート地点になった所為だから」


「俺だったら、全部殺してる」


「え?この前、同じ状況になって情けない声出して助け求めてた奴いたな。あれぇ?誰だったっけ?」


「……いや、あれは助けを呼んでた訳じゃなくて、目の前の敵、全部倒したら装備の独り占めになるかと思って呼んでただけ」


「じゃあ、部屋の死角で蹲ってたのはなんで?」


「いや……、あそこで迎え撃とうと思ってた所にお前らが来ただけだが?」


「まぁまぁまぁ、そういうことにしときますかぁ」


「しとくんじゃなくて、そうなの。理解出来てる?」


「はいはい」



ゲームの話となると途端に軽やかになる会話のテンポに笑いながら応じる。

どんな話題でもこれだけ喋れたら友達も沢山出来るのに、ゲーム限定でイキイキしながらイキって話すから燈はいまだ俺達以外に友達が出来ていなかった。

だが、本人はそれを気にしていない様だから俺も何も言わずにいた。



「あっ、やべ」


「どした?」


「宿題やってね」


「……おつ。どんまい」


「ミハルに写させて貰うし……」


「……出来ればいいな」



燈は知らないだろう。

この後、俺に写させてと頼み込む事になるとは……。

実は、朝早くにミハルから個別にメッセージが来ていて、その内容が燈と全く同じ内容だった。

敢えて、その事を燈には伝えずに呑気に話し続けた。









「及川様、写させてください!!」


「よかろう」


「え?どゆこと?」


「こういう事!」



楽しそうに笑っているミハルは自慢げに白紙の宿題のプリントを掲げて見せていた。

それを見た燈はゆっくりと俺の方を見て、文句を言い始めた。

俺を見るその目には軽蔑の感情が宿っていたが、宿題をやらない方が悪いと真正面から受け止めた。



「知ってただろ!」


「黙秘します」


「うぅー……」


「……ほら、早く写さないと時間、ヤバいぞ」


「この恨みッ……」


「燈は見なくていいっのな」


「見せてください」



俺の机で必死に宿題を写す三人を呆れながらも邪魔しない様に静かに見守っていると視線を感じた。

誰だろうと視線を送る人物の方を探して見てみると、意外な人物がこちらを見ていた。



「……こわ」



由良がいつもの人の良さそうな顔ではなく、能面の様な何を考えているのかわからない表情でこちらを、いや、燈をジッと見ていた。

ホラー映画を観た後の様に鳥肌が立ち、何も見なかった様に取り繕いながら視線を逸らした。

目があったら、即死のヤツだったなと一人安堵していると燈と目があった。



「どした?」


「いや……こわって聞こえたから」


「……あと少しでチャイム鳴るぞ」


「え!?マジだ!」



腕時計を見せながらそう言うと、他の二人の様にまた黙々とプリントを写し始めた。

由良が見ていた事を伝えた方がいいのかもしれないが、俺には関係ないし巻き込まれたくないから黙っている事にした。

頬杖をつきながら今日の弁当の中身はなんだろとくだらない事を考えながら欠伸を一つしながらチャイムが鳴るのを待った。



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