第3話 ③



「やっと、休み時間やね!」


「ん。つっかれたぁ……」


「おつかれおつかれ!じゃ、行こっか!」


「え、何処に?」


「燈を友達に紹介してオレの友達を燈に紹介しに!」



そう言うとミハルは俺の手を掴んだ。

急かす様に引っ張るミハルを宥めながらついていく。俺達の席は廊下側の後ろのドアに近い位置にあるのだが、ミハルが向かったのはその反対の窓際だった。

そこは、俺が密かに羨ましいと思っていた席の窓際の一番後ろの席だった。

その席は誰だっただろうかとチラリと見ると目と目があった。



「よっ!シッマ!」


「おー。ハル。どした?」


「オレ、新しい友達出来たん!だから、紹介しにきた!こちら、燈!」


「う、うす……」


「固い固い!オレ達、同い年!ゲーム、スキ!オレラ、トモダチ!」


「なんで、カタコトぉ?」


「オレはシマ。よろしくな」


「(スルー……)あ、よろしく……」


「で、こっちが……」


「いや、知ってる。……及川、だろ」



黒髪に茶色の洒落たメッシュを入れたミハルの友達のシマに、保育園から見慣れ過ぎてる黒髪の目つきの悪く表情筋が葬られてることで有名な及川がいた。よく恐い人と勘違いされる事もあるが、見た目に反して中身は誠実でユーモアもあって文武両道で良い奴だ。

そんな奴だから俺の中での及川は王道漫画の主人公みたいな存在だと密かに思っていたり。

クラスの中心にいて誰とでも話せて、見た目と反して運動神経が良くてどんなスポーツでも卒なくこなしてしまう。モテない訳がないのだけど、とある理由で及川を好きになった人はすぐに諦めてしまうんだけど、まぁ、その話はまた後にしよう。

何度か由良を通して及川と話した時があるけど、俺当ての問いかけに由良が答えてもちゃんと俺の事も見て話してくれていた。

そんな奴は珍しいから、俺も及川と話す時は視線を合わせる努力をいつもしていた。

けど、俺達の繋がりはたったそれだけだった。

保育園から一緒の癖してほぼ話した時がないとかあり得ない話だと思われそうだが、これが驚く事に現実の話だ。

俺も当人だけど驚いてる。

でも、仕方のないことだ。俺の隣には由良がいたが、及川の隣にはアイと結城がいた。

おまけに結城はやたらと過保護だしアイは及川にべったりだしで話す隙もなかった。ま、俺もあの時はそんな状態の及川に話しかけるなんて、そんな度胸は持ち合わせていなかったし。



「あれ?知り合い?」


「ん、いや、同中」


「あー!なる!」


「燈、お前……友達出来たんだな……」


「え?ま、まぁ……な……」



及川から生暖かな視線と噛み締める様に言われた言葉に、由良以外の初の友達が出来たという事実を思い出し、小躍りしそうなほどの嬉しさが蘇ってきた。ミハルの友達と認識された事にニヤけそうになるのをグッと我慢した。

今、笑ったら絶対に変顔になる事間違いない。

その間にシマが俺と及川の間に流れる微妙な空気に気づいてストレートに理由を聞いてきたりという出来事があったが割愛する。

だって、本題は別だから。

ミハルがソワソワしている俺に気づいたのかゲームの話題を出してくれた。



「ところで、及川くん!君、ゲームは好きかね?」


「え?好き、だけど?」


「え!?」


「え?何?」



急な話題転換に驚いたのか普段は覇気のない目が大きく見開いた後にパチパチと瞬きをしていた。その顔は見た時ないもので、コイツでもこんな顔、というよりもそんなに目開くんだと新たな発見をした。

いや、それよりも今は及川が何と答えたかが大事だ。

保育園から一緒なのにゲームが好きな事を今初めて知った。こんな近場に同士がいたことに喜びかける自分に待てを命じた。

もしかしたら、超世界的な人気ゲームの配管工のおじさんが好きって事かもしれない。あと、車のレースゲームとか。

あれはゲームだけどそうじゃない。ああいうのは陽キャがよく言う好きなゲームだ。あのゲーム自体は面白いけど、俺が望んだ答えではない。

及川にちゃんと確認しなければと思い、勇気を出して聞いてみた。



「ち、ちなみに、何のゲーム、好き?」


「え?……一本に、絞るのはな……。普通にムズイ」


「じゃあ、今ハマってるゲームは?」


「んー、ん?……それなら、ダルコフ?」


「え?まじ!?俺も、好き!」



ついにあれだけ我慢したのに、及川の言葉で顔がニヤけてしまった。同じゲームが好きだとわかった途端にあの我慢は一瞬で無駄なものとなった。

そんな俺を見て及川は鳩が豆鉄砲を食ったような顔していたが、それも一瞬ですぐに笑顔へと変わっていった。

そこから、俺達は秒で仲良く……は言い過ぎた。

少しずつ少しずつ距離を縮めていった。それこそカタツムリ並みの速度で。

学校で話す以外にもSNSアプリで連絡先を四人で交換していつでも話を出来るようにしたのだが、最初はSNSアプリの中ですら俺と及川はぎこちなく何処か距離が遠い感じで会話は続かなかった。ミハルとシマとは会話が続くという謎な状況にまたシマにツッコまれたのは言うまでもない。

でも、学校で会って話したりシマとミハルを交えたSNSアプリで四人だけで話せる様にサーバーを作成してシマとミハルに間を取り持って貰いながら話し、土日になれば四人でゲームをしてたら気づけばぎこちなさも消えて、代わりに十年来の友達みたいな距離感に変貌していた。



「燈。今日は……」


「……わりぃ。及川達と食べるから」



由良から話しかけられるも先約があると断れる様になり、心はだいぶ穏やかに過ごせるようになっていた。由良が彼女と話しているのを見てもなんとも……ない訳もなく、けれども、胸が痛むには痛むが前ほどでは無くなってきていた。

それもこれも全部あの三人のお陰だ。

失恋によって出来た傷は新たな出会いによって段々と塞がれてきていた。



「……燈、お前……毎日メロンパンで飽きないか?」


「ぜんっぜん」


「甘いの苦手なオレは食べてるの見てるだけでも吐きそ……てか、匂いも無理」


「えー、オレはメロンパンの中に生クリームが入った奴のが好き!」


「ミハル……、わかってんねぇ」


「わからん……」


「右に同じく。……メロンパンはクリームのが上手い」


「ここにきてまさかの裏切り?味方なし?ウソだろ……」




及川は時々何か言いたげな視線を寄越すが、寄越すだけで特に何かを言われた事はない。

今もそうだ。ジッとこちらを見ただけですぐに俺の手元のメロンパンへと視線を移した。

でも、その目を見る度に及川は俺が由良のことをどう思っているのか知ってるのではないかとビクビクしていた。

そんな筈は無いと思いながらも、心の中にちょっとの疑心が芽生えてきていた。

そんな時だった。











「燈」


「ッはぁっはあっ!!」


「待てって」


「はな、せッ!」



ある日の放課後に立ち聞きしていたら、罰(ばち)が当たった。

及川と二人、下駄箱前の廊下でシマとミハルを待っていた時だ。

最近遊んだ新作のゲームの話で盛り上がっていると、上の階から誰かが降りてきたのか話し声が聞こえた。声からして男二人だったが、その内の一人の声は嫌というほど聞き覚えがあった。

この声は由良だ。

今日は彼女とは帰らずに友達と帰ろうとしているらしい。そんな日もあるかと及川との話に集中しようとした。

階段を降りてきて由良の声がはっきりと聞き取れる位置にきた所で聞こえたとある言葉の所為で頭が真っ白になった。

由良の声で言われたその言葉の破壊力に思考も身体も固まった。

幸い、由良は俺の存在には気づかずに通り過ぎて、靴を履き替えて帰って行ってしまった。

由良の背が見えなくなった瞬間に俺は我武者羅に走りだした。

及川がいない方向に、今、俺が出せる全ての力と体力を使い走り出した。けど、真っ当なインドア派な俺は一瞬で運動神経のいいインドア派の及川に捕まり、何故か自宅へと招待された。

どうして、このタイミングでそういう結論に至ったのか全くわからない。いつもは顔を見れば何考えてるのかわかるのに今日だけは及川の顔見てもわからなかった。

ほっといてほしくて断ろうとするが、俺が「はい」と言うまで及川も引く事は無い気配を察知して嫌々頷いた。

状況が状況だから由良以外の友達の自宅に初めて行くという大変喜ばしい出来事なのに一ミリも嬉しいとは思えないまま及川宅へと向かう。明日は休みだから泊まらないかと言われて今度こそはと断ろうと口を開いたら、及川はそれを見越していた様でとあるゲームの名前をボソッと呟いた。

そのゲームは俺が遊びたくて堪らないと言い続けていたもので、ゲームの名前を聞いた俺は秒で泊まると答えたのは言うまでもない。

そうして、招かれた及川の自宅で親御さんが帰って来るまでゲームをして、夕食の時間になると驚くべき秘密を知るのだった。

そこでやっと自宅に招かれた理由がぼんやりと理解出来た。

及川の秘密を知り、いや、教えて貰って及川とは友達以上の何かへと関係が徐々に変わっていくが、それはまた少し先の話。



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