第8話
「お加減は大丈夫ですか、カレン様」
「はい……ありがとうございます…」
「慣れない長旅ゆえ負担を強いてしまい、本当に申し訳ありません。しかし、目的地のアルバース王国王宮まではもう少しです。あと少し、ご辛抱ください」
「わ、分かりました…」
グレムリー伯爵によって手配された通り、カレンを乗せた迎えの馬車は一路、アルバース王国を目指して進んでいた。
今は移動の真っただ中ではあるものの、少し休憩の時間を設けようとトリトスが判断し、二人は以上のような会話を行っていた。
トリトスは馬車に乗ってからずっと暗い雰囲気を醸し出すカレンの事を心から心配しており、こうして休憩の時間をとったのもカレンのことを思ってこそであった。
「(カレン様、どうしてそんな暗いお顔を…。長らく待ちわびたご家族の再会であるというのに、なにか喜べない理由があるのだろうか…)」
トリトスにはカレンの暗い雰囲気が心配であると同時に、不思議で仕方がなかった。
これから向かうアルバース王国には彼女の訪れを心待ちにしている者が多くいるというのに、彼女は盛大にもてなされて王宮に受け入れられるというのに、どうにもそんな雰囲気を感じられなかったからだ。
「カレン様、なにかご不安な事がありましたら何なりとおっしゃってください?」
「はい…。本当に大丈夫なので…」
「そ、そうですか…」
トリトスの声掛けはここでも実を結ぶことはなく、カレンはその心を開かないままだった。
しかし、カレンがそのような雰囲気を発するのも無理はなかった。
なぜなら彼女は、一体どうして自分がアルバース王国に行くこととなったのか、その本当の理由を知らなかったためだ。
むしろそれどころか、自分はグレムリー伯爵に見捨てられ、アルバース王国に売られてしまったのだという伯爵の言葉を彼女は信じており、そんな中で喜びの雰囲気を見せる方が無理な話だと言えた。
「(カレン様…。きっと向こうで何か嫌な目にでもあってきたのだろうか…。でも大丈夫ですよ、アルバースではそこにいる全員があなたの味方です。これまであなたに非道な行いをしてきたものがもしいるのなら、王宮の全員が総出であなたのために復讐を決行することでしょう。あなたはそれほどに求められ、アルバースに向かうのですから)」
トリトスは心の中でそうカレンへの言葉をつぶやくと、そのまま馬を出発させる準備にとりかかっていく。
彼らが目指すアルバース王国王宮は、もう間もなくだ。
――――
その一方、カレンがいなくなった伯爵家では妙な空気が広がっていた。
「カレンがいなくなったらスッキリするものだと思ってたけど、全然じゃない…」
「なんのつもりなのエレナ…。なんだかまるで自分がこの屋敷の主にでもなったかのような口ぶりじゃない…」
カレンがいなくなった後、伯爵家ではエレナが早速周囲の人々に大きな態度を取り始め、屋敷の中で自分の好き勝手な行動を見せていた。
当然そんな彼女に対しては大きなヘイトが集められるが、当の本人はそんなもの全く気にする様子もなく、むしろこうなることを待ち望んでいたかのような雰囲気を醸し出していた。
「残念だったなぁ…。カレンのやつ、最後には泣き叫んでアルバースになど行きたくはないと涙を流しながら駄々をこねてくれるかと思っていたんだが…」
「私も本当に残念でした。せめて最後くらい、お世話になった私たちの事を楽しませてほしかったものです。何も言わずに静かーにいなくなられるのが、正直一番面白くないですもの…」
伯爵室の中にて、二人は普段とあまり変わらない内容の会話に華を咲かせていた。
カレンがいなくなった今、伯爵の婚約者の立場にはエレナがつくこととなり、正式な発表こそまだではあるもののエレナはもう完全にそのつもりでいた。
「しかしまぁ、カレンはこれから先も我々の事を楽しませてくれるとは思うぞ?なにせ私は向こうの王室とつながっているのだ。カレンが面白い姿を王宮でさらしたなら、その情報は必ず私の元にも届けられるのだから」
「あぁ、はやくなにかやらかしてくれないかしら…。到着するやいないやあっちの王様をひどく怒らせて、即刻ひどい罰が与えられたりしないかしら…」
「そうなったらその罰が与えられる瞬間を見に行きたいものだな」
カレンに対する謝罪の言葉がないどころか、どこまでも彼女の存在を軽んじてもてあそぶ二人。
その態度が封印されることになるまでそう時間はかからないという事を、この時の二人はまだ想像だにしていなかったのだった…。
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