第7話
「婚約破棄だとは聞いていたけど、まさか隣国に島流しをされることになるだなんて…♪」
「私たちが想像していた以上だったわね!きっとろくでもない最期を迎えることになるだろうとは思っていたけれど、ここまで面白いものを見せてくれるだなんて…」
「もう目も当てられないくらい伯爵様から愛想つかされちゃったのねぇ。まぁ自業自得だけれど♪」
カレンが隣国に売られるという話は瞬く間に伯爵家中に広まっていき、その事を知った者たちはこぞってカレンの事をあざ笑っていた。
これまでのカレンだったなら、心の中でそれらの声に対して反抗心をあらわにし、伯爵に認めてもらう事でその口を黙らせようとしたことだろう。
しかし、伯爵から直接告げられた婚約破棄によってその希望も立たれてしまった今、もはや彼女にそれらの声に反骨するほどの勇気や気力はなく、ただただ黙ってその時がくるのを待つしかできなかった。
「伯爵様、お迎えというのはいつ頃来られるのですか?」
「もうそろそろだと思うが…」
窓から屋敷の外の様子を見つめながら、エレナとグレムリーはその時の訪れを待ち遠しそうにしながら互いにそう言葉を交わす。
2人もまた使用人たちと同じく、隣国の使者によってカレンが連れていかれるところを見るのが楽しみで仕方がないのだろう。
「それにしても、一体どのような形でお迎えは来られるのでしょう?ある意味奴隷を運ぶようなものですから、そんな大げさな馬車などは来ないと思うのですが…?」
「そりゃあそうだろうが、まぁそこは楽しみにしておこうじゃないか。もしかしたら、カレンが馬に引きずられて運ばれていく様を見られるかもしれないぞ?」
「そんな面白い光景を見せてもらえたら、私カレンには心から感謝の言葉をプレゼントしますわ。今までのむかつく雰囲気が全部受け入れられるほど楽しい時間になりそうだもの♪」
「あるいは、人力で引きずられて行っても面白いな。間違いなくカレンは自分の足で歩くことを強要されるだろうから、あんな細い体では間違いなく途中で倒れることだろう。そんな時、迎えに来た者たちに引きずられていく様を想像したら、それもなかなか面白いとは思わないか?」
「伯爵様は相変わらず想像力が豊かでございますね!確かにそういうパターンもありそうで……」
カレンの今後についての話に花を咲かせる二人。
そんな二人のもとに、待ちわびていた知らせが使用人からもたらされる。
「伯爵様、アルバース王国の使者の方がお見えです」
「おぉ、来たか!よし、早速向かうこととしよう!」
伯爵はうっきうきな様子で身支度を整えると、まるで遊びに出ていく行く子どものような雰囲気を放ちながら使者の待つ場所を目指して駆けだしたのだった。
――――
「クヴァル国王からの指令を受け、本日カレン様の事をお預かりさせていただきます、トリトスと申します」
「は、はるばるご苦労様です…」
「早速ですが、カレン様はどちらに?」
「ま、間もなく来るかと思いますが……えっと、その……」
「…あの、なにか?」
きちんと約束の時間に、約束の場所に現れたトリトス。
しかしそんな彼の事をグレムリーはやや不思議そうな表情を浮かべて見せ、トリトス自身もそんなグレムリーの雰囲気に疑問を感じ、質問を返した。
「カレンの事は、その立派な馬車で運ばれるのですか?」
「もちろん。国王様からは、絶対にカレン様に不快な思いをさせないようにと厳命を受けておりますので」
「そう…ですか…」
カレンがどれほどみじめな方法で運ばれるのかを楽しみにしていた伯爵は、目の前に用意された立派な馬車の姿を見て非常に残念そうな表情を浮かべる。
そしてそれは伯爵のみならず、その様子を屋敷の中から凝視する使用人たち、さらには伯爵の新しい婚約者であるエレナまでも伯爵と同じ反応を示していた。
「なによ……まるでどこかのお姫様が乗るみたいな馬車じゃない…」
「みじめな運ばれ方を期待してたのに……最後の最後まで生意気でむかつくわね……」
そんな声を浴びせられながら、屋敷の中から出発の準備を整えたカレンが姿を現す。
彼女はその場にいる誰とも、伯爵とも視線を合わせることなく、顔をうつ向かせたままゆっくりと馬車の方に向かって歩いていく。
「カレン様、こちらにどうぞ。到着までの間、少し不便をおかけしてしまう子になりますが、どうかご容赦くださいませ」
カレンに対し、トリトスは非常に丁寧な口調でそう言葉をかけた。
それはまるで、一国の王族令嬢に対する騎士のふるまいのように見て取れ、その光景を見た伯爵たちはますますその脳内を混乱させていく。
一方、カレンはそんなトリトスの声掛けに対してコクリとうなずいて返事をした後、そのまま豪華な装飾が施された馬車の荷台へと足を動かし、そのまま中に乗り込んだ。
「それでは、私はこれにて」
「あ、あの……(ほ、ほんとにこのまま行くの??こ、こんなにもあっけなく…?)」
「あぁ、そうでした。後ほどクヴァル国王様から改めて挨拶があるかと思いますので、その時はよろしくお願いいたします」
「こ、こちらこそ…」
「では」
トリトスは慣れた手つきで馬にまたがると、そのまま馬の足を出発させた。
…伯爵たちはただただ黙ってその背中を見送るほかなく、期待した光景が全く見られなかったことに気を落とすのであった…。
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