第6話

これまでの頑張りが一切認められなかったカレンは、自室で一人涙を流していた。

突然に告げられた婚約関係に始まり、そして再び突然に告げられた婚約破棄。

受け入れるにはあまりに苦しく悔しい感情が、彼女の心を強く押し潰していく。


「(私、今まで何のためにここで頑張ってきたんだろう…。周りからは酷い言葉をかけられ続けて、それでも伯爵様だけは私の味方をしてくれるって思って、信じて頑張り続けてきたのに…。その結果がここから追い出されるばかりか、隣国へ売られる結末だなんて…)」


アルバース王国に関しては、カレン自身も様々なうわさを耳にしていた。

一般的に噂と言うのは良い噂から悪いうわさまであるものの、ここで言う噂は後者の方であった…。


「(最近は新しい王様が即位されたけれど、それ以前の体制はもうひどい有様だったって…。国の中では内乱が続いていて、飢えて死んでしまう人も多いって…。女の人は体を売るのが当たり前で、それができない人は誰からも相手にされなくなるんだって…)」


彼女が周囲からかけられていたアルバース王国に関する噂話は、実際にはそのほとんどが伯爵自身からかけられたものであった。

彼女の事を一方的に婚約破棄の上に国外に追放するような、目も当てられないほどいい加減で愚劣な性格の持ち主であることを冷静に考えれば、彼が言ったその内容もどこまでが本当なのか再考の余地は大いにあるものの、今のカレンがそこまで冷静になれるはずもなく、伯爵の言っていたことはすべて事実なのだと思わずにはいられなかった…。


「(…隣国の人が私みたいな、面識も何にもない人間を欲しがってるってことは、きっとそう言う事だよね…。伯爵様に捨てられた哀れな女、みたいな看板をつけられて、見せ物にされるんだろな…)」


心の中で震えながらそう言葉をつぶやくカレン。

今やこの屋敷に彼女の手を取ってくれる者は誰もいないばかりか、この屋敷の外にあってもその状況は全く同じであるように思われた。


…しかし、彼女は後に知ることとなる。

この婚約破棄の裏には、そして隣国からのアプローチの本当の理由は、全く別の所にあったのだという事を…。


――――


「伯爵様、カレンが隣国に旅立つまであと半日もありませんわね。彼女がその心の中でどれほど絶望しているのか、想像するだけでもワクワクしてたまりません♪」

「まぁ、カレンだって覚悟はできていることだろう。少なくとも最後の最後までこの僕の役に立つことができたという事なのだからな」


エレナはなまめかしい雰囲気を放ちながら、自身の手を伯爵の首元へと回していく。

必然的に二人はその距離を近しいものとしていき、互いの体温を感じ取りながらこう言葉を続けていく。


「アルバース王国では、新しい王子様が即位されたのでしょう?カレンはその王様からいいように利用されるのでしょうねぇ…。私だったら絶対に嫌だわ…」

「まぁ、彼女を待ち受ける運命はそんなところだろうな。明日別れの言葉を交わしたなら、もう二度と会うこともないだろう。今夜はせいぜい、気のすむまで自分の部屋で涙を流してもらおうじゃないか」

「同情なんて必要ありませんわ。元々身の程も考えず、伯爵様の隣に立とうなどと考えたこと自体が無礼極まりない事だったのです。…あんな女に婚約を申し込んだ伯爵様も伯爵様ですけれど、普通に考えたならそんなものはただの社交辞令だと思うのが普通の神経でしょう?それを本気にしてここまでついてくるだなんて、正直このお屋敷の女たちはみんな吐きそうな思いを抱えていましたよ?」

「おっと、まさかそこまで君たちの事を不快にさせてしまっていたとは…。ただまぁ、それも今をもって決着したというものだ。もう僕は婚約破棄などする必要も、周囲から婚約における嫌悪感を抱かれることもない。エレナという、未来を託せるに値する女と出会えたのだから…♪」

「あら、またそんなことを言って…。私って見かけよりもそういう言葉に弱いので、どこまでも本気にしてしまいますよ…?」


エレナはそれまで以上に伯爵との距離を近づけ、体を密着させていく。

ここには二人の関係に口を出すものは誰もおらず、誰に遠慮をする必要もない。

グレムリーはそんなエレナの雰囲気に身を任せ、彼女の体を自身の元まで抱き寄せると、その耳元でこう言葉をつぶやいた。


「エレナ、君を伯爵夫人として迎え入れる。ずっと僕の隣にいて、僕の事を癒し続けてくれ」

「♪♪♪」


――――


そして翌日、ついにカレンがアルバース王国へと旅立つ日を迎えたのだった…。

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