第5話
カレンが何も知らない裏で、すでに決着のついていた婚約破棄。
この状況でどれだけ抗議の声を上げようとも結果が変わらないであろうことは、カレン自身が一番よく理解していた。
「さて、カレン。アルバース王国の使いの者は明日にでもここにやって来て君の事を向こうに連れて行くそうだ。失礼のないよう、きちんと準備をしておいてくれたまえ。私の名前に恥などかかせないでくれよ?」
「よかったではないですかカレン様!あぁ、もう伯爵夫人ではないから敬称はいらないかしら。よかったじゃないカレン。アルバース王国と言えばついこの間新しい王様が即位したばかりで、王宮の内部はかなり混乱に包まれている状態らしいじゃない。あなたがその中でうまく立ち回れば、王子様の婚約者になることだってできるかもしれないわよ??」
「そうだそうだ、カレン、君なら必ず第一王子夫人となることができるだろう。そうなった時には我々との関係を良きに取り計らってくれるのだろう?少なくとも今までの時間を共に過ごしたもの同士なのだから」
「まぁ、そんなことができればの話だけれど♪」
「ぷっ…♪」
そのような事があり得るはずがないと言わんばかりの口調で、二人は互いにそう言葉を発した。
アルバース王国に連れていかれた後のカレンの境遇は、普通に考えれば良いものではないであろうことは誰の目にも明らかであり、二人はその事をカレン自身に知らしめるかのような口調でそう言葉を重ね重ね続けて発していた。
「それじゃあ伯爵様、早速私たちの関係をみんなに教えて差し上げましょう!きっとこのお屋敷のみんなも喜んでくれるわ!」
エレナは伯爵の手を取りながら、彼の事を急かすようにそう言葉を発した。
おそらくは一刻も早く伯爵との関係を確かなものとし、その事を周囲の他の使用人たちに知らしめたくてたまらないのであろう。
自分はお前たちよりも数段上の立場になったのだ、と。
「まぁ焦る必要はない。まずはカレンの後始末をきちんと行うのが先だ。エレナ、急がずとも私の目はもう完全に君の事しか見ていない。他の者に奪われることなどないから安心するんだ」
「伯爵様…!ありがとうございます!私も同じ思いです!伯爵様以外の事を見ることなんて絶対にありません!」
「うれしい言葉を言ってくれるな。君がそこまで喜んでくれるとは、私もいろいろと交渉を頑張った甲斐があるというものだ♪」
ついさきほどまでカレンとの婚約関係があったとは思えない、いったいどの口がそんなことを言うのかと返さずにはいられない伯爵のその言葉。
しかしエレナは自分がカレンと同じ目にあう事などないと確信しているからか、そこに不安感は全く抱いておらず、自分に対する凄まじい自信を放っていた。
「それじゃあカレン、後は好きにするといい。本当ならもう赤の他人になった君の事をここに残す道理もないが、まぁ私は優しいからな。明日の迎えが来る時間までここで過ごすことを許可しよう」
「まぁ、さすが伯爵様!そのお心の深さに私はますます心惹かれる思いです!」
「そうか?いやいや私がこうして心を清らかにしていられるのも全部君のおかげだとも」
「まぁ!伯爵様ったら!」
カレンに向けてかけられた言葉であったものの、結局二人は自分たちの世界に戻って会話を繰り広げていく。
当然そこにカレンが入る隙などあろうはずもなく、彼女はあふれる様々な思いたちを自身の心の中に封じ込めることしかできないのだった…。
――――
「出てきたわよ!見てよあの暗い顔!やっぱり伯爵様からの用事って婚約破棄だったんだわ!」
「ほんと、頑張ってるアピールがうざかったからざまぁないわね。私ああいう偽善女が一番嫌いなの」
「それに、カレンが婚約者じゃなくなるってことはまた別に新しい人が選ばれるって事でしょ?私にもまだ可能性があるってことじゃない!」
「そういう可能性を作ってくれたって意味では、カレンに感謝しないといけないわね。まぁそれ以外に彼女に存在価値なんて一つもないのだけれど…♪」
グレムリーの自室の中から、暗い顔をしたカレンが出てきたところを陰から見ていた使用人の女たちは、それぞれ思い思いの言葉を小声で発していた。
しかしその声はカレンの耳には届く程度の大きさであり、カレンは自分に対する攻撃的な言葉たちの前にその全身をさらされる。
しかし、すでに伯爵から一方的に婚約破棄を告げられてしまった今の彼女には、普段のように心の中で堂々と反論をすることさえも許されず、彼女は泣き出しそうな声を殺して使用人たちの前をただ黙って横切ることしかできないのだった…。
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