第3話

カレンが伯爵の部屋に入っていったところを目撃していた使用人たちは、その表情を大いに色めき立たせながら会話を弾ませていた。


「伯爵様からの話、絶対婚約破棄の事だと思うんだけど、みんなどう思う?」

「絶対そうに決まってるわ!そもそもありえないでしょ!なんであんな地味でかわいげのない女が伯爵様の婚約者になったわけ??そんなの誰も幸せにならないから」

「ほらほら、私がずっと言ってた通りの展開になったでしょ??最初からおかしいと思ったもの」


時折クスクスと笑い声を挟みながら、彼女たちはそう言葉を交わす。

その雰囲気は明らかに、カレンがここから追い出されることを期待してやまないというものを示しており、異を唱える者は誰もいなかった。

…そしてそんな使用人たちの中に一人、周りよりも一段と深くしたたかな笑みを浮かべる人物がいた。


「(ざまぁないわねカレン、もとからここにあなたの居場所なんてないのよ。伯爵様のためだとか言っていろいろ頑張ってたみたいだけど、結局それだって偽善でしょ?自分が周りからよく見えることしか考えていないのでしょ?私たちそういうのって本当に嫌いなのよねぇ…)」


それは他でもない、グレムリーから直接愛の言葉をささやかれる関係にあるエレナであった。

彼女はカレンに対しての嫌悪感をその心の中につぶやきながらも、同時に今自分の周りにいる女使用人たちに対しても心の中でこう言葉をつぶやいていた。


「(今はカレンの事を寄ってたかって笑うしかできないあんたたちだって、カレンの事を笑っていられるのも今だけよ?だってカレンが婚約破棄された後は、この私が伯爵様の婚約者となるのよ?そうなったら生意気なことを言うあなたたちの事なんて真っ先にここから追い出してあげるから♪)」


グレムリー伯爵との婚約をすでに確信している様子のエレナは、まだ二人が何を話しているかも分からない段階ですでに周りの他の使用人たちの事を見下し始めていた。

グレムリーとエレナは年齢を同じくする幼馴染であることは確かな事実であり、互いの性格などもよく知っている仲であることもまた事実であるものの、彼女がその心の中に抱いている婚約理由の大きなものを占めるのは、周りの女たちを出し抜きたいという思いからくるものが強かった。


「(私とグレムリー様はもう相思相愛…。あなたたちがカレンの悪口ばかり言っている間に、私はもう彼との関係を確かなものにしているのよ…♪。この事が伯爵様のお口から正式に発表された時、この女たちが一体どんな反応を見せてくれるのか今から楽しみでならないわ…♪)」


与えられた仕事をよそに、伯爵とカレンの会話で持ちきりな使用人たち。

そんな彼女たちのもとに、話題の渦中と言える人物からの声が届けられる。


「エレナー!!私の部屋まで来てくれー!!」


その声の主は他でもない、グレムリー伯爵その人であった。

井戸端会議のごとく一か所に集まっていた使用人たち全員の耳にその声は届けられ、彼女たちの視線は当然お呼びのかかった主であるエレナの方に向けられる。


「な、なんで…、なんでエレナがここで呼ばれるわけ…?」

「今はカレンを追い出すための話し合いなわけでしょ?あなた何も関係なくない?」

「ちょっとまって、あなたまさか…!?」


彼女たちはいぶかし気な視線をエレナの方に向け、彼女のリアクションを待つ。

しかしエレナはそんな彼女たちの期待には添うことなく、ただ黙ったまま伯爵の待つ部屋に向かって歩き始めた。

…もっとも、最後に他の女たちの事を不敵な笑みを浮かべて見つめ返すことだけは忘れなかった…。


――――


「お呼びでしょうか、伯爵様」

「あぁ、よく来てくれた。入ってくれ」

「はい、失礼します」


内心では声を上げて喜びを表現したいエレナであったものの、ここは努めて冷静な表情を浮かべたまま、部屋の中に足を踏み入れていく。

するとそこには、明るく楽しそうな表情を浮かべたグレムリーと、大きくショックを受けたような表情を浮かべるカレンの姿があった。

その光景を見たエレナは、二人の間で一体どのような会話が繰り広げられたのかを一瞬のうちに理解した。

しかしそれを顔に出しては見てくれが悪くなってしまうため、彼女はそのおもしろおかしさを心の中で思いとどめることに必死であった。


「あら、カレン様もいらっしゃったのですね。伯爵様と未来のお話ですか?婚約式典の打ち合わせなどですか?」

「……」


エレナはカレンの表情を見つめながら、わざとらしく嫌味たらしい口調でそう言葉を発する。

完全に意気消沈している様子のカレンはそれに言葉を返すことはなかったものの、その代わりといった様子でグレムリーが言葉を返した。


「カレン、エレナ、そろったな。では改めて本題に移ることとしようか」


グレムリーは二人の事を見つめると、コホンを咳ばらいをして息を整えた後、はっきりとした口調でこう言葉を発した。


「私はカレンとの婚約をここに破棄し、その代わりにエレナとの婚約を結ぶことを決めた」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る