第二十話 新たな同行者
あれからもいくらか市場を巡り、消耗品の補充や食料の買い足しをした僕は、安全を優先して宿を取り、身体をしっかりと休めた。
コミュニティ内の適当な場所で寝ればタダだけど、それだとさっきのような賊に襲われる可能性が高いからね。
そして、次の日の朝。
目を覚ました僕は、朝である事をコミュニティ内にある歯車式の大時計で確認すると、ここを発つべく出入口へと向かって歩き出した。
「あ、もう来てたんだ」
待ち合わせ場所である出入口に辿り着くと、そこには既に翔が居て、僕を待っていた。
だけど、横に知らない女の人が居る……翔の知り合いかな?
大方、見送りだろう。
そう思いながら、僕は小走りで翔の下へ駆け寄った。
「お、来たか。奏太」
翔は僕が来た事に気付くと、腰に手を当ててそう言う。
「うん。待った?」
「いや。俺もついさっき来たばっかだから……あ、これガチね?」
待たせたかなと心配したが……この調子なら多分、大丈夫だろう。
そう思った僕は、出入り口の扉へと続く通路を一瞥しながら口を開――こうとした瞬間。
「おーこの子がお兄ちゃんの言ってた奏太君か~。思ったよりもちっちゃくて可愛いなぁ~」
翔の隣に立つ女性が、明るい声でそう言ったかと思えば、いきなり僕を抱き寄せてきた。
そして、子供にするような感じで、僕の頭をなでなでする。
「え、ちょ……」
害意は一切無く、そして突然という事もあってか、僕は目を白黒させながら困惑の声を漏らした。
害意が感じない故、いきなり邪険に扱う事も出来ず、どうしたものかと思っていると、翔がやれやれといった様子で肩を竦めながら口を開く。
「おい、
「うー……分かったよ、おにーちゃん」
翔の言葉に、陽菜と呼ばれた彼女はどこか不満げな顔をしつつもそう言って、すっと僕から手を引いた。
そうして解放された僕は、気を取り直して口を開く。
「ありがと、翔……それで、その人は?」
「ああ。こいつは、俺の妹の陽菜だ。陽菜は
そう言って、妹――陽菜の右肩をポンと叩く翔を前に、僕はなるほどと言葉を漏らした。
ただ、身内だといざという時に僕を切り捨てでも助けようと無意識にでも考え、行動してしまうのが人間。
手が増えたと喜ぶ半面、気も抜けなくなったと思った方が良いかな?
そう油断なく状況を分析していると、陽菜が明るい声で言葉を紡いだ。
「てことで、よろしくね。奏太君! 私の事は、おねーちゃんと呼んでくれてもいいんだよ?」
「うん、分かった。よろしく。陽菜」
「おおう、まさかの呼び捨て……これはちょっと想定外だな~!」
僕の言葉に、陽菜はそう言っておどけて見せた。
……なんだか調子狂うなぁ。でも、言動が少しばかり翔に似ている……兄弟だからなのかな。
まあ、僕はお兄ちゃんと全然似て無いけど。優しさの欠片も無いし。
「ま、つーわけだ……取りあえず、さっさと行くか。途中で日が暮れちまったら、割と洒落にならねーからな」
「そうだね、おにーちゃん。頑張ってしっかりと行くよっ!」
「うん、そうだね。早く行こう」
翔の言葉で、僕は気持ちを切り替えると、2人と共に出口へと続く小さな通路へと入って行った。
そして奥へと進んで行くと、そこには昨日も見た門番の姿が見えた。
「ん? ああ、昨日来た”運び屋”か。で、そっちは……陽菜か。もう出るのか?」
「ああ。依頼が終わったからな。陽菜は、行先が同じだから同行してる感じだ」
「そうそう。頑張って来るねー」
門番の問いに、翔はそう言って軽快に肩を竦め、陽菜は明るくもやや声量を落とした声でそう言った。
門番は2人の言葉に頷きつつ、扉の方に目をやると、口を開く。
「……なるほど。今外に寄生獣は居ないようだし……開けるぞ。言うまでも無いと思うが……気を緩めるな」
「おう、分かってる」
「分かってる分かってる~」
「うん。分かった」
ズズズズズ――
その後、音を立ててスライドする出入口の扉。
それが1人通れる程度にまで開いた瞬間、僕たちはすっと外に出た。
ズズズ――
そして僕たちが出た直後、扉は直ぐに堅く閉ざされてしまった。
ここからはもう、危険地帯――絶対に油断は出来ない。
「さて、と。言い忘れてたけど、私は聞いてた通り、穴埋めで索敵やるね。それでいい?」
「問題ない」
口調は変わらず軽快ながらも、真面目に話す陽菜の言葉に、僕は短くそう言って頷いた。
「うんうん。じゃあ……行こっか」
「だな」
「うん」
そして僕たちは、旧大手町駅コミュニティを目指して歩き始めた。
「……ここかなっ」
タッ タッ タッ
僕は普段と同じようにルートを見つけると、瓦礫と土砂の山に足を掛けながら、迅速確実に上へと登っていく。
「奏太君凄いね~。私より凄いかもっ」
陽菜はそんな僕に感嘆の声を漏らしつつも、しっかりその後を付けて登ってきている。
僕の移動について来れるなら、素人では無いね。
逆に、僕の移動にすら付いて来られないとなれば、どうしようかと思ったよ。
……まあ、翔は妹の事を大事に思っているようだし、それを踏まえてみれば付いていけると確信したからこそ、同行を許したのかも。
そう思いつつ、先へと進もうとした――次の瞬間。
「っ……!」
「隠れて」
僕が嫌な気配を察し、それとほぼ同時に陽菜が小声でハッキリとそう言った。
「モグラ型か?」
僕はそう呟きながら、2人と共に瓦礫の下に身を潜めた。
――それから数秒後。
ズズズズ――
「ギュルルルルゥ!!!!!」
一気に大きく響き渡った地響き、そして後方の地面から這い出て来る1匹の寄生獣。
体長約2.5メートル――鋭く巨大な爪を持つそいつは、やはりモグラ型だった。
ガラガラ――
「なっ」
その刹那、僕たちが隠れている場所の地面が、衝撃に耐えきれずに崩れ始めた。
「急ごう」
ここに居ては、地面の崩壊に巻き込まれながらモグラ型の所まで滑り落ちる羽目になる。
それだけは避けねばと、ゴーグルを掛けた僕は咄嗟に横へ跳んだ。
「はっ!」
その後、再び崩れる地面を蹴って距離を稼ぐと、まだギリギリ安定している足場に両手を掛けた。そして、勢いのまま素早く身体を持ち上げると、そこに足を掛ける。
「……ふぅ」
なんとか足場に乗り移った僕は、小さく息を吐きながらモグラ型の方を見やる。
「ギュルルゥ!!!」
すると、あろうことかモグラ型は僕を狙ってこっちに跳んだのだ。
ああ、先に動いたせいで……か。
しくじったと言うべきか、2人がやられなくて良かったと言うべきか。
まあ、今考える事じゃ無い。
絶対に――生き残るんだ。
「死ね」
バババン!
刹那、僕はリボルバーを抜くと、一気に3発の銃弾を放った。
「ギィリュウウゥゥ!!!!!!」
だが、頭部に銃弾を受けても尚、モグラ型が止まる事は無かった。
ザン!
「ぐっ!」
次の瞬間、モグラ型は一瞬で右腕を横なぎに振るい、爪で僕を横に弾き飛ばした。
そして、飛ばされた僕はそのまま壁に激突する。
「ぐあ……っ! 危なかった……」
跳んで衝撃を和らげなければ、受け身を取らなければ、僕の骨は折れていただろう。
「やらないと……」
だが、まだ終わりじゃない。
あと3発は撃たないと……
僕は痺れる身体に鞭を打つようにして、銃口をモグラ型に向けようとした――次の瞬間。
「させん!」
パンパンパンパン!
「ギュルルルゥ!?!?」
モグラ型を、横から4つの銃弾が襲った。
2発急所は外したものの、2発はちゃんと急所に入ってる。
「奏太君に――何をするっ!」
グサッ!!!!
そして、それとほぼ同時に投擲された手斧が、血を流すモグラ型の頭部にしっかりと食いつき、大きく仰け反らせる。
「やれる――」
その様子を見ていた僕は、その隙に上げた銃口をモグラ型の頭部にしっかりと向けると――発砲した。
パン!
正確に放たれた凶弾は、確実にモグラ型の命脈を断ち切る。
「ギュウウゥゥゥ!!! ル、ル、ゥ……」
そしてモグラ型は、最後にそんな断末魔を残して、地面に崩れ落ちるのであった。
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