第十六話 抱え込む

 詩音さんが、依頼主である望さんの妹である事に、特段驚きは無かった。

 それよりは、詩音さんも言う通り「やはり」……という感情が強い。


「確かに苗字一緒だし、顔も何となく似てるよな~」


 翔も僕と同じ気持ちなのか、身体を伸ばしながらそんな事を口にする。


「ふふっ そう言ってくれると、嬉しいわね。それで、お兄ちゃんからの手紙は?」


「これ」


 詩音さんの言葉に、僕はそう言ってすっと手紙をテーブルの上に乗せた。


「ありがとう。それじゃあ、早速読ませて貰うね」


 手紙を受け取った詩音さんは、そう言って手紙を開くと、その中身に目を通してゆく。


「……」


「……」


 邪魔してはいけないと言う雰囲気的なものなのだろうか……僕も翔もその間ずっと黙り込んでいた。


「……ふぅ」


 やがて手紙を読み終えたのか、手紙をテーブルの上に裏返しで置きながら、小さく息を吐く詩音さん。

 その顔は、どこか嬉し気でもあり、そしてどこか寂し気でもあった。

 だが、直ぐに優し気な笑みを張り付けると、こちらを見た。


「ありがとう。お陰で知りたい事が沢山知れたよ。それと、どうやら仲間を1人失わせてしまったみたいだね。意味は無いのかもしれないけど……ごめんね」


 そう言って、軽く頭を下げる詩音さん。

 なるほど……手紙の内容に、依頼者は3人とでも書いてあったのかな。

 大方そうであろうと予想しながら、僕は口を開く。


「詩音さんが謝る必要はありません。僕のせいなので……僕のせいで、同行者は死んだので。だから、大丈夫です」


「……そう。分かったわ」


 僕の冷えた言葉に、詩音さんは目尻を下げながら頷くと、すっと立ち上がった。

 そして、戸棚に手をやろうとした――すると。


「まま~!」


 我慢できなくなったのか、詩音さんの子供が部屋から出て来てこちらに来てしまった。

 詩音さんは直ぐに戸棚から手を引っ込め、手に持っていた手紙をテーブルの上に置くと、その子供に向き直る。


「お客さんが来てるって言ったでしょう? あと少しだから、それまで待ってて」


「えー……あ!」


 詩音さんの言葉に、どこか不満げに声を漏らす女の子。

 だが、こちらを見て声を上げると、唐突に僕の下へ駆けてきた。

 そして、小さな積み木を片手に口を開く。


「だったら、おにーちゃん! 遊んで!」


「……なるほど」


 初対面であろう僕に対していきなりそう言うなんて……警戒心が無いと言うか、子供らしいと言うか……

 まあ、僕も普通に子供だけどね。周りと比べると、大人びているっていう自覚は、流石にあるけど。


「全く……ごめんね、うちの子が」


 対応に少し困ってフリーズしていると、詩音さんがそう言って子供を部屋に連れ戻そうと歩み寄って来る。


「いや、大丈夫。……僕でいいなら、遊んであげるよ」


 それに対し、僕は気づけばそんな事を言っていた。


「やったぁ! おにーちゃん!」


 僕の言葉に、女の子は嬉しそうに無邪気な笑みを浮かべる。


「えっと……別に、無理しなくても……」


「いいだろいいだろ。奏太だって、ガキなんだ。ガキ同士で楽しく遊んで来い。細かい事は、俺が何とかしとくからさ」


 詩音さんは遠慮がちにそう言うが、そこに翔が助け舟を出すかのようにそんな事を言ってくれた。

 そして、ここまで言われたなら良いかと判断したのか、詩音さんは「お願いします」と、僕に言うのであった。


 ◇ ◇ ◇


「……ふぅ。あんな子供に、気を遣われるだなんてね」


「奏太は結構大人びてるって言うか、達観してるって言うか……ぶっちゃけ、俺と精神年齢は大差ねー気がする」


 奏太と娘が去ったリビングで。

 翔と詩音は語り合う。


「確かに、あんな子供はあまりいないよね。まあ、だからこそ”運び屋”も出来るんだろうけど……」


「ああ……ただ、あいつクソ冷てぇんだよな。控えめに言っても、斗真……死んだ”運び屋”はあいつのミスで死んだようなものだ。んなのにあいつときたら、顔色1つ変えやしねぇ……」


 そう言って、どこか憤りを見せる翔。

 それは、良い意味で人らしかった。多かれ少なかれ、地獄を見る”運び屋”にしては、翔のそれは本当に――人らしく、優しいのだ。

 だが、それは言い方を変えれば甘いとも言う。


「なるほどねぇ~。でも、私にはあの子が冷たい子供だとは、とても思えなかったわ。きっと、何かしらの理由がある筈……その心当たりは無いの?」


 そんな翔を優しく宥めながら、ふとそんな事を尋ねる詩音。


「そう言われても……あ」


 詩音の言葉に、頭を掻きながら過去の言動を振り返った翔は、何かを思い出したかのように口を半開きにして声を漏らす。


(空気重くてつい流しちゃったけど、言ってたな……「苦しさが、痛みが、感じないと思うか!」……だったか?)


 それは、銃口を突き付ける程の激情を見せた奏太の言葉。

 あの時はその言葉を全く咀嚼できていなかったが、今改めて思うと、それは――


「苦しんでたな。塞ぎ込んでたな……あの時」


「そう……やっぱりね。私の夫と一緒」


 ポツリと呟く翔の言葉に、詩音はそう言葉を零す。


「そうなのか?」


「そうよ。優しいから、他人ひとの死を絶対に忘れられない……優しいから、全てを背負う……限界を超えてもね。……うちの子があんなに懐いているのは、そんな夫と似てるからだったり……なんてね」


 どこか懐かしむように、ふと目線を別の部屋に向けた詩音は、そう言って小さく笑った。


「……あんな子供が、色々抱えてるとか。正直考えたかねぇよ」


 そう言って、天を仰ぐ翔。

 だがその顔には、ついさっきまであった憤りは無く、代わりに行き場の無いもやもやとした感情が浮かんでいた。

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