第八話 旧品川駅コミュニティの惨劇

 旧大手町駅のコミュニティを出て、旧東京駅方面へと出た僕たちは、そこから一気に下へと南下していく。

 目的地である旧新宿駅とは全く方向が違うけど……仕方ない。

 凶悪な寄生獣を避ける為には、過剰な大回りをするしかないんだ。


「……だいぶ南下してきたね」


 あまり変わり映えのしない、崩壊した建物が並ぶ景色を眺めながら、僕は呟いた。


「ああ、そうだな。景色的に、そろそろ旧品川駅に着くだろう。その付近で休息を取ったら、五反田の核シェルターコミュニティで一夜を明かそうか」


 僕の言葉に、翔は軽快にそう言う。

 旧品川駅にも昔はコミュニティがあったらしいけど、寄生獣の襲撃で全滅しちゃったんだよね。

 その内、僕たちもコミュニティも終わりを迎えるのかな……そう思うと、無性に怖くなってくる。

 僕が”運び屋”をするのには、それから逃げたいという思いもある……のかな?

 ……自分でもよく、分からないや。


「道理だ……それにしても、奏太。いい加減、何か食べたらどうだ? 歩き始めてもう6時間は経過している。お前に倒れられても敵わんし、食料が無いならある程度は融通しよう」


 すると、斗真がどこか責めるような口調でそんな事を言ってきた。

 だけど、僕は頭を振って口を開く。


「ううん、大丈夫。おじいちゃんから聞いたんだけど、僕は食べなくてもそれなりに動ける体質なんだって。外に居ると、それがよく感じるんだけど……今も、全然お腹空いてないし、あまり疲れても無い」


 理屈とかはよく分からないけど……おじいちゃんがそう言うならそうなんだし、実際そうだからね。

 疲れても無く、お腹も大して空いてないのに食べようとは思わないなぁ。


「……そうか。薄々察してはいたが、お前の祖父はあの黒木勇くろきいさむだったか。元国家特殊研究員の老公ならば、相応の知識は持っていてもおかしくは無い……か」


 すると僕の言葉に、斗真は納得したようにそう言って頷いた。

 今の言葉だけで、僕のおじいちゃんが誰なのか分かるなんて凄いなぁ。

 ……いやでも、僕の世代で祖父と会えたような人はそう居ないし、苗字から大体想像ついちゃうか。


「うん。それで間違いないよ」


「おわーマジか。確かに苗字同じだなーって思ってたけど、あのじーさんの孫なんだ、奏太君。祖父が祖父なら、孫も相当ぶっ壊れってな」


「別に……おじいちゃんと比べたらまだまだだよ」


 翔の言葉に、僕はそう言って頭を振った。

 僕の知識はほぼ全て、おじいちゃんから受け継いだもの。

 だからこそ僕には、おじいちゃんがどれほど凄いのかが分かるんだ。


「……あ、着いたよ。旧品川駅のコミュニティ跡だ」


 そう言う僕の視線の先に見えてきたのは、数多の瓦礫とクレーターのみが残る、だった。


「相変わらずえっげつないなぁ。マジで災害だよ、災害」


「地震や津波といった天災の方が、幾分か優しいのかもしれないがな。この惨劇に比べれば」


 翔は驚いたように声を漏らし、斗真は目尻を下げてそう言った。


「詳しいの?」


「まあ、な。ここは、


「……そうですか」


 会話は、そこで終わる。


 旧品川駅コミュニティで起こった惨劇。

 それは――像型寄生獣の群れによる蹂躙。

 直径5メートルはあるクレーターの数々は、その足跡だ。


 ◇ ◇ ◇


 旧品川駅コミュニティ。

 それは、300人規模の大きなコミュニティであった。


「斗真、気を付けてね」


「ああ。家の事は任せたよ、姉さん」


 そう言って、斗真はいつものようにコミュニティを出た。

 ”運び屋”として、外にある使えそうな物資を運ぶ為だ。


「ふぅ……こんなものか」


 地上へと出て、建物で物資を回収した斗真は、即座に荷物を纏めた。


「「「「バウバウバウ!!!!!」」」」


 すると、そんな斗真を喰らわんとばかりに襲い掛かって来る犬型の寄生獣。


「ちっ 数が多い!」


 そう言って、斗真が向けるのは旧式の38口径リボルバー。


 パン! パン! パン!


 その弾丸は、寸分狂わず犬型の頭部を穿ち抜いてゆく。


「残りは温存するか」


 だが、弾には限りがある以上、無駄撃ちは絶対に出来ない。

 3匹を撃ち抜いた所で、斗真はリボルバーを仕舞うと、右手にダガーナイフを構えた。

 そして、襲い来る犬型を迎撃する。


「はあっ!」


「ギャイン!」


 一瞬で足を振り上げ、間合いに入った瞬間に蹴り抜く。

 それにより、顔面を蹴り抜かれた犬型が、斗真の眼前で大きく怯んだ。


「はあっ!」


 それを盾に、斗真は横から抜けてきた犬型の首に右手のダガーナイフを突き刺した。

 頸椎を破壊するように突き出されたその一撃は、犬型の命を一瞬で奪う。


「土産だ」


 そう言って、バックステップをする斗真の左手には、たった今拾った鉄パイプが握られていた。

 それを、斗真は体勢を立て直しながら投擲する。

 ブンブンと回転しながら飛来する鉄パイプは、犬型に相応のダメージを与えた。


「流石に幕引きだ」


 シリンダーに残る銃弾は3発。対して、残る犬型は3匹。

 怯ませ、確実に当てられると踏んだ斗真は、即座にリボルバーを抜くと、発砲した。


 パン!パン!パン!


 それは、確実に犬型の命を奪う。

 こうして、戦いを迅速に終わらせた斗真は、他の寄生獣が来るよりも前に、そこから離れた。


「ちっ これで4度目か。流石に多い。脅威となる寄生獣が居るのか?」


 強い寄生獣に、弱い寄生獣が追いやられるのは、定期的に起こる事だ。

 もしや今回もそうでは無いのかと、警戒を高めた斗真は、早く帰ろうと歩き出した。

 そんな時だった。


 ズン!ズン!ズン!ズン!――


「なっ!?」


 コミュニティに近づくにつれて、少しづつ感じるようになってきた振動と破壊音。

 それと同時に込み上げてくるのは、表現しがたい嫌な感覚。


「姉さん!」


 危ない、行くな。

 自身の”運び屋”としての直感がそう告げるも、斗真は迷わず走る。

 そして――見てしまった。


「ブフォオオオオォ!!!!!!!」


「バオオオォォォン!!!!!!!!!!!」


 巨大な――30メートルは優に超えるであろう巨大な生き物が、10体ほどの群れを成して辺りを蹂躙していたのだ。


「像型……何故、ここに……!?」


 像型寄生獣。

 その圧倒的な力と体格を武器に、あらゆるものを蹂躙する最上位クラスの寄生獣。

 その厚い身体は鎧のように固く、戦車の砲弾を受けても傷1つ付かなかったと言う。


「やめろ、やめろおおお!!!」


「痛い痛い痛いいい!!!」


「ぎゃああああ!!!!」


 ブチブチブチ――


 巨大な木の幹を彷彿とさせるような鼻を伸ばし、人間を纏めて絡め取る。

 それにより押しつぶされ、血が空中にぶちまけられた。

 だがそんなのお構いなしに、像型は口へ持っていき、美味しそうに喰らう。


「あ、あ、あ……」


 ”運び屋”としての経験を積み、強い精神を持つ斗真とで、知る人間が次々と食い散らかされていく光景には耐えきれなかった。

 そんな斗真に出来た事は、ただ瓦礫の山に身を縮める事だけ。


「きゃああああ!!!!」


「えっ――」


 すると、ある人物が目に入った――否、入ってしまった。

 間違いない。


「ね、姉さん!!!」


 これには、思わず声を上げる斗真。

 だが、現実は――非情だった。


 バキ、ゴキ、グシャ――


 鼻で絡め取られ、宙ぶらりんとなった彼女の下半身は、直ぐに鼻圧で潰されてしまう。

 骨は粉々に砕け、肉は弾け、血の花を咲かす。


「いぎ、うぐうっ いいいいいいいいっ……!」


 想像を絶する痛みを前に、言葉にならない声を漏らす彼女は――極限状態だからだろうか。

 斗真の叫びが、聞こえたからだろうか。

 すっと、まるで吸い寄せられるかのように隠れる斗真を見た。


「とう、ま……に、げ――」


「ブフォオオオオ!!!!!」


 バキ、ゴキ――グチャ――


 そして――喰われた。

 跡形もなく、一瞬で。


「あ、あ、あ――!!!」


 その瞬間、斗真の中で何かが壊れ――意識を落とした。





 ――姉さん、また来るよ。


「……もう、いいの?」


「ああ。これでいい」


 奏太の言葉に、で片膝を付いていた斗真はすくりと立ち上がると、そう言って足早にその場を離れた。


「……姉さん。いずれそっち行くから、それまで……な」


 そして最後に、そんな言葉を残すのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る