第二話 人々の住処
「はっ はっ はっ……と」
入り組み、崩れかけている地下の道――通称”裏ルート”を、僕は最速で降る。
このルートは、寄生獣に襲われるリスクは他と比べると低いものの、滑落死の危険が高いルートの為、僕みたいに外へ出る事が日課となっている人でない限り、使う人は居ない。
「ふうっ 今日はモグラ型に1回も遭遇しなかったか。運がいいなぁ……いや」
和也が――ううん。
そう思いながら、僕は壁の隅まで歩み寄ると、壁に打ち付けられている錆びれた金属板を、拳で規則的に叩いて合図を送る。
モールス信号だ。
それも、しっかりと暗号化された特別なもので、入り口の前に居るのが寄生獣か人間かを判別できるのは勿論の事、人間の場合でも、その人が他所のコミュニティの人間かどうかを知ることが出来る。
コミュニティに救助を装った盗賊が来ることなんて、珍しい事でも無いからね。
――ガガガガガ
すると、その金属板が横にズレ、中から1人の男が出てきた。
「ああ、奏太か。お疲れ。早く中に」
「うん」
彼の――門番の言葉に、僕は小さく頷くと、すっと中へと入った。
そして、即座に入り口を塞ぐと、鉄の棒を引っ掛けて鍵を掛ける。
「奏太、お疲れ。念の為聞くが、寄生はされて無いな?」
「うん。されて無いよ」
門番の問いに、僕ははっきりとそう答えた。
寄生獣――それは、未知の寄生虫”アンノウン”によって寄生された生物の事だけど、当然その対象に人間は含まれる。
だけど、寄生されれば人間の場合、即座に言語能力がほぼ無くなる為、こうやって話せばすぐに分かるんだ。
姿も、少し経てば膨張したかのように大きくなるしね。
「……そうか。ん? そういや、確か奏太は和也と一緒に居なかったか? ……まさか、和也は――」
「うん、死んだよ。鷲型に喰われた。わざわざ建物を壊してきた辺り、子持ちなのかな? 栄養価のある寄生されていない生物――尚且つ小さな人間となれば、是が非でも狩りたいだろうし」
門番の言葉に続くようにして、僕は淡々と状況を説明した。
すると、門番は「そうか……」と視線を下に向けて言葉を零すと、話題を大きく変える。
「分かった。それについては、俺が皆に知らせておく。それで……遺品を回収したのなら、出来れば家族に返してやってくれ」
「分かってる。
その言葉に、僕は当然とばかりにこくりと頷いた。
すると、門番は頭を掻きながら口を開く。
「……ああ。言うまでも無かったな。そんじゃ、ゆっくり休め。じーちゃんが待ってるんだろ?」
「……うん」
若干高い声で短く頷くと、僕は歩き始めた。
やがて、狭い1本道を抜けて見えてきたのは、一直線に続く広くて長いトンネルだった。
ここは嘗て、地下鉄という交通手段があった場所で、そこの大手町駅を中心とした前後300メートルの線路及び駅のホームの一部が、ここのコミュニティの生活場所となっている。
トンネルの壁は所々が削られ、それぞれが家や店となっている。
「……奏太君か。相変わらず、暗い子だねぇ」
「何度も外に出てるからね。そりゃ、普通の子供と違うわ」
「あれ? 和也君が居なくないか? ……ああ、あの子の荷物。死んでしまったか」
「和也君が死ぬなんて……」
「見殺しにでもしたんじゃないか?」
「しっ 静かに。ガキだぞ? 奏太は」
歩いていると、そんな声が耳に入ってきた。
見殺しにした……か。
全くその通りだ。
だけど、鷲型は僕でも和也でも勝てないし、喰われるなり傷口から寄生されるなりすれば、和也諸共死ぬのは確定。
なら、あそこは僕だけでも生き延びて、確実に物資を回収してくる。
それが、最善手だった。
だから……後悔はない。
「きゃっ きゃっ ……あ、奏太おにーちゃんだ!」
「奏太おにーちゃん! おにーちゃんは?」
すると、1つの穴の前で遊んでいた5歳程の女の子2人が、僕を見るなり名前を呼びながら駆け寄ってきた。
あの2人は、よく僕を遊びに誘ってくれる、近所の双子。
そして――和也の妹だ。
「うん、少し待っててね。詩音ちゃん。花音ちゃん。2人のお母さんに、渡すものがあるから」
「うん。待ってる!」
「おかーさん! 奏太おにーちゃんが来たー!」
僕の言葉に、2人は元気よく頷くと、そう言ってお母さんを呼ぶ。
その後、僕はこの場から逃げるようにして穴の中へと入って行った。
「ああ、奏太君。無事に帰ってきたようでなにより……あ」
和也のお母さんは、僕を見るなり嬉しそうにそう言うも――僕が持つ和也の遺品を見て、一気に表情が青ざめる。
「……和也は、鷲型に喰われて死にました。これは、和也が使っていたダガーナイフです」
その場から1秒でも早く離れたかった僕は、間髪入れずにそう言ってダガーナイフを和也のお母さんに押し付けると、逃げるようにしてこの場から離れて行った。
帰りに2人が遊ぼと声を掛けて来てくれたけど、ごめんねと言って――
「……着いた」
気づけば、僕はまた別の穴の前に立っていた。
「起きてるのかな……?」
そう言って、僕は入り口を軽く塞ぐ布切れを通り抜ける。
そして、そのまま5メートル程歩いた所で見えてきたのは、1つの部屋。
小さな電球がぶら下がり、戸棚や小物類、装備品類が置かれている。
そんな部屋の奥にあるベッドで、上半身を上げながら僕を見やる老人が、しゃがれた声で言葉を紡いだ。
「おかえり」
その言葉に、僕は――笑みを浮かべた。
「うん。ただいま、おじいちゃん!」
そして、声を弾ませてそう言うのであった。
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