第25話 引き抜き

「ええい、何がどうなっておる」

 

 リノセール=ボーリー侯爵が吠える。

 だが周囲の兵達は首をひねるのみ。


 そう、たらし込まれた兵達が、噂を広げてさらに消えていく。

 

 昼間の戦闘は、相変わらず「わー」などと關の声を上げてはいるが、前には進まず、未だに弓の打ち合い。


 だが、正規の兵が少しでも前に出ると、スコンと額を射貫かれる。

 だから前には行けない。

 無論、遠見 貫司の仕業。

 磨きがかかり、もう数百メートル離れても外すことはない。


「もう、敵の大将っちまえよ」

「それがな、距離が微妙だし、こっちからだと丁度隠れているんだよ」

 そうずる賢いことに、テントからは出てこない。


 そうして日々、勧誘は進む。


 その間に、竜司達はファースティナ王国へと侵入。

 村々を回り、人質とされている男連中を助けて回る。

 兵が駐留をしていたが、本当のちびっ子と男しかいない村。

 気概もなく、ぷらぷらしているだけ。


 闇に潜む、竜司達の敵では無かった。


「兵の逃亡が止まりません」

「止まりませんじゃない。寝ずに見張れ」

「はっ」

 こうして兵達も抜け始める。


 もう後は殲滅をして良いと、軍師与野 悟から許可が出る。


 俺達は、借金の形に、奴隷とされた。

 そして、ファースティナ王国へと売られた。

 周りの農民達は、抜けていっているが、俺達には安住できるところはない。

 国へ帰っても奴隷。

 戦争で死ねば、借金は帳消しとなり、家族に迷惑がかからない。


 だから、俺達は……

 だけど、矢はなぜか俺達を避けて、兵のみを打ち抜く。


 そんな感じののんびりした戦争だったが、その日変わった。

 矢の勢いは鋭くなり、魔法が混ざる。


 兵や仲間が射貫かれ、焼かれ始めた。


「やっと死ねる」

「でもさ、皆がそんな事が出来るわけがないって、反対をしていたけれど、セコンディーナ王国で家族を呼んでやり直すって、俺は良いと思ったんだけどなあ」

「そう言ったって、家族には見張りが付いている。助けるのは無理だろ」


 そう答えたが、友人は悩み始める。

「できないのは、俺達だからで、昨夜の人達が手伝ってくれるならできたんじゃないか?」

「あーまあ、そうかもな」

「でもこの国が、他国と戦争をすることにならないのか?」

「そうか、そうだよな」


 皆はたらたらと戦闘をしながら、色々考えているようだ。


 俺達は助かったが、多くの仲間が亡くなった。

 主にインペリティア王国の奴らだ、俺達プワーナ王国の人間はまだ多い。

 両国共に、川の源流をファースティナ王国に抑えられており、水の使用料を払っている。

 その金額はかなり大きく、かなりの負担となっている。


 そのため、両国共に貧乏。

 インペリティア王国の奴らは、高く売れるからと綿花栽培に手を出して水に対する依存度がかなり大きい。

 それに土地が綿花で埋め尽くされて、結局食料は輸入。

 何をやっているのやら。


 あいつら、自分たちは優秀な人種だと思い込まされて、ファースティナ王国に良い様に扱われている。


 まあ良いんだけどな。


 そしてその晩、やはり彼らが来た。

「俺達も行きたいが、家族が人質なんだ、それさえ何とかなれば」

 そういうと、彼らはなんだという感じの顔になる。

「早く言ってくれよ。今は、ファースティナ王国の村を回っているからな。いやまあ良いか、行って見たいし俺達が行こう。幾人か案内をつけてくれ」

「本当に良いのか?」

「ああ、問題ない」

 聞けば、人質は、一所の収容所に押し込められているようだ。

 散らばっていた、ファースティナ王国よりも楽勝だ。


 そう言うと呆れられた。


 戦争はちまちまと続けるように皆に頼み、俺達は、ファースティナ王国の北側、プワーナ王国へと忍び込んだ。


 こっち側は、海が近い。

 塩は作っているが、ファースティナ王国経由で売り高くないらしい。

 幾らでも材料があって、乾かすだけだろ。

 それが奴らの言い分だ。


 作っている本人達は本当にそう思っているから、価値に気が付いていない。

 水は、なんなら井戸を掘れば良い。

 だが塩は必需品で、岩塩でも見つけないと困るはずなのに。


 まあそれは、プワーナ王国の人間が考えればいい話。

 とりあえず収容所へ向かう。


「収容所?」

「そうです。これが収容所です」

 どう見てもスカスカ、幾らでも逃げられそう。

 適当な板塀が建物の周りをぐるりと囲んでいるが、板の長さは足りず、壁に二メートルもないところが幾つもある。


 それに基礎はなく、掘っ立て。

 杭を立て、それに横木を渡し板を結んでいる。

 そう結んでいるんだよ。


 門は閉まり、看守というか兵隊の姿は見えない。

 大門の横に、木戸のような小さな門があり、そこは開きっぱなし。


「まあ収容されているのは、女子どもだけですから」

「そうか? とりあえず行くぞ」

 詰め所…… 人が居ねえ。

「見回りですかねぇ」


 だが俺の耳には聞こえていた。

 到る所から嬌声が……


 こいつらの奥さんだったよなぁ……

 声は出さないが、八重があっちあっちと指を差して、見に行こうと目をキラキラさせている。

「まあ襲われているなら、あれだし行くか」

 とりあえず、手近なところへ向かう。


 壁の角から、顔半分だけ出す。

 俺の上や下にも顔が並ぶ。


 声の主は、壁に手を付き、背後から兵に突かれていた。


「ああ、いいわぁ。中に頂戴ねぇ」

「旦那とどっちがいいんだ?」

「そりゃ、あなたよ」

「かわいそうに」

「良いのよ、子どもだって旅人の種なんだから。あの粗品だと子どもすら出来ないんだもの」

 初っぱなから、かなり衝撃的事実。


「シェリー…… お前何を……」

 頭の上から声。はい。得てしてこんなものです。

 そっと近寄り、突き込んでる兵士さんの動きに合わせて、剣を突き込む。


「んんんっ……」

 丁度、奥さんも逝った様だ。

 二人とも倒れ込む。


「ちょっと、そんなに良かったの?」

 奥さんが振り返ると、大人数が見ていた。


「叫ばないで」

 口を押さえる。

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