第8話 ストレスの先

 あれから毎日狩りに出かける。


 殺して殺して殺す日々。

 ストレスと疲労。

 最初にこの手で生き物を殺した日は、肉なんか食べられなかった。

 だが、この世界、冷蔵庫はない。


 獲物は、すべて食事となる。

 四日五日と経つと、目の前に出てきた食べ物が、なんとか食べられるようになる。

 狩猟の意識と、食べ物を食べることを切り離す。

 これは食用。単なるお肉。


 狩った獲物が、工程の途中から単なるお肉に変化をする。


 そう、程度の大小はあるが、みんながそんな精神コントロールを覚えた。

 日本じゃ見なかっただけで、誰かが仕事としてやっていてくれた事。

 辛いのは命が終わる瞬間だけ。


 未だに盗賊達の顔はフラッシュバックをする。

 でもやらないと、自分があっさりと殺される。

 立井くんや、有卦野くん。

 二人ともあまりよく知らなかったけれど、剣で貫かれて嬉しそうに死んでいた。


 でも死ぬのはいや。

 死ぬ前に彼氏とかできないかなあ。


 そううだうだ言っていたが、それは彼女だけではなく、同じくみんながそう思う。

 そして、種族保存本能なのか、身体に危険が迫る生活だと異性を求めるようだ。


 最高の少子化対策はモンスターの出現かもしれない。


 総人口が減るのが早いかもしれないが……



 誰も彼も、少しくらいなら目をつぶるか。

 そんな形で、メンタルが理解しやすいクラスメートが一番人気。

 二番手は、付き合いが長くなってきた兵団員。

 その他、従者や侍女に期待するもの達。


 ここへ来て、三月も経てば、すごく様子が変わってきた。


 だがまあ、慣れてきて季節が進むと、収穫と戦争の時期。

 雪の降る冬は戦争などできない。

 俺達は、命令に従い行軍をする。


 出発の時。

 到る所で聞こえてきた台詞。

 戻ってきたら結婚しようという声が聞こえる。

 まあ戦地に向かうこの条件、フラグを立てるには最高の環境だな。


 どこから集まってきたのか、兵隊という名の農民達。

 手には安っぽい剣や、木製の鍬。

 棍棒。

 無手。


 彼らは戦争時に集められる徴兵。

 農村から若干名。

 人数で、男女関係なし。


 そのためか女性が多い。


「そんな顔をするな。あれはあれで思惑があるんだ」

 隊長のギリー=ヨイヒトーが声をかけていく。


 あの人一応貴族なんだぜ、颯爽と歩いて行き、相手がさらに上の家なのか、ペコペコと卑屈な態度を見せている。


 俺達はひとまとめで行軍。

 テント無し、食事は自由。


 まあ、周りの農民達も同じ。

 だが彼ら、川の水を躊躇無く飲み。

 適当に魚や、ネズミ。

 兎を捕る。


 それより大きい物は、貴族に献上しないといけないため、捕らないのだそうだ。

「へー。大変」

 その点は俺達は優遇されている。


 毎日、猪とかを捕る。


 兵達や弓隊も山に入り大騒ぎをしている。

 たまに盗賊に出逢いまた大騒ぎ。



 そんな様子を見つめる古川 竜司ふるかわ りゅうじ

 けっと言うのが口癖だった彼、だが、日本での様子と大きく変わってしまった。

 

 子どもの頃、親がいきなりの離婚。

 父親が出張しがちで、めったに帰ってこなかった家。


 母親も、妹と二人寝るようになった頃、家を空けるようになっていた。

 だけど彼は、母親に言われたように妹の世話をして頑張っていた。


 小学校三年だっただろうか。

 そんなある日、妹が熱を出す。

 母親に電話。

 だが出ない。


 お父さんは遠くに居て、週の決まった時間にしか電話をしたことは無い。

 

 竜司の中で、お父さんはたまに来る人のような感じ。

 そう親戚のおじさん。


 一一九をダイヤルする。

「はい。こちら、一一九番。火事ですか?救急ですか?……」

 何とか住所とかも言えて待っていると、救急隊員が玄関を押す。


「電話をしたのは君か?」

「早く妹が、熱が出て苦しそうなんです」

「大人の方、お父さんとかお母さんは?」

「お母さんは、出かけています。お父さんは出張中」

 救急隊員は悩み始める。


「電話番号を教えて?」

 そこからは、色々あった。

 結局父親から救急をお願いされ、妹と二人救急車に乗った。


 だが夜中のマンション、救急の到着は噂になる。

 母親は、着信は見たが、淋しくて掛けてきたのだろうとそれ以降見ていなかった。


 まさか救急車を呼び、そのおかげで旦那がその晩、あわてて現場から車で帰ってきたとは思っていなかった。



 朝になって、のんきに帰ってきた。

 だが、ゴミ捨て場にたむろする自治会の人の目が、いつもに増して険しい。


 家のドアを開けて、まだ寝ているだろう子どもの顔を思い浮かべる。

 だがそこにいたのは、鬼の形相をした旦那。

 すくっと立ち上がり、次の瞬間衝撃と意識の消失。


 子ども達と荷物がなくなっていた。


 彼女は焦り電話をする。

 浮気相手の間 和男はざま かずおへ。

「殴られたなら、慰謝料を取らなきゃな」


 そうして母親は自らを追い込んだ。

 無論殴った分は相殺したが、それでも、浮気相手共々有責で慰謝料を取られることになる。


「慰謝料でお金がないの、養育費を払って」

 そう叫んだようだが、父親が親権を取っていた。

「あんた、何を言っているんだ?」と、弁護士さんに言われたとか?


 だが引き取られても、父親は現場。

 転校したくないという子どものために随分じいさん達共々無理をしていたが、それを見かねた人が縁を取り持ち再婚。


 優しい人だが、その時はもう、竜司は小学校の五年生くらい。

 思春期の走り、実の母親と違い、優しく綺麗な人だった。

 だが彼女からすれば子ども。

 無警戒に肌を見せる、知らない異性がうろうろする家から足が遠のき、彼女に懐いた妹を任せて友人宅を徘徊する。


 そうよくある話。

「けっ。ふざけんな」

 そんな口癖で、生きて来たが、この世界は彼の生い立ちよりも、もっと非常識だった。

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