第9話 非常識な世界

 目の前で簡単に人が殺される。

「おい。猟をしに来たんじゃないのか?」

「言っている場合か、さっさと戦え」


 兵とそんな話をしていると、目の前に矢が刺さる。

 本気で殺される。彼は走る。


 木の陰へと回り込み、ふと気が付く。

「美咲」

 柴田 美咲しばた みさきは、竜司の彼女。

 彼女は、彼とは逆に、母親が再婚した新しい父親に、強姦されそうになった。

 母親に言ったが、逆に叱られる。

「家の中でラフな格好しているからよ」


 自分の家。

 後から混ざってきた異物はあいつ。

 何でよ。


 だがある日、背後から抱きつかれ、口を塞がれ胸を掴まれたとき、そこにあった何かでぶん殴り、何も持たず逃げた。


 夜中、もう高校生は出てはいけない時間。


 だが、飛び出した彼女は行き場が無い。


 そんな時、竜司に出会った。

 いや同じ学校のクラスメートに、本当に出会っただけ。

「おお、かわいこちゃん。こんな所で、そんな格好をしていると襲われちゃうよ」

 部屋着の短パンとTシャツ。

 もちろん、ノーブラ。


「あんた、見たことある」

 泣いていた彼女は、顔を上げて竜司を見る。

 クラスの中で、目立ち浮いていた竜司。

 流石に見知っている。

 近寄りたくはなかったが。


 連れの連中とご機嫌だった竜司。

 グループには、女の子も居るので、少し安心する。

「来るか?」

 その言葉で、彼女は付いていった。


 その晩、家であったことを説明をして、翌朝、竜司も一緒に家へと帰り、荷物をまとめた。


 同じ様な連中が集まるシェアハウス。

 奇特な人がオーナーだが、干渉はあまりないらしい。

 そこへ転がり込む。


「高校生? じゃあ、卒業後でいい。払えるようになったら払いな」

 そう言って、無料になった。そう未成年との契約など無意味。

 今なら一八歳になれば、契約は成立する。


 高校の経費などは払われているようで、問題なく通える。

 そんな中で、怖かった竜司だが、付き合う中で、暴力的とかそんなタイプじゃないと知り、体を許した。

 そうつきまとう不安と焦燥。彼と抱き合ったとき、最初はフラッシュバックがあり怖かったが、行為後の安心感とぬくもり、そして優しい言葉は彼女の心を楽にした。


 そしてこの世界……


「竜ちゃん」

 一瞬のパニックではぐれた。


 叫び声と怒鳴り声、剣戟の音と血の匂い。

 自分のすぐ近くで、聞こえる。


 そんな中、そこだけ光が当たっているように、妙に明るい。

 女が一人。


 そうクラスメイトの、そうだ、久枝灘 八重。

 学校にいるときに、絡んだ記憶が一切無い。


 だけど、そこだけ世界が違うように、時間が止まっている。


 矢は確かに彼女に向って、撃ち込まれている。

 だけど当たらない。

 彼女はふわっと舞うように、手を振ると音もなく何かが起こり、騒がしく男が振ってくる。


 目が離せない。


「あなたの探し人はあっちよ」

 彼女が指をさす。


「ありがとう」

 素直に御礼が言えた。


 そして、振り返った時、彼女は重力から解き放たれたように、空を飛んで行く。


 木々の間を抜け高く。

 その姿から、どうにも目が離せない。

 引きつけられる。


「あの人は一体?」

 背後でガサッと音がする。


「竜ちゃん」

「ああ、ここに居たか。俺から離れるな」

 私は手を繋ぐ。

 安心をするために。

 


 そして、襲われたとき、彼はついに人を殺す。

 かすめた剣先は、私の革鎧を少し切っただけですんだ。

 だけど、もう少し彼の剣が鋭ければ切られていた。

 実際衝撃はあり、パン!!と堅いものを叩いたような、すごい音だった。


「美咲、畜生てめえ」

 竜ちゃんが突き出した剣は、そいつの喉元に当たった。

 突き抜いた瞬間、そいつの首から血が噴き出す。


 漫画とかに描かれているようなガーンという衝撃。物理的では無いが、スリッパか何かで頭を叩かれたような衝撃を確かに感じて、同時に吐き気が私を襲った。

 でも、そんな事は言っていられない。

 周りには、まだ盗賊達は多い。


 整地されていない山。

 木に手を掛け、くるりと回りながら、山を下りる。

 山を下る勢いを消し、少しは楽に降りられる。


「竜ちゃん」

 どうしたって、手を繋ぎながらの移動はできない。

 繋いでは離れ、離れては求める。


 私たちは逃げ切り、街道へと戻ってきた。

 生徒達は同じことを考えたらしく、バラバラと出てくる。


 だけど、しばらく経った後、再び山の中へと呼ばれる。

「退治は終わった」

「かたずけろ。穴を掘って埋めろ」

 隊長が叫ぶ。


 そこに現れた彼女。

「親玉が逃げています。おわなくて良いのでしょうか?」

「何? どっちだ」

 そして彼らは走って行ってしまった。


「おい、どうする?」

 そう言った気持ちは分かる。


 だけど、今まで色んなことに興味を失っていた竜ちゃんが言う。

「かたづけようぜ。どうせ帰ってきたら、やらされるんだ」

 普通なら嫌がる連中も、考えが変わったのか、キラキラはしていたが、人間だったものを運ぶ。



 中には、クラスメートもいた。

 だけど、心をどこか塞いで、淡々と作業を行う。


 見えている映像。

 でも心はどこかへ置き去りに……

 そうしなければ、きっとみんな耐えられなかった。


 しばらくすると、隊長達は捕まえて戻ってきた。


 町へ帰ってから、盗賊達を詰め所に渡してから、賞金がもらえなかったことに落ち込み、明らかな感じで落ち込む隊長さんに笑いが出た。

 かれらも、人間なんだ……


 そうあんな経験をしたのに、私たちは笑った。

 兵隊さんと同じように。


 竜ちゃんは、前より男臭く威張る振りはするが、優しくなった。


 そして、今度は戦争。

 きっとあれよりひどいのだろう。

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