第5話 記憶にございません

 お互いに見つめ合う目と目。

 隊長ったら…… 厳つい顔。

 ついちらっと余所を見たふり、誘ってみる。


 いきなり突きが来た。

 半身をずらし、そのまま右拳が反射的に前に出た……

 出てしまったんだよ。

 ガキの頃からの癖なんだ。

 意識せずに技が出るくらい、練習をしているんだよ。

 毎日毎日……


 拳はスパーンと眉間に当たり、隊長の顎が上がる。

 ああっ。拳を戻すと同時に腕を畳んじまったぁ。

 喉に俺の肘が当たる前に、意識的に体の内側にねじり込む。

 うん首に、肘を入れると折れちゃうから。


 なんとか、顎をかする程度に収めた。

 だーがー…… 顎を横に振ると、首がねじれるということ。


 隊長は、白目をむいて沈んでいく……



「あっ…… うーん。そうだな。やったモノは仕方が無い」

 俺は自主的に休憩をする。


 すぐ横では、山田 亜美が武神と戦っている。

 なんだろう。

「えーい」

 ひょい。

 ぷるるん。


「えーい」

 カン!!

「きゃ」

 ぷるるん。


 さっきまでやっていた、俺との違い。

 訓練とは思えない。


 ざっと、周りを見る。


「あー…… そうか。剣がでかいから、少し歩幅は広くはなるが、足運びが肝だな。隊長をもっと見とけばよかった。だが、家の流派って千年位だったよな。どっちがいいんだろ」


 そう考えながら、俺の目は、脳の半分を使い女子のプルルンを調査していた。

「おおっ」

 新発見。

 きっちり、すり足というか体重移動がきちんと出来れば、プルルンが少ない。

 やはり重要なのは、足運びだな。


 いや待てよ、偽物ということも……

 この世界には無いはずだが、体重の変化の割に揺れが??

 そうか、質か?

 触らないと判らないが、柔らかさもぷるるんに関係をするのでは?


 俺は、結構長いこと思考の沼にハマっていたようだ。

 すぐ横から刺さるような殺気が、やって来た。


「ガキ。名前は?」

 首筋に木剣が突きつけられる。


「ほへっ」

 おっといけない、プルルンの見すぎで脳がプルルンしていたようだ。


霧霞 悠人きりがすみ ゆうとでごぜえます」

 びしっと立ち上がる。


「お前何者だ? あの体術はなんだ?」

「何のことで、ございやしょう」

「ふざけるな」

 そう言うと隊長さん、人にまた剣を向ける。


 だから、剣とか向けられると、体が動くんだよ。

 今度は体を回転しながら、腰を落とし、肘を鳩尾へ打ち込み、ぐはっと、うつむき下がってきた顎を下から打ち抜く。

 拳はまずいから掌底に変える。

 だが、ぐしゃっという感触。

 やっちまった。


 隊長のひ弱な顎が砕けちまった。鍛え方が足りん。


 本人は脳しんとうを起こしているから、八重を呼ぶ。

「八重、たのむ。壊してしまった。治して」

「もうぅ。このくらい自分で治しなさいよ…… あっ、まだ記憶が戻らないのか……」

 女子同士で楽しく、ソーレという感じで打ち合いするのが楽しかったらしい。お願いで中断させたからご機嫌斜め。

 ふっと手をかざすと、逆回転のビデオのように治った隊長の顎。


「すげえな。治療魔法」

「じゃあね」


 隊長も寝ているし、木に向かった俺は葉っぱを半分切ってみる。

「治れ……」

 治らない。

「治れ」

 治らない。

「巡り巡って、今は腹立つぅー」

 つい歌ってしまった。


 あめあめふれふれ、もっとふれって、タイトル忘れた。


 木に向かって集中していると、後頭部に向けてためらいの無い突きが来た。

 当然躱す、自然な感じにしゃがみ、足がまた勝手に伸びる。

 そう、しゃがみ、アキレス腱伸ばしのように背後に向かい蹴りを出す。


 当然背後に居た者は、足を払われ、こちらに倒れてくる。

 体をかえし、膝を突き上げる。

 膝は、彼の胸に刺さる。

 倒れ込む勢いと体重。

 重力に引かれた体、膝との接触点へとその重さは集中する。

「ぐはっ」

 メキメキという音と砕ける感覚。


 彼はまた目を白くして、がっくりと倒れる。

 今度は、胸骨が折れた。

 さっき八重に言われたから、治してみる。


 でも、葉っぱが生えなかったしなぁ。


 手を当て、元の形を想像し、それになる様に彼の体にお願いをしてみた。

 ちょっと普通の治療と違ったようだが、変形をした?


 だがその時に、雑念があったのか、隊長の胸がプルルンになった。

「みっ見なかったことにしよう」


 俺はまた、葉っぱで再生の練習を始める。

 そうして暗くなったので、俺達は自主的に解散をする。


 そうこの世界、昼飯は無い。


 当然だが、隊長は夕飯時に乗り込んできた。

「てめえ。俺に何をしやがったぁ」

「はいっ? 何をとは」

「これだよ」

 ガバッと服を引き上げた彼の胸は、変な形に胸があった。

 だが結構、胸毛がもじゃもじゃ。


「お椀型ですね」

「そうだ。どうするんだこれ」

 隊長、結構泣きそうになっていた。


「悠ちゃん。造形センスがないわよ。やはりこうじゃないと」

 八重がそう言うと、造形が変わる。

 つんと上を向いた美乳へと変化。

「おおっ」

 俺だけでは無く、周りからもどよめきが聞こえる。


 ギャイギャイと言っていたが、侍従長ぽい人が来て、隊長はドナドナされていった。


 翌朝、訓練所で会った瞬間お願いされる。

「治してくれ。嫁さんと離婚の危機になったんだ」

「どっ、どうしたんですか?」

「嫁さん少し、ささやかなんだよ」

「俺は出来ないので」

 八重をよぶ。


「普通にして」

「はいはい」

 そう言った瞬間に治ったようだ。


「おお。ありがとう」

 隊長は喜んだ。


 だがその後だ。

「それでお前何者だ? 幾度も俺を気絶させただろう」

 やれやれと俺は首を振る。


 そして堂々と答える。

「記憶にございません」

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