第6話 違和感を無視してはいけません

 「おかしいと思ってたんだ。家の中は年中暖かいし、沸騰寸前のお湯が出てくるし、家賃が3000円だし」


 ワヤマは膝から崩れ落ち、うなだれていた。その横でルナさんがワヤマの背中をさすって煙草を勧める。


 普通に考えればおかしな点ばかりだが、もっと早く大家に相談しに行くべきだったのではないだろうか。普通の人ならきっとそうするが、この男は「お湯出てラッキー」程度にしか考えていなかったのだろう。


 「急にお湯が出るなんて危ないですよね。火傷とかしませんでしたか?」


 とルナさんが優しく話しかける。多分、心配するところ違うけどね。


 「直ぐ冷やしたから大丈夫だったよ。でも、お湯出るの回転寿司屋みたいで便利だったんだ」


 そらきた。やはりこの男は危険だ。この調子だとケルベロスとも共存しかねない。隣人がケルベロス飼っているなんて絶対に嫌だ。


 「やっぱり、はまっているケルベロスを含め、魔界の件は早急に大家さんに相談しましょう。羽音とか素振りの騒音の方は大丈夫ですよね」


 「その件ですが、私に思い当たる事があります」


 僕とワヤマは「もうやめてくれ」という目でルナさんを見つめた。これ以上、問題を増やさないでいただきたい。知らない方が良いこともこの世界にはあるのですよ。


 「魔界には多くの生物がいると言いましたが、その中には大きな羽や金棒をもつ生物もいると言われています」


 いや、ケルベロスはロボットだったよね。生物ではないよね。まぁ、いいか。


 「羽を持つ生物で有名なのが、ペリカンです」


 ペリカンってあの嘴が特徴的な鳥のことだろうか。あれって魔界とか地獄の鳥だったっけ?


 「ペリカンって、ただの鳥の一種ですよね?動物園とかにいる」


 「ペリカンをただの鳥だなんて!サトウさん、あなたは一体何者なんですか!?」


 「いや、この世界では貴女の方がイレギュラーってこと忘れないでね」


 ルナさんは、はっとした顔で謝った。


 「すみません、そうでしたね。私の世界ではペリカンは、魂を喰う怪鳥と呼ばれており、その大きな口にたくさんの人間の魂を蓄えていると言われています」


 「そんな危険な鳥なんですか!人間から魂を吸い取って、集めた魂を魔王に献上しているとかですか!?」


 「いえ、野良の魂を集めて、元の肉体に返すんです!しかも高値で売るんです!」


 「分かんない!魔界の生物を全然理解できない!それ、ただ生き返らせているだけだよね?」


 ルナさんはなぜか興奮して、食い気味に話を続ける。


 「そのお金を、ロボット型生物の開発に関するクラウドファンディングに見境なく投資しているとか」


 人間を生き返らせてお金を稼いで、人間を襲う兵器の開発に投資して、また魂を集めて…

 このサイクルが上手く回れば、兵器の開発がどんどん進んでいくのかもしれない。凄いなペリカン。


 「その鳥を捕まえて、魂を売れば俺も儲かるってことか!」


 ワヤマが急に立ち上がってガッツポーズを決めている。好きにやらせよう。僕は関係ないし。


 「そして、金棒を持つのは鬼です。魔界で最も数の多い種族と言われています。」


 ルナさんはワヤマの話を無視して、説明を続ける。どうやら、ワヤマの扱いに少し慣れてきたようだ。相変わらず素晴らしい適応力だ。


 「鬼なら知っていますよ。この世界でも有名ですからね。頭に角があって、トラ柄のパンツをはいている人型の生物?ですよね」


 「うーん、私の世界の認識とは少し違いますね。鬼はヘルメットを被っていて、チームごとにお揃いの服を着て、ボール状の目玉を金棒で飛ばして競っています」


 「それは恐らく野球だね」


 「やっぱり素振りの音だったんだ!」


 ワヤマはどや顔を決めている。本当に腹立たしい顔だ。


 「鬼自体はそんなに怖いイメージの生物ではないですね。ただ、ところかまわず競い合うため、一夜にして町が吹き飛ぶとか」


 「絶対にこのアパートにいれてはなりませんね」


 「つまり、オレの部屋には犬と鳥と鬼がいるってことなのか。だとしたらおかしい点がある。オレは犬しか見ていないし、鳥や鬼がいたらただでは済まないだろう」


 あと猿がいたら桃から生まれた男の子の物語になったのに。あ、ワヤマが猿か!と気づいてしまい、僕は一人で笑いを堪えていた。

 そんな話は置いておいて、確かにワヤマの部屋にペリカンや鬼が居たら気づくはずだろう。一体どこから音が聞こえていたのか。


 「ゲートに関係なく、魔界の干渉が強まっているのではないでしょうか?」


 さすがルナさん、鋭い推理である。


 「地熱発電に地獄の熱を利用しているって書いてありましたし、あちらの世界の音が聞こえてきても不思議ではありませんよね」


 「犬がやってきた時点で、オレの部屋は魔界だか地獄と完全に繋がってしまったと」


 ことの重大さを理解し、沈黙が流れる。別世界からルナさんが来ただけでも歴史が変わるほどのニュースだというのに、地獄的な場所との直接的な繋がりが出来たなんて知れたら、日本がパニックに陥るだろう。

 

 「このことは他言無用で行きましょう。下手にしゃべってパニックを起こしたくないですし、僕たちも怪しまれます」


 「そうですね、私も穏便に済ませた方がよいと思います」


 「てかさ、異世界ってトイレと繋がってるんだろ?じゃあ、あの犬が挟まったまま放っておけば、こっちの世界に来ても、洗面所から出て来れないんじゃないか」


 「確かにそうですね!ワンちゃんはそのままにしてきましょう!」


 「まぁ、どうせ何もできないですし、そのままにしとくのが良い思いますけど。ワヤマさんは僕の部屋に泊まることが確定したってわけですね…」


 ワヤマが僕の肩を叩きながら、微笑んでいた。


 「じゃ、よろしくな。もう遅いし、本当に解散しよう。ルナはホテルまで送っていくよ」


 「よろしくお願いします」


 ルナさんが支度している間に、ワヤマが僕の部屋のチェックを始めた。どこで寝るか探しているのだろうか。本当に嫌だなぁ。


 「まぁ、オレは床で我慢するよ。ルナ送ったら帰りにパンツと着替え持ってくるわ」


 「部屋戻るならそのまま帰ってください!犬の管理もよろしくね!」


 僕は、二人を部屋から追い出し、鍵をかけて深い眠りについた。

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