第5話 エコとは?

 ワヤマが当たり前のようにルナさんの横に座り、僕のビールを飲み始めた。図々しいにも程があると思ったが、この男から情報を入手しないと話が進まないと理解していたので、余計な事は言わないように努めた。


 「ワヤマさん、僕は今回の話に全くついていけてないんですが、説明いただけますか?」


 ワヤマは、なぜかルナさんに微笑んでから口を開いた。


 「まず、ルナが別世界から来たこと、これは事実だ。そして、別世界へと通じる入口がこの部屋のトイレになっている」


 「それは何となく分かりました。じゃあさっきの契約書は何のために必要なんですか?」


 「どうやら、ルナの世界の奴らがお前の便器に夢中になっているらしくてな。どうしても手放したくないから、契約書って形で縛ることにしたらしい」


 ここで、ルナさんが身を乗り出して補足した。


 「私の国の王族の執着が凄いんです。かなり昔からゲートを探していたらしく、国を挙げて動いているくらいでして」


 「別の世界に行けるゲートなんだから、国単位で動くのも無理ないですね」


 しかし、なぜ便器がゲートになっているのかが分からない。ルナさんの世界のゲートは喫煙所と言っていたが、何か共通点があるのだろうか。


 「ルナさんの世界のゲートは図書館の喫煙所と言っていましたが、何か特殊な場所なんですか?」


 ルナさんは尻ポケットから小さい箱を取り出した。というか、そのドレスに尻ポケットあったんだ。


 「喫煙所は図書館の外に吸い殻入れを置いているだけで、特殊なものではないです。ですが、ワープした時にいつもと違う点があったんです。それがトリガーなのではないかと思っています」


 ルナさんが取り出した箱を開けると中には、煙草が数本入っていた。一見ごく普通の紙巻煙草であった。


 「それは煙草ですよね?一体何がいつもと違ったんですか?」


 一緒に見ていたワヤマが何か思いついたのか、目を見開き驚いていた。


 「それは…!?」


 「そう、メンソールです」


 「お前らいったん黙れ」


 僕の口が思考するよりも早く声を発していた。


 二人はなぜか汗をかき息を荒くしていたので、一度落ち着かせるためキッチンに煙草を吸いに行かせた。ワヤマが、ルナさんから煙草をもらっていたが、とても苦しそうにしていた。どうやら、相当きつい煙草だったらしい。

 一方、ルナさんもワヤマから煙草をもらっていたが、何かが足りなかったのか、3本同時に吸っていた。もうこの人も怖い。


 5分ほどしたところで、二人が戻ってきた。


 「メンソールが鍵になっていた可能性があるという事は分かりました。ちなみに、ルナさん以外の人はワープできていないんですか?」


 「はい、何人も試しましたが、私だけがワープできました。それで、私がこの世界の調査を任命されたのです」


 話をまとめると、ルナさんはたまたまゲートを開いてしまい、そのことを報告したら国が動き出し、ルナさんが代表して異世界の調査を任命された、という事であろう。

 ただ一つ気になるのが契約書の存在だ。明らかにこの部屋の契約書であったし、ルナさんの世界のものでもなさそうだ。となると、怪しいのはワヤマしかいない。


 「ワヤマさん、契約書について何か知っていませんか?」


 「それは大家にもらったんだよ。あのじじぃ、ゲートについて何か知っていそうな感じだった。ルナを連れて行ったら、当たり前のように出してきたよ」


 大家は、90代のおじいさんで、足と声がいつも震えているが気の良い方だ。


 「このアパート自体がゲートになっている可能性があると。そんな話聞いたことなかったけど」


 「オレも聞いてないぜ。しかし、今思うと怪しいことだらけだったな」


 「え、ワヤマさんここの住民なんですか?」


 「隣の104に住んでる」


 僕は、いつ引っ越しするか考え始めた。



 ワヤマが隣人だったという衝撃の事実に驚きを隠せなかったが、時刻はもう22時を回っていたので、今日は解散することになった。


 「ルナさんは自分の世界に戻るんですか?」


 「いえ、しばらくはこちらに滞在する予定です。ワヤマさんに宿を取ってもらいましたので」


 この男がまともなホテルを取れるのか怪しすぎる。ルナさんがネオンライトが眩しいホテルに連れていかれる可能性がある。非常に危険だ。


 「ワヤマさん大丈夫なんでしょうね?」


 「おいおい、なにかやましいこと考えているとでも?ちゃんと近くのビジネスホテルを取ってあるよ。一応、念のため、何があるかわからないから、クイーンサイズのベットの部屋を二人分予約したよ」


 「下心しかないじゃないか」


 鼻の下を伸ばしながら話すワヤマは非常に気持ちが悪かった。


 「ルナさん、部屋にこの男が入ってきたら大声で叫んでください」


 「いえいえ、大丈夫ですよ。護身術は一通り習得していますので」


 ルナさんは笑顔で背中から仕込みナイフを取り出した。この人やっぱり怖い。


 「じゃあ、二人ともお気をつけて。平日は定時に帰れないと思うので、土曜にまた集まりましょう」


 「大変だね、社畜さんは。留守は任せなよ」


 「助かりますが、僕の部屋には入らないで下さいよ。さっき出会ったばかりの男に好き勝手出入りされるの嫌なんで」


 「オレはしばらくここに泊まるよ?」


 「は?」


 唐突な発言に耳を疑ったが、この男であれば言いそうなことだと、この数時間で理解している。こんな男と一緒の空間で寝るなんて絶対に嫌だ。


 「あなたの部屋は隣でしょうが!帰ってください!」


 ワヤマは、自分の部屋の方にある壁に手をかけ、悲しそうな顔をしていた。


 「オレの部屋、知らない犬がいるんだ。結構でかめの犬が」


 「野良犬が入り込んだんですか?そんなの追い払ってくださいよ」


 「追い払いたくても無理なんだ。その犬、洗面所の入口に引っかかって身動きが取れないんだよ」


 「ドアに引っかかってるってことですか?かわいそうだから直ぐに出してあげてください!」


 「いや、首がドア枠にすっぽりはまってるの。なんか首3つあるんだよね」


 「それケルベロスじゃね?」


 話を聞かずとも察した。恐らくワヤマの部屋も異世界に通じているんだと。そして、その世界からケルベロス的な犬が出てきたのだろう。あぁ、僕の部屋はルナさんで良かった。


 「やっぱりそうだよな。どうしよう、あの犬。どっかで駆除してくれるのかな」


 「早く対処しないと、このアパートがやばいんじゃ…」


 「やばいですよ!ワヤマさんの部屋は魔界に通じているのでは!?」


 ルナさんが急に大きな声で叫んだ。魔界ってよくゲームや漫画で出てくる、魔王とかモンスターがいる世界の事だろうか。ケルベロスも地獄にいるイメージがあるし、本当に魔界に通じているのかもしれない。


 「魔界なんてまたまた~」


 ワヤマの苦笑いを無視して、ルナさんは深刻な表情で続ける。


 「私たちの世界でも魔界は空想の世界です。そこには恐ろしい生物がたくさん存在していて、人間を食い物にするとか」


 ルナさんはおもむろに煙草に火をつけ、話を続ける。この煙草臭いな。


 「ケルベロスは3つ首の犬型ロボットで、強固な体を持っており、簡単には傷つけられないと言われています」


 ふ~ん、ケルベロスってロボットだったんだ。


 「私がこの世界にワープできた事実も考慮すると、ワヤマさんの部屋が魔界に通じているのも、あり得ない話ではありません。」


 ワヤマも流石に恐怖を感じているのか、うつむいていた。ルナさんがそっと煙草を差し出すが、それを振り払った。煙草を吸う気力もないのだろう。

 

 と思ったら、自分の煙草を取り出し吸い始めた。


 「くそ!一体いつから魔界に繋がっていたんだ!しかもなんだよ魔界って!エルフの世界が良かったよ!」


 「何か思い当たることはありませんか?もしかしたらルナさんみたいに、魔界に繋がるトリガーがあったのかもしれませんよ」


 ワヤマは顎に手を当てて考え始めた。


 「今日の昼頃に部屋に戻ったら犬がいたから、いったん部屋を出て大家のところに行ったんだ。そしたら、契約書をちゃんと読めって言うんだよ。それで、大家が保管してる契約書を借りて、サトウの部屋で読もうとしたわけ」


 「最後の部分の意味が分からないです。そういえば、大家が鍵を貸してくれたって言ってたね?」


 「正確には鍵を勝手に拝借して入ったんだよ」


 「なにやってくれてんだ」


 「それは置いといて、部屋に入ったらルナが居たんで、一緒にお出かけすることになったんだ」


 「意味わからねぇよ!なんでお出かけすることになるんだ!?真っ先に契約書を読めって!」


 「綺麗だったんで、ナンパしたんだよ」


 ルナさんの顔が紅潮していた。なんなんだこいつら。人の部屋に勝手に入って、ナンパするなんて聞いたことがない。あと、ルナさんチョロそう。


 「で、肝心の契約書にはなんて書いてあったんですか?」


 「話してて思い出したよ。まだ読んでないんだ」


 「読むのが目的だったろうが!しかも、部屋にケルベロスいる状況で、よくナンパやギャンブルできるな!」


 思わず声を荒げてツッコんでしまった。ワヤマは危険すぎる。クールにいかないと。


 ワヤマは全身のポケットに手を突っ込み、契約書を探している。だらしない男だから、どこかに無くしてきたのかもしれない。

 

「あったあった」


 そう言って、おもむろにパンツの中から契約書を取り出した。ルナさんといい、この人達どこに契約書をいれているんだ。


 契約書を確認すると、僕のものと相違はなさそうだった。3ページ目に体液の件もなく、ごく普通の契約書であった。

 もし、契約がされていないのならば、勝手にゲートは閉じるのではないだろうか。意外と簡単に片付くかもしれない。少し安心した。


 「契約内容に変な点は見当たりませんが、実際に住んでみて違和感とかありませんでしたか?」


 ワヤマは顎に手を当て、考え始めた。


 「うーん、なんだろうな。たまに熱湯が出たりとか、年中床暖がついてるとか、ハエの羽音と隣の部屋のバットの素振り音がうるさいこととか…」


 「床暖なんてこの部屋にはありませんよ?後付けしたんですか?」


 「いや、このアパート地熱発電だから、その影響だって」


 「地熱発電って何ですか?」


 僕たちは恐る恐る契約書を見直した。さっきは見逃していたが、最終ページの空白の欄に消しゴムで消した跡があった。そこにはこう書いてあった。


 地熱発電:地獄の熱を使用したエコな発電

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